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首をかしげる。
刺繍をするついでだ。
直しておこう。
袖がちぎれたドレスの袖を縫い付け、ハンガーにかけてつるしておく。
たたんで引き出しに入れてあったので皺になっている。後でアイロンを当てよう。
それからもう一つ。
「スカートが破れているし、上半身の飾りも引きちぎられている……。これ、やっぱりどこかにひっかけたくらいじゃこうはならない?」
どうしたんだろう。腹をたてて、服を引きちぎった?
癇癪でも起こしたのかな?アイリーンはやめた侍女たちのように、物に当たることはないと思っていたけど、そうでもなかったのかな?
「流石に、このドレスは直して着るのは難しそうだし……」
分解して布にしてハンカチにしてしまっても構わないだろうか……。
女性が好みそうなピンクのドレスだ。
白い花を刺繍すれば華やかになるだろう。
「ずいぶん泥汚れもあるみたい……」
布を裁断して綺麗に洗ってからじゃないと難しそう。ボタンやレースは他に使えそうだから取ってしまっておこう。
そう決めると、さっそく作業に取り掛かる。
何かしていると、考え事をしなくて済む。
不安や恐れもない。
ただ、目の前にあることをこなしていく。
考え出すと、不安に胸を押しつぶされそうな時もある。
考えても、怖くて何も行動できなくて、そんな自分に嫌悪するときもある。
だから、考えない方が楽。
何も……考えずに忙しく動いている方がいい。
ほんの少し嫌なことに目をつむるだけ。
明日も同じような日が来る、それだけ。
ドレスをほどいて、使えるところをハンカチの大きさの布に切っていく。
それよりも小さな布は、何かに使えるかもしれないと取っておく。ひどく汚れてしまっている部分と小さすぎて使えそうにない部分は、細かく切って、針刺しの中身にでも使おうか。小さい布で針刺しは作れそうだ。
やっと、布を用意できた。刺繍をする前に一度洗ってアイロンをかけた方がいいだろう。
なるべく部屋を出ないように言われているけれどお父様に言われたことをするためなので仕方がない。
水を汲んできて部屋に戻るときに侍女に見つかってしまった。
何をしているの、勝手なことを!と言われると思って張り付いた笑顔を見せると、意外な言葉が侍女の口から洩れた。
「申し訳ございません。お嬢様、および下さればやりますものを……」
え?
「自分でできるので、あなたの手を煩わせるようなこともないので大丈夫よ」
侍女が憐れむような目をする。
「あの噂は本当だったんですね……アイリーン様が子爵家でないがしろにされているというのは……」
「それは……」
どこで聞いた噂なのだろう?
そう言えば使用人はすべて入れ替わっている。
私……いいえ、ヴァイオレッタが屋根裏部屋で生活していたことや入れ替わっていたことをを知る使用人は一人も残っていないのだ。
……ということは、屋敷内で耳にした噂ではなく……外で……。
社交界でどこまでその噂は広がっているのだろう。新しく雇用した侍女の耳にまで入っている噂って……。
「おかわいそうに。部屋に閉じ込められていることには薄々気が付いていましたが……。身の回りのこともご自分でなさっていたっしゃったのですね」
30歳前後の人の好さそうな通いの侍女が目じりに涙を浮かべた。