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何のことかとは思ったけれど、お父様に侯爵家であったことを根掘り葉掘り尋ねられなくてホッとする。
ヴァイオレッタだとばれたことも、うっかり口にしてしまうかもしれない。
まって……。ジョアンナ様は、ヴァイオレッタの母の友達で……アイリーンの母親の友達ではないんだったわ。
よかった。余分なことを口にしなくて。
お母様の友達だと言ってましたなんてうっかり口にしたら、ヴァイオレッタとバレたことまで知られるところだった。
そして、ヴァイオレッタとしてどんな話をしたのかと……聞かれて……。
家を出たいなら力になってくださるそうですなんて言えば……。
お父様は何と言うだろうか。
「今すぐ出ていけ!」
いいえ。今はアイリーンの子供のこと等もあるから。
「勝手は許さん」
と、……もう二度とジョアンナ様にも連絡が取れないようにされてしまうかもしれない。
フルフルと頭を振る。
それは、いやだ。
いつものくせで、屋根裏部屋に向かい階段まで来てハッとする。周りに使用人の姿がないことを確認して、ほっと息を吐き出す。
こうしてぼんやりしていては、すぐにばれてしまいそうだ。
気を引き締めないと。
慌ててアイリーンの部屋に入った。
ドアにカギはないけれど、何かでドアを塞げるようにしておいた方がいいかもしれない。
寝ているときに、使用人がうっかり入ってこないとも限らない。起きていれば、人の出入りはすぐにわかるから、入ってこないように命じることも、待たせてカツラをかぶることもできるのだけど……。
お父様に相談してみないと。
ドレスから部屋着に着替える。
本棚から、お母様の本を取り出して机の上に置く。
「お母様……お母様の友達の友達だったジョアンナ様に会いました。疎遠になってしまったことを後悔して……」
あ。そう言えば……。
日記帳になっているお母様の本をめくる。
どこかに、確か書いてあったはず。
「あった……」
文字を書いた上からぐしゃぐしゃと文字を塗りつぶしている。
何をかいたのかと気になり、読み取れる文字を繋ぎ、紙を裏返したり光にすかしたりして必死に読もうとしたんだ。
『寂しい……必要もないのに………………手紙も出せない。子爵家の悪口を…………疑われ……』
……手紙を出すことを禁じられていたのかな。手紙に愚痴や悪口を書いて送るつもりだと疑われて禁止になった?
ここに繋がる文章ばかリ読み返して気にしたこともなかった。
『でも、私にはあなたがいるもの。かわいい私の子。早く会いたいわ』
疎遠になったのは、なにもジョアンナ様のせいじゃないのかもしれない。
ジョアンナ様は後悔しているみたいだけど、もし、お母様が手紙を出すこと……連絡を取ることを禁止されていたのだとしたら……。
悪口を疑われたというのは本当なのだろうか。
手紙の内容を出す前に確認してもらえば済むことじゃないだろうか?ううん、理由はなんであれ、手紙が出せなかったというのは本当のことなのだろう。きっと。
本をめくるとピンクの花の押し花。
ジョアンナ様に名前を教えてもらった。
モス・フロックス。この色のモス・フロックスの花言葉は「臆病な心」。
ルード様が、私の髪に花を挿したことを思い出す。
似合うよと……。
ああ、本当に。私にはお似合いだ。怖い。
何もかも怖い。




