44
「お目覚めですか」
すぐに侍女が部屋に来て、部屋を明るくしてくれた。
来ていたドレスは壁にかけられ、夜着に着替えさせられている。
ドレスの前には、綺麗にとかしたカツラも一緒に置かれていた。
「あの……私……」
どうなったのかも、どうすればいいのかもわからず、言葉が見つからない。
「ジョアンナ様が疲れているだろうからゆっくり休んでとおっしゃっておりました。子爵家には使いの者を出し、今日は泊ると伝えてありますので、心配はいりません」
いったいどれくらい寝てしまったのか。
アイリーンじゃなくてヴァイオレットだったという話は……。
不安な顔をしたからだろうか。
「お腹は空いておりませんか?起きたばかりで胃が受け付けないかもしれませんが、何か口に入るようでしたらすぐにお持ちいたします」
首を横に振る。
「そうですか。では、飲み物だけ用意しますね」
「だ、大丈夫です。あの、水があるので」
水差しとグラスが用意されていたので、慌てて侍女を止める。
何時なのか分からないけれど、暗くなっているし、夕飯の時間はすでに過ぎているから夕飯をどうするかと聞かれなかったのだろう。……もしかしたら夜中?
だとしたら、私が起きたときに対応できるように侍女は寝ずに起きていたのかもしれない……。
迷惑ばかりかけている。
明るくなるまでおとなしくしていればよかったのだ。
「遠慮なさらないでください。夜番の使用人のために、火は落とされておりませんので」
そうか。侯爵家ともなると、住み込みの使用人の数も多いんだ。夜番……護衛の人とか起きている人もいるんだ。
「奥様から手紙を預かっています。家にお戻りになってからご覧いただいても、今からご覧いただいてもどちらでも構わないそうです。それでは、すぐに準備いたしますので」
手紙を受け取ると、その間に侍女は部屋を出て行った。
手紙に何が書いてあるのか気になって、すぐに開いた。
もしかしたら、すぐに開いて読むだろうということを分かっていて、飲み物を取りに行くことで席を外してくれたのかもしれない。
手紙には、明日は用事があって会うことが叶わないこと、子爵家へは朝食を食べたあとでも昼食を食べた後でも好きなタイミングで戻ればいいこと、挨拶は不要だとまずは書かれていた。
それから、アイリーンのフリをしていたことは、誰にも言うつもりはないから安心して欲しいと。侍女たちにも口止めをしてあること。信用できる者だから安心してほしいと書いてある。
最後に……。
『子爵家を出るつもりがあれば、手伝います。いつでも言ってちょうだい』
と、書かれていた。
「子爵家を出る……?」
アイリーンが子供を産んで帰ってきたら、子供の父親と私は結婚して子爵家を出る予定だ。
……結婚ではなく、子爵家を出るつもりがあるかと尋ねられているということだよね?
もし、父親が既婚者で結婚できそうになかったらということ?
いいえ、アイリーンが子供を産み、その母親が私だということにして結婚させられることまでは、ジョアンナ様は知らない。
ということは、子爵家を出るというのは……。
出て平民として暮らす気があればということだろうか?
刺繍を気に入ってくださった。
もしかしたら、他の人にも売り込んでくださるとか?それでお金を稼ぐことができれば……。
アイリーンの子を育てながら暮らしていける?
それとも……。侯爵家の使用人として雇ってもらえるとか?
上位貴族の使用人……侍女などとして、男爵家や子爵家の令嬢が働いていることはよくあることだ。
下位貴族の女性の一番の出世は王宮で侍女として働くこと、次に公爵家で働くこととも言われている。