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「え?どういうこと?」
「あ、いえ、あの……」
しまった。お母様が浮気を疑われているなんて、不名誉なことを言いふらすわけにはいかない。
ぐっと口を噤むと、ジョアンナナ様はカップに入れたスプーンをゆっくりとかきまぜてから、カップを手に取った。
お茶を一口飲んで静かに口を開く。
「言いにくいこともあるでしょう。言わなくていいわ。答えられないなら答えなくていいのよ。申し訳ないなんて思わなくていいの。むしろ、私が質問をすることで、嫌なことを思い出して辛い思いをさせているんじゃないかと思うと、私の方こそ謝らなければね」
「いえ、ジョアンナナ様が謝ることなんて一つもないですっ」
優しい顏で、ただ静かに頷くジョアンナナ様。
お茶をどうぞとジェスチャーで示される。
砂糖をスプーンに半分だけ入れたお茶は、ほんのり甘くておいしい。
そもそもお茶も砂糖も普段口にすることはほとんどない。贅沢品の部類だからだ。マナーの訓練の時に聞き茶おたしなみの一つだと、その時に飲んだくらいで。
そのはずなのに、私はお母様と同じ味の好みだというのは本当だろうか?
「ねぇ、ヴァイオレッタ。噂されている夜会のあなたの振る舞いは、あなたの望んでいることなの?」
あれ?そうか。今ここにいる私はアイリーンの身代わりをしているヴァイオレッタだとばれてしまったけれど、夜会に出席しているヴァイオレッタがアイリーンだということまではまだバレてないんだ。
……どう答えたらいいんだろう。
私の望みなのか?と言えば、私が夜会に行っているわけではないので私の望みではないことは確かだ。
じゃあ、アイリーンは?娼婦のようだと言われる行動は、好きでそうしているんだろうか?
それとも、何か理由があって?私にはアイリーンのことが分からなくてうまく答えることができずにいた。
「……分かったわ」
ぽんっと、ジョアンナ様が手を打った。
「他家のことに、口出しをするのもどうかと思っていましたし、ソフィアの娘だからと、ソフィアのように育つとも限らないと思って関わらずにいましたが……。どうも、間違いだったみたいですわね」
ジョアンナ様がふわりと優しく私を抱きしめた。
暖かくて、柔らかくて、花のような香りがして……。
こんな風に、誰かに抱きしめて欲しかったんだ、私……。
お母様……。
マーサ……。
「大丈夫よ。大丈夫……」
泣き出してしまった私の背中を、小さな子をあやすようにジョアンナ様がトントンと叩いてくれる。
「あら、まぁ……寝てしまったのね。よほど疲れていたのでしょう……」
優しい声が聞こえる。
「今日は泊っていきなさい。子爵家には手紙を出しておくわ……。はぁ。それにしても……一体どうなっているのか……」
目が覚めたら、真っ暗だった。
「え?私……どうしたんだっけ……」
とても幸せな夢を見ていた気がする。
赤ちゃんになってあやされていたような。
赤ちゃんをあやしていたような……。
ハッと思い出す。
「そうだわ、私……ジョアンナナ様に……」
ヴァイオレッタということがばれてしまって……。
暗いと思ったけれど、少し離れた場所に眠りを邪魔しないようにうっすらと明かりがともされていた。
目が慣れれば部屋の様子は分かったので、ベッドから降りて侍女を呼ぶためのベルを鳴らした。
私が侯爵家の侍女を呼びつけるなんて恐れ多いことをしてもいいのかと思ったけれど、人の家で勝手に動き回るわけにもいかない。