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そうだ。私、侯爵家の客間で休ませてもらったんだ。
どれくらい時間がたったのだろう。
「もう、目が覚めたかしら?そろそろディナーの準備を」
この声は、ジョアンナナ様だ。
慌ててベッドから立ち上がり、移動してドアを開く。
「はい、よく休めました。ありがとうございます」
ドアの外にはジョアンナナ様と、侍女が2人いた。
侍女の一人は、泣きはらした目を冷やすための手拭いを準備してくれた人だ。
「アイリーン?いえ、もしかして、アイリーンではないの?」
え?
ジョアンナナ様が戸惑った表情を見せる。
「あの」
どうしたのだろうと首をかしげると、動きに合わせて髪の毛がはらりと肩の下に落ちた。
目に映ったのは、くすんだ茶色の髪だ。
とっさに頭に手が行く。
しまった。
寝ている間に、カツラが取れてしまったんだわ。
振り返るとベッドの上に、金色のカツラが載っているのが見えた。
「わ、私……その……」
どうしよう。バレた?
いえ、何か言い訳をすれば……。本当は金髪じゃなかったとか。金髪に憧れてカツラをかぶっていただけだとか。
がくがく震えるばかりで、いい言い訳が思いつかない。
どうしよう。
ジョアンナナ様がふっと微笑んで、私の肩に優しく手を置いた。
「少し、話をしましょう。お茶をお願いね」
侍女にお茶の準備を頼むと、ジョアンナナ様が私の肩を抱いたまま、椅子へと座らせた。
「大丈夫よ。私はあなたの味方。決して悪いようにはしないわ」
ジョアンナナ様の言葉に小さく頷く。
けれど、恐怖で震えが止まらない。
アイリーンのフリをしていたことがばれた。
お父様に叱られる。
それだけじゃない。このことが知られればルードに軽蔑される。ジョアンナナ様を騙していたことも、罰せられる……。
いろいろなことがぐるぐると頭の中を渦巻き、ガチガチと歯が鳴り出した。
「落ち着いてヴァイオレッタ」
ジョアンナ様が私をヴァイオレッタと呼んだ。
バレている。もう、言い逃れができないのだ。
「ごめんなさい……私……」
どうしよう。どうしよう。
「大丈夫だから、落ち着いて。ソフィアの娘ヴァイオレッタ」
驚きのあまり、震えが止まる。
ソフィア……お母様の名前をジョアンナナ様が口にするとは思わなくて……。
どうして?
「ジョアンナナ様は、お母様をご存じなの……ですか?」
私の問いに、ジョアンナナ様が優しく微笑んだ。
「ああ、やはり、ソフィアの娘のヴァイオレッタなのね」
それから、私のくすんだ茶色の髪を優しくなでてくれた。
「私とソフィアは友達だったのよ。……でも、結婚してからは疎遠になってしまったけれど……。もっと手紙を出せばよかったと、亡くなったと聞いて後悔していたの。会えてうれしいわ」
「ジョアンナ様が、お母様の……友達……?」
「不思議でもなんでもないわ。結婚する前は私もソフィアも伯爵家の次女だったのよ。それで気が合って……」
ジョアンナナ様が懐かしそうに眼を細めながらお母様の名前を口にする。