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「あの、申し訳ありません……私……」
「何も謝る必要はないわ。こちらが無理を言ってハンカチを作ってもらったのだから。そのお礼の一つだと思ってちょうだい?さぁ、食べて。それから、食べ終わったら少し部屋で休みなさい。寝ていないのでしょう?」
「え?でも……」
帰らなかったらお父様に何を言われるか……。
そんな私の気持ちをすべて見透かしたようにジョアンナ様が続ける。
「家にはハンカチのお礼に夕食をご馳走するので帰りは遅くなると使いを送るわ。だから、ゆっくり休んでね。さぁ、私は用事があるので失礼するわ。また後で会いましょう」
ジョアンナ様が立ち上がったので、私も立ち上がり頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいえ、お礼ならルードに言ってちょうだい。ルードがアイリーンを助けたいから手伝ってほしいと言い出したのよ」
ジョアンナ様が部屋を出ていくのを見送ってから、ルード様に向き合う。
「えっと……」
「ハンカチ、ありがとう」
ルード様が、ジョアンナ様が残していったハンカチを手に取った。
「ルード様が使うんですか?」
そうだといいなと、思いを込めて刺繍をした。だけれど、それが本当になるなんて……。
ルード様が、ハンカチを手に取ると、自分の唇に押し当てた。
どきりと心臓が跳ね上がる。
私が口づけられたわけでもないのに、愛おしそうな顏で、私が刺繍したハンカチに口づける姿に顔が赤くなる。
「アイリーンだと思って、大切に使わせてもらうよ」
私だと思って……。
ルード様がハンカチをチーフポケットに入れた。
「食べないのか?」
お腹は空いているのに、胸がいっぱいで……目の前にご馳走があるというのに、手を伸ばしていなかった。
「もしかして、自分だけが食べるのが気が引けるのか?」
確かにそれもある。食事は一人分しか用意されていない。そりゃ、朝食の時間には遅いし、昼食には早い時間だ。
「気にしなくていいよ。ほら」
ルード様が、スプーンでスープをすくって私の口元へと運ぶ。
ああ、昔マーサが、病気をした私のために、こうして食べさせてくれたなぁ……。
と、懐かしく、そして幸せな気持ちを思い出して口元に運ばれたスプーンからスープを飲んだ。
「え?」
声に驚いてルード様を見ると真っ赤になって口を押えている。
「あ、いや、スプーンを受け取ってもらえるかと……その……」
しまった。
「ご、ごめんなさい、あの、な、慣れていなくて、こ、こういう時どうしたらいいのか、分からなくて……」
「いや、俺の方こそ、何するにも配慮が足りない……っ」
「違うんです、本当に私が、物事を知らな過ぎて……」
アイリーンとして出るまではずっと使用人のように屋敷で過ごしていたから。
「病気の時に、ミルク粥を食べさせてもらったことを思い出して……ずっと昔……私を我が子のように育ててくれたマーサに……」
マーサのことを思い出したら、また涙が出てきた。
「アイリーン、ゆっくり食べたらいいよ」
ルード様がもう一度スープをスプーンですくって私の口元に持ってくる。
今度は間違えないようにスプーンを受け取ろうとすると、ルード様が首を横に振った。
「寝不足のせいか、顔色が悪いよ。目の下のクマもひどい。それにひどく空腹なのだろう?病人みたいなものだよ。俺が食べさせてあげるよ」
え?
「さ、口を開けて」
言われるままに口を開けると、スプーンを入れられる。