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「いえ、あの、そういうわけでは……。刺繍に没頭してしまって……」
嘘ではない。昨日は食事で刺繍を中断されたくなかったから……。まぁ、朝食はタイミングが悪かったのだけど。
ジョアンナ様が首を横に振った。
「……ありえないのですよ。徹夜で刺繍をさせることも、食事を抜くことも。健康管理も侍女の仕事の一つです。徹夜しないように寝かせる、食事抜きにならないように声をかける……それはとても当たり前のことです。その当たり前の仕事をしないどころか……」
侍女のせいにされてる?
違う。侍女のせいじゃない。新しい侍女たちは、お父様の命令に従って動いているだけだ。
「貴方に対する声も聴いたわ。ごめんなさいね。あまり下位貴族の噂話を今まで聞いたことがなかったから……。平民の子供だと、愛人の子供だと蔑まされることがあるのね?」
確かのこの間はそういわれた。
前からアイリーンがそういわれているのか、たまたま、身の程もしらずに高位貴族のお茶会に現れたために言われたのかは分からない。どう返事をしていいのか分からずに舌を向く。
「全く嫌になるわね。子供のせいじゃないというのに……」
はぁと大きなため息
「そうです。アイリーンが悪いことなど一つもないというのに……義姉のヴァイオレッタにひどい仕打ちを受けるなんて……」
まただ。
また、ルード様から憎しみのこもった声で名前を呼ばれる。
「いいえ……違います……お義姉様からでは……」
「なぜ庇う?侍女たちに食事もまともに食事をさせないようにと、ヴァイオレッタが命じてるのだろう?庶民の娘の世話をする必要はないと言っているのだろう?」
「違います」
ヴァイオレッタはそんな人間じゃない……。私は……。
「待ちなさい、ルード。もし、そうだったとしてもヴァイオレッタもまた親の犠牲者ですよ。ヴァイオレッタは生まれてすぐに母親亡くしているのです。そして、父親はすぐにアイリーンの母親と再婚したのですよ……」
ぐっとドレスのスカートを握り締める。
「彼女も親の犠牲者です。まず責めるならば、親を責めるべきですよ」
ジョアンナ様の言葉に、ルード様が言葉を失った。
「ヴァイオレッタは悪くないと?」
「いいえ。もし、あなたの言う通りアイリーンをいじめていたとしたのならそれは悪いことです。でも、それを止めるのは二人の親の役割。止めても直らないのであれば引き離すなりなんなりすればいいのに……。見て見ぬふりをしているならば、はやり悪いのは親よ」
ヴァイオレッタは悪くない……。
悪評を聞いてもなお、そういってくれる人がいるなんて……。
ポロリと涙が落ちた。
「あらまぁ、辛かったわよね。かわいそうに……」
ジョアンナ様が、私の隣に座り、背中を撫でてくれた。
「お、お父様は、貴族は外に子供を作ることなどよくあることだから……だから……自分は悪くないと……」
はぁーと、ジョアンナ様が大きなため息をついた。
「確かに、愛人を持つことはよくあることだし、婚外子も珍しくはないのは確かよ。でも、それでも通すべき仁義というもとはあるのよ」
仁義?
「結婚して1年は妻だけを愛すること、3年、もしくは正妻に世継ぎが生まれるまでは他に子供をつくらないこと……それを破ったのだから、悪くないわけないのよ。それを本人も分かっているはずなのに……」
「お、お父様は……」
お母様が浮気をして私を産んだのだから自分は悪くないと……口にしそうになって、私はアイリーンのフリをしていることを思い出して口を閉じる。
ノックの音が聞こえ、からからとカートを押した侍女が入ってきた。
「ああ、きたわね。お腹が空いているのでしょう?どうぞ食べて」
カートからテーブルに移されたお皿には、綺麗に盛り付けられたサラダにパンとフルーツ。そして具だくさんのスープ。