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もしかして、私が刺繍したのではないと思われていたの?それを確認するために直接持ってこさせた?
「う、嘘じゃないです。前にお贈りしたものもこちらも、私がさしました」
慌てて声を上げると、小さくジョアンナナ様がため息をついた。
「確かに、自分が刺繍しましたと嘘をついて、買ってきたり、侍女に刺繍させたりする者もいますけれどね、私はそれを疑ったわけではないのよ。驚かせてしまってごめんなさいね」
ジョアンナ様が、ハンカチを広げてテーブルの上に置いた。
「とても立派な刺繍ね。1つの花に3色の糸を用いてグラデーションを作って立体的に見せているのね。それに、丁寧に一つずつ花を刺繍してあるばかリでなく、使い勝手を損なわない位置に、飾りの模様も繊細に施されている。とても素敵な作品ね」
「ありがとうございます」
褒められたことに嬉しくなり、頭を下げる。
「この間のお礼のハンカチは、手紙に自分で刺繍したと書いてあったけれど、まさかと思ったのよ。それで、今回はもしかしたらと確かめさせてもらったの」
ふぅと、侯爵夫人がため息をついた。
「寝ていないのでしょう?徹夜で刺繍をしたのよね?」
「え?」
侯爵夫人の手が私の頬に触れた。
「目の下に隈もできているわ。無理させてしまってごめんなさいね……」
無理なんてっ!
していないと否定しようとしたときに、ノックの音が響いた。
「入って頂戴」
誰が来るのか分かっていたのか、声をかけられる前にジョアンナ様が入室の許可を出した。
「それで、どうだったんだ」
入ってくるなり、ルード様は声を上げた。
「ルード様」
「ああ、アイリーン……かわいそうに。ひどい顔だ」
ひどい顔?
「ルード落ち着いて、座って。……でも、あなたの言う通りだったわ」
ジョアンナナ様が首を横に振った。
「この間いただいたハンカチも、翌日には届けられたから。誰かに刺繍させたものか、買った物だと思ったのよ。いくら何でも、それほど短時間で刺繍ができるわけないから……。自分で刺繍したというのも、せいぜい仕上げのいくつか針を刺しただけなんじゃないかと……」
ジョアンナナ様の言葉に、ルード様が口を挟んだ。
「アイリーンは嘘をつくような人じゃない」
「ええ。ルードがそう言うから、思い出したのよ。そもそもハンカチを贈られる元となった事件を。お茶会が続いていて直接顔を合わせたわけではなかったから、侍女からの報告も詳しくは聞かなかったけれど……。確認したら思ってた以上にひどい話を聞かされたわ」
ジョアンナナ様が心配そうな顔を私に向ける。
「もう、背中の傷は大丈夫なの?」
「あ、はい。もうすっかり痛むこともなく……」
ジョアンナナ様が心を落ち着かせるように息を吐き出すと、思い出したかのように、お茶を勧めた。
「さぁ、ルードも急いで駆けつけて喉が渇いているでしょう。お茶をどうぞ。アイリーンも。お菓子も口に合えばいいのだけれど」
並べられた美味しそうな焼き菓子を見たとたんに、お腹が鳴った。
は、恥ずかしい。なんてはしたない。
「申し訳ありません」
食いしん坊だねと笑い話にしてくれないかと思って二人の顔を見ると、泣きそうな表情をしている。
「ろくに食事も食べさせてもらっていないのね……」
「いえ、あの、そういうわけでは……。刺繍に没頭してしまって……」