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ドレスの汚れは……。部屋の中から出られないのだから、少しずつ汚れを落としたり、フリルを縫い付けたりしよう。勝手なことをしてとあとでアイリーンに叱られてしまうかもしれないけれど……。このまま着ることができずにクローゼットにしまいっぱなしになるよりはいいだろう。
唯一一人で着られるドレスに袖を通す。
それから化粧は見様見真似で……と思ったけれど、怖くてほんの少し頬紅をのせ口紅をさすだけで終わり。
カツラは丁寧にとかした。
髪結いは、あきらめた。地毛であれば後ろで結んでリボンを結ぶことくらいならできたかもしれないけれど、カツラはどうにも扱いが難しい。
ハンカチを封筒に入れて持つ。
手紙も添えた方がいいかとも思い、慌てて書く。
ジョアンナ様宛てに。前に贈ったハンカチの賛辞に対してのお礼と、贈った人に喜んでもらえるようにと。簡単に書いて封筒に入れる。
それから屋敷の前に待っていた馬車に慌てて乗り込んだ。
行先はお父様から伝えられているようで、何も言わなくてお侯爵家に向かって動き出した。
侯爵家について、用件を伝えるとすぐに屋敷の中に通される。
え?どうして?
渡したらおしまいじゃないの?
いえ、じゃないから本人に届けるように言ったのだけれど……。
「こちらでお待ちください。すぐに奥様がいらっしゃいます」
と、侍女に言われて応接室の一つに通される。
奥様?奥様って、侯爵夫人のジョアンナ様のことだよね……。
わ、私なんかが侯爵夫人にお会いするなんて。
お茶を1杯飲み終わるころに、侯爵夫人が部屋にいらっしゃった。
「こちらから頼みごとをしたのに、お待たせしたわね」
とても美しい女性だ。菫色の瞳に、紫がかった黒髪をしている。
そして、見につけていたのは、ハンカチの色に似た薄紫色のドレス。
なんて、上品に紫色を着こなす方だろう。
「あの、ハンカチを、お持ちいたしましたっ!」
すぐに立ち上がって、持って来たハンカチを入れた封筒を差し出す。
「ふふ、ありがとう。少しお話を聞きたいの、座ってちょうだい」
侯爵夫人がそういうと、侍女たちがてきぱきと今まで私が飲んでいたお茶をかたずけ、新しくお茶とお菓子を準備し始める。
とても、渡したから帰りますなんて言えるような雰囲気ではない。
素直にソファに腰かけると、ジョアンナ様が封筒からハンカチを取り出した。
「まぁ!こちらも素敵ね!私がいただいたものはヒヤシンスとカスミソウでしたわね。こちらはヒヤシンスと、白い花はモスフロックスかしら?」
え?
「あ、あの、白い花は、前に見たことがあるピンクの花の形を模したのでうが、その花にも白いものがあったのですね」
驚いて声を上げるとジョアンナナ様が首を傾げた。
「ええ、とてもかわいらしいわ。知らなかったということで、なぜそんなに驚くのかしら?」
「い、いえ、その……贈り物にしたいという話でしたので……。花言葉も知らずに架空の花ならば問題ないと思っていたので」
ジョアンナナ様が頷いた。
「ふふ、花言葉まで気にして刺繍してくださったのね。大丈夫よ。モス・フロックスの花言葉は、淡いピンクは”臆病な心”」
臆病な心……。
本に挟んだ押し花を思い浮かべる。
「そして、白いモス・フロックスは”きらめく恋”よ。もらって困るような花言葉ではないわ」
「きらめく……恋」
「それよりも、今の会話で確信したわ。このハンカチの刺繍は確かにあなたがしたものでしょう」
え?




