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アイリーンの部屋にはしっかりと夜でもランプの明かりがあるので大丈夫。
完成したのは日が昇ってしばらくたったころだ。
「まだ、朝ごはんは残っているかしら?」
気が付けば、昨日は昼も夜も食べていない。
新しく雇った使用人となるべく顔を合わせないようにと使用人が食事を部屋に運んでくることもないためだ。
食事をするには、ドア越しに使用人に食事を頼んで受け取らなければならない。昨日はそれを忘れるほど集中していたのだ。
……違う。幸せな妄想の中で、ふわふわした気持ちになっていた。
それを、食事のために現実に引き戻されたくなかっただけ。
ずっと夢の中にいたかった。
それも、刺繍が完成したことで終わってしまった。
すると急に空腹感が襲ってきた。
使用人を呼ぼうと呼び鈴を手にする。
そこに、お父様が入ってきた。
「おい、ハンカチはできたのか?」
「はい」
「だったらさっさと届けてこい!刺繍した本人が届けろと手紙にあったのを忘れたか!」
仕方がない。朝食は諦めよう。
「分かりました。行ってまいります」
侯爵家のお屋敷はどこにあるのだろうか。誰かに尋ねながら行けば分かるかしら?
ハンカチを胸に抱き、ドアに向かおうとしたらお父様に怒鳴られた。
「馬鹿か。本当にお前は馬鹿だな。アイリーンとしていくのに、その服装は何だ!ちゃんとドレスに着替えろ。馬車は準備させてあるから、急げ。まったくどこまでも愚図が」
「え?ドレス……ですか?どうしたら……」
「は?そんなもん自分で考えろ」
ばたんと大きな音を立ててドアをしめてお父様が出て行った。
「自分で……?」
アイリーンのクローゼットを開く。
どうしよう。
侍女はいない。ドレスを着るには、誰かの手伝いがいる。
一人では後ろのボタンを留めることができないからだ。
それに、髪も自分では結えない。
化粧も、したことがないから分からない。
自分でも着れそうなドレスはないかとクローゼットのドレスを見ていく。
「あら……?」
紅茶のシミのようなものがドレスについている。こぼした?にしては広範囲だ。
「こっちのドレスも……。右端のドレスは汚れて着られないものをまとめてあるのかな?」
10ほどのドレスに大きなシミが付いている。
すぐに洗い落とせば落ちたかもしれないのに……。アイリーンはこぼしてしまったということを言い出せなかったのだろうか?
愚図というお父様の言葉を思い出す。
アイリーンもお父様にそういわれることがあったの?言われないようにと隠していたの?それとも別の理由で言い出せなかった?
汚れがないドレスの中で一つだけ前でボタンを留めるタイプのものが見つかった。
「あら?」
よく見れば、このドレスにもスカートの一部にシミがある。そして、その汚れを隠すように、フリルが縫い付けられていた。へたくそな縫い目で……。
アイリーンが自分で縫った?それとも侍女の腕が悪かった?
「考えている暇はないわ……」
今は一刻も早く出かける準備をしないと。