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 慌てて、お母様の日記を机の引き出しに入れる。

「あ」

 ここはアイリーンの部屋だった。机にはすでに何かが入っていて入らなかった。

 慌てて立ち上がり、お父様に見つかりませんようにと体で隠す。

「どうなさったのですか?」

 お父様は幸い、何かに興奮しているようでまるっきり私の行動を気にした様子もない。

「すぐに、刺繍だ。ハンカチに刺繍しろ!」

「え?」

 お父様が、手紙を私に見せた。

「侯爵夫人からの手紙だ」

 手紙には、ハンカチのお礼とともに、をとても気に入ったということが書いてあった。

 たくさんのハンカチを持っているけれども一番気に入っている。

 私のためだけに作られた者だと言うのが伝わった。

 ……と。

 ほっと息を吐き出す。

 紫のヒヤシンスを選んでよかった。

「私がお前にハンカチに刺繍して贈るように言ったのがよかったんだな。下手に宝石なんか贈らなくて成功だ。やはり私の判断は正しかったんだ」

 お父様の言葉を聞きながら手紙を読み進めていく。

 知り合いがとてもうらやましがっていたので、その人に贈りたいので刺繍をお願いできないかと書かれている。

 なるべく早く欲しいと。出来上がったら、刺繍をした本人に侯爵邸まで届けてもらえないかとも書かれている。

「侯爵夫人に気に入られれば、子爵の中でも一歩頭を出せる。流石私だ。お前も、私の言う通りにしていれば間違いないんだ」

 手紙を持つ手が震える。

 侯爵様の最後には『無理を言って、許してくださいね』と書かれていた。

 そして、紫のヒヤシンスの押し花がつけられている。

 もしかして……。

 ドクンと心臓が高鳴る。

 侯爵夫人の言う知り合いというのは……。ルード様?

「おい、聞いてるのか!」

 お父様が私の腕をつかんだ。

 しまった。聞いてなかった。

「すぐに刺繍をしろと言っているんだ。いいな、明日の朝にはお前が侯爵家に届けるんだ。失敗は許さん。さっさと取り掛かれ具図が!」

 ばたんとドアを閉めてお父様が出て行った。

 違うかもしれない。でも、もしかするとルード様の手に渡るハンカチ……。

 私が刺繍したハンカチをルード様が使ってくださるところを想像して胸が熱くなる。

「って、こうしちゃいられないわ。すぐに刺繍を始めないと!」

 裁縫道具を取り出す。

 この間買った刺繍糸はまだ残っている。それから……。1枚余分に買った薄紫のハンカチ。

「……ルード様に渡したいと思って、買ってしまったけれど……」

 刺繍をして女性が男性にハンカチを贈るなんて……。身内や婚約者以外に贈るのは特別な意味があると思われてしまう行為だ。

 してはいけないことだと、刺繍はせずに裁縫箱の中にしまっておいた。

 ルード様のことを思って刺繍をしていく。……誰の手に渡るのか分からないけれど……。どんな気持ちで刺繍したかなんて、誰にも分からないのだから。

 明日の朝までにということは、徹夜になるだろう。

 だけど、少しも辛くはなかった。

 食事もろくにとらずに刺し続ける。


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