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ルード様がどこの誰だろうとどうでもいい。身分なんて……知っても仕方がない。
私はアイリーンじゃないのだから。
ヴァイオレッタとして、アイリーンの産んだ子の父親だろう人と結婚する。
だけど、ルード様のことを知りたいと思ってしまうのはどうしてだろう。
どこの誰だろう。
弟の後始末をしなければならないと言っていた。
そう、それから……。
ヴァイオレッタのことを聞きたいと言っていた。
それはなぜ?
「まさかっ!」
アイリーンが書き記した父親候補リストを取り出す。
誰だか判明しているのが14人。判明していないのが6人。
金髪が6人に銀髪が1人。黒髪が1人、濃い茶髪が4人、薄い茶髪が4人、それから赤毛が3人、アッシュグレーが1人。
正体不明の人は誰か分かったのかしら?そうだ。婚約者がいないと書かれているこの人……。
「あのとき伯爵令嬢が結婚を申し込まれるはずだと言っていた……」
もしかしたら他の婚約者がいないと言う人も、アイリーンが戻ってくるまでに婚約者が決まるかもしれないんだ。
「ルード様の弟が、この中にいるとか……」
それで、婚約が決まりそうだから、ヴァイオレッタに関係を持ったことの口止めをしようとしている?
ルード様の弟の髪と目の色を確認しないと……。
なぜ?ルード様の弟だと確認しなければならないのはなぜ?もし、ルード様の弟がこのリストにいたとして何だというの?
ルード様が弟のしりぬぐいをすると言っていたのが口止めであるなら。ヴァイオレッタと会って話をするのだろうか。
ヴァイオレッタの話を憎しみのこもった目でしていたルード様。あの憎しみを、向けられるのだろうか。
それでもいい。会いたい……という気持ちと、そんな目で見られたくはない、会いたくないという気持ちで心の中が揺れている。
ああ、もしルード様の弟が父親で、結婚することになったらどうしたらいい?いいや、後始末として口止めしようとしているなら、結婚はできないだろう。愛人としてすら認められない存在として……。子供を取り上げられ、修道院へ入れられるのかもしれない。
いやだ。それだけは。
せっかくできる私の家族。姪……か甥と、伯母という関係だけど。家族になるのだ。
「ああ、お母様……」
お母様の日記を抱きしめる。
女の子だったら、あれしてあげたいこれしてあげたい。
男の子だったら、どの本を読んであげよう……。
たくさんの愛がつづられている。
そして、亡くなってしまったお母様の代わりに私を愛情豊かに育ててくれたマーサ。
お母様から受けられなかった愛を。マーサから受けた愛を。今度は私が伯母として家族となる子供に注ぎたいの。
公爵様とも侯爵様とも親し気な関係なら、高位貴族なのだろう。
……子爵令嬢と結婚など、いくら子供ができたからと言って簡単なことではないはずだ。せいぜいが愛人。
子供を取り上げられるのだけは嫌だ。
はぁーっと、大きく息を吐き出す。
落ち着こう。何も、アイリーンの子の父親がルード様の弟だと決まったわけじゃない。
それに、よく思い返すとルード様は、ヴァイオレッタの体調も尋ねていた。
ということは、弟の不始末とは、もしかしたらあの日……アイリーンが倒れた日のことかもしれない。
休ませるわけでなく、医者に見せるわけでもなく、家に放り捨てるように送り届けられたアイリーン。
倒れた令嬢に対する対応としてはあり得ない話だ。いくら嫌われ者だとしても……。
そのことを謝罪しようというだけかもしれない。
いや、むしろその可能性の方が高そうだ。
だとしたら、体調に問題はない。家に送り届けてくれて感謝していると伝えればそれで終わりの話。
「ヴァイオレッタ、いや、アイリーンはいるか!」
ノックもせずにお父様が部屋に入ってきた。