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子爵家の使用人からはアイリーンとお父様はそんな関係に見えてたの?
嘘だ。
アイリーンはお父様にかわいがられて……。
本当にそう?
侯爵夫人にいただいたドレスを見て、アイリーンが持っているドレスではないと気が付かなかった。
アイリーンとして着るにもヴァイオレッタとして着るにもデザインがおかしいのに。
それに、お茶会で他の令嬢からあんな風に言われていることを知らないの?
知っていてお茶会に行かせているの?
だめだ。考えることが疲れてきた。
お父様はアイリーンが死んでも本当に悲しまないの?
そんなはずないわよね?
だって、アイリーンはお父様と同じ髪の色をしているから……私と違って愛されているのだもの。
「全部間違いよ……。私は大きな顔なんてしていない。侍女が辞めたのは私のせいじゃない。それに、私は忠告しようとしただけ。早く子爵家の使用人をやめた方がいいと」
赤ちゃんを産んだのはアイリーンだという秘密を知る前の今なら、冤罪をかけられて辞めさせられることはないだろう。
もう少しすれば、私がお腹が大きくならなかったことで嫌でも秘密を知ることになる。
「はぁ?辞めろっていうわけ?」
この侍女のことは好きではない。……だけど、地獄に落ちろと思うほど憎んでもいない。
いうなれば、天気のようなものだと思っている。
冷たい雨の日は嫌だなぁと思う。それと同じ。嫌だなぁと思うこともあっても、そういうものだと思うだけ。
冷たい雨を降らせるなんて酷いとか、許さないとか思わない。いちいち心を煩わせるほどのものではない。
「いい気になってんじゃないって言ったでしょう!お嬢様、分かってんの?私は秘密を握ってんのよ?」
にやりと侍女が笑う。
「あんたがアイリーンに成りすましてお茶会に行ったって、ばらされたいの?」
ニヤニヤと笑い続ける侍女。
バラされたら、どうなるんだろう。
私は困ったことになる?
売られていた刺繍のことをまた思い出す。
子爵家から追い出されたらどうやって生きていけばいいのか、分からない。
何とかなるかもしれない……ううん、どうにもならないかもしれない。分からない。
誰か、相談できる人がいれば……。いろいろ教えてもらえたのかな……。
「何か言ったらどう?ばらさないでくださいとか」
侍女が私の手を掴んだ。
痛っ。
長く伸びた侍女の爪が手首に食い込む。
辞めたくないんだ。私の忠告は余計なお世話だった……。
「私にはわかりません……」
ガンっと侍女がはたきで壁を叩いた。
「辞めた侍女の分の仕事はあんたがしなさいよっ!」
はたきを投げつけると、侍女は廊下を歩いて行った。
「なんだ、騒々しい」
先ほど壁を叩いた音が部屋の中にも響いていたようだ。お父様が部屋から出てきた。
「お前かヴァイオレッタ。なんだ今の音は」
いらだったお父様の声に、これ以上怒らせないようにと慌ててはたきを拾う。
「その……」
「まさか、はたきで何かを叩いたのか?少しでも屋敷を傷つけてみろ、3日は食事抜きだぞ!」
「わ、私じゃありません」
「いいわけか?」
しまった。お父様がさらに怖い顔になった。