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「アイリーン様にでも成り代わったつもり?すぐに体調がよくなってアイリーン様は戻ってくるんだから!」
使用人には、アイリーンが妊娠したことは秘密にしてある。ほんとに体調を崩して静養していることになっている。
病状が伏せられているため、どれくらいで戻ってくるかも知らないはずだ。
……そういえば、ヴァイオレッタが産んだことにするのであれば、この屋敷に住んでいる人は私が妊娠出産してないことはバレちゃうのでは?……使用人はどうするのだろう。解雇するのだろうか?
そもそも、私がアイリーンのフリをしていることも、ヴァイオレッタのふりをしてアイリーンが夜会に出席していることも知っている。
口止めのために、お父様はどうするつもりだろう?
領地に連れて行って、王都の人間と関われないようにするのだろうか?
それとも、そもそも貴族との接点がないように解雇して二度と貴族の屋敷で働けないようにするとか……。
物が無くなった、盗まれたとでも言って犯人に仕立て上げてしまえば、どこも雇ってはくれなくなるだろう。
実際、帳簿ではあるはずの針が無くなっていた。他にも帳簿と照らし合わせれば、小さなものであれば無くなっている物はあるだろう。
貴族の証言と、帳簿と言う証拠がそろってしまえば、たとえ冤罪だったとしても庶民である使用人はどうにもできない。
……そういう物語……いえ、ほとんど過去の事実が掛かれた貴族の物語を読んだことがある。
冤罪で罰せられるかもしれないなんて。
「かわいそうに……」
思わず漏れた言葉に、侍女が顔を赤らめた。
「はぁ?かわいそう?何言ってんのよ!あんたに同情されることなんて一つもないわ!」
「ごめんなさい……」
そうよね。何もそうと決まったわけじゃないし。お父様の考えは分からないし。
「アイリーンが戻ってきて何もかも元通りになると思っているようだったから……つい」
何もかも元通りということは決してないだろう。
少なくとも、私は赤ちゃんの父親候補の誰かの元に嫁がされるはずだ。
「はぁ?まさか、アイリーン様は戻ってこないと?……重たい病気?」
侍女の言葉に違うともそうだともいえずに黙る。
妊娠のことを少しでも勘づかれないようにしなければならないから、余分なことは言えない。
「まさか……。だったら、わざわざあんたをアイリーン様の代わりに社交の場に行かせる必要なんてないはず。戻ってくるからこそ代わりをさせているんでしょう。騙されないわよ」
これにも何も答えられずに黙っている。
体調を崩して静養していることになっているのに、いつ頃戻ってくるはずだから大丈夫なんて言えるわけない。
「いや、待てよ……このままアイリーン様は戻らなくて……そのため、こいつをアイリーン様の代わりにしようと旦那様はお考えという可能性も……?」
ハッとして、侍女が私の顔を見た。
「そりゃ、もしアイリーン様が亡くなってしまったら、評判の悪いヴァイオレッタが生き残るよりは、アイリーン様が生きていることにした方が旦那様も得……」
……アイリーンは死んだりしないのに。
それに……。どうして、お父様はアイリーンが死んでしまったあとの損得しか考えないって思うの?
アイリーンが本当に生きるか死ぬかという病に侵されていたら、お父様だってもっと心配するだろうし、亡くなった後の損得を考えて行動をするわけが……。
「父親もあんたを利用しているだけ」
お茶会でどこかの令嬢に言われた言葉を思い出す。
単にアイリーンを馬鹿にしようと出た言葉だと思っていたけれど。
だって、私から見れば、アイリーンは私と違ってお父様に大切にされていると思っていたから。
「ねぇ、教えて……。お父様はアイリーンが亡くなったら悲しむわよね?」
ふんっと、侍女が鼻を鳴らした。
「悲しむ?ははは、怒り狂うでしょうね。アイリーン様が死んで残ったのがあんななら」
それから自信満々に語りだした。
「ええ、そうだわ。きっと。あんたがアイリーンの代わりになんて慣れるわけないのよ。旦那様はきっとアイリーン様が亡くなれば、すぐに離婚して新しい若い妻を迎えるでしょうね。子爵家の跡取りを産ませるために。きっとそうよ。どう転んだって、あんたが大きな顔なんてできないのよ。分かったわね!」




