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馬鹿な想像に恥ずかしくなる。
誰かを利用しようと考えるなんて……違うな。何かを言い訳にして誰かを動かそうだなんて……。
どちらにしても、最低だ。
刺繍の道具を買いに店につくと、何を刺繍しようか決めていなかったことに気が付いた。
モチーフによって、必要な糸が違ってくる。何色をどれくらい買えばいいのか……。それに、その色が合うハンカチを選ばないといけない。白いハンカチが多いとはいえ、クリーム色やうぐいす色などいろいろとハンカチ似も色がある。
すでに、刺繍がしてあるハンカチも売っている。
「刺繍が売り物になる……」
材料費を差し引いても、刺繍が入ったハンカチは、何もはいっていないハンカチの4倍の値段はする。店のもうけだけではなく、刺繍をした人の手間賃も値段には入っているのだろう。
考えたこともなかったけれど、刺繍でお金を稼げるんだ。
……1日何枚刺繍をするといくらくらいのお金になるのか頭の中で計算してみる。
生活するにはいくらくらいかかるんだろう。
……もし、子爵家を出されて、姪……か甥と二人で暮らすことになってしまったら。お金をどうしたらいいのかと思っていたけれど。そうか……お金を稼ぐ方法を私が知らないだけで、誰かに聞けば私でもできる仕事があるのかもしれない。
もし、どうしても気持ちが悪くて、子供の父親と結婚することができそうになかったら……。いいえ、子供の幸せを考えたら我慢するべきかもしれない。お金の苦労だけはさせずに済むなら……。
この先どうなるのか分からないことだらけだ。だけど、きっと何とかなるんだと、売られているハンカチを見て少しだけ気持ちが落ち着いた。
刺繍をされている物を見ると、薔薇がモチーフとしては一番多いようだ。
他には幸せを運ぶという青い小鳥。
濃い色のハンカチには、白い薔薇や聖女の冠と呼ばれるスズラン、それから白鳥。
あまり花の名前を知らない私にもわかる有名な花ばかりだ。
「イメージじゃないかも……」
ジョアンナ様にお会いしたこともないのに、どれも違う気がした。
というか、もし、イメージに合っていたとしても、ありきたりな図案の刺繍であれば、何も無理して今から刺さなくても買えば済んでしまう。刺繍しても、それがジョアンナ様のために刺繍したものか買った物かも分かってもらえないだろう。
何にすれば……。
ジョアンナ様から贈られたドレスを思い出す。
あれがジョアンナ様の着ていらしたドレスだとすると……。
「あ」
紫のグラデーションになっていたヒヤシンスの絨毯を思い出した。
「きっと、そうだわ。ジョアンナ様は、赤やピンクよりも、青や紫が好きなんだわ。そして、ちょっとかわいらしいデザインを好んでいる……」
薄い青紫の布を選び、濃い紫の糸と少し色の違う糸を選ぶ。
「あ……」
花言葉を思い出し、お礼として渡すのにふさわしいと思えないことに気が付いた。
……許してくださいなんて意味のハンカチをもらっても困るわよね……。
「どうかなさいましたか?」
急に手を止めて考え込んだ私に、お店の人が声をかけてくれた。
「あの、お礼にハンカチに刺繍をして贈ろうと思ったのですが……お礼にふさわしいモチーフが思いつかなくて……」
「お礼でしたら、この辺りでしょうか。ピンクの薔薇にはありがとうという花言葉があります。それから、こちら。カスミソウの花言葉にも感謝の意味が」
カスミソウと言って見せてくれたハンカチには、小さな白い花がハンカチ一面に散らされていた。緑の額が付いた可憐な花。
「これだわ。ありがとうございます!」
色のついた布を使うのだ。真っ白なカスミソウは映えるだろう。濃い色のヒヤシンスの周りに、真っ白なカスミソウを添えよう。
お店の人に品物をお渡し代金の計算をしてもらう。