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それに、なぜドレスを汚したのかとは尋ねられなかった。汚したおかげでドレスを贈られたのだから汚した理由などどうでもよかったのかもしれないけれど……。
「うーん。やはりハンカチくらいが適当なのか……。おお、そうだ。侯爵夫人が喜びそうなものを刺繍しろ。明日には届けるから、急いで今から刺繍するんだ」
「明日までに?」
「そうだ。時間がないからと手を抜くなよ!侯爵夫人にふさわしい立派なものに仕上げろ。最上級の布と糸を用意するんだ!」
明日まで……。
「お父様、流石に時間が足りません。書類仕事も」
「書類だ?おい、今日はヴァイオレッタに仕事は回すな」
家令が頷いた。
「掃除もありますし……」
「はぁ?そんなものお前じゃなくてもできるだろう。とにかく刺繍を仕上げろ!」
はいと頭を下げてお父様の執務室を出てアイリーンの部屋へと向かう。
侍女に手伝ってもらいドレスを脱ぐ。
「アイリーンに頼まれたの?」
ちょうど背中の傷が見えるだろうタイミングで侍女に尋ねた。
「はぁ?何のこと?」
侍女は私が何を訪ねているか分かっているだろうけれど、すっとぼけた。
「……侯爵夫人は、ドレスが血で汚れているのを見かねて新しいドレスをくださったの。ドレスに針が刺さっていることを、不審に思っていらっしゃったわ」
振り返ると、侍女の顔が真っ青になっている。
「そ、それは……アイリーン様とあんたの体形が違うから……は、針で体に合うように止める……ためで……」
「そうだったの。言ってくれれば、そのように説明できたのに……お礼の手紙に書いた方がいいかしら?」
私の言葉に、侍女は少しほっとした顔をする。
「でも……貴族に傷をつけないため、通常は針の扱いはとても慎重に行うのですって。……その針で止めるようなことをするなんて非常識な侍女だと思われないかしら?それとも、わざと傷つけるように針を仕込んだと思われるよりはましなのかしら?」
判断がつかなくて侍女の顔を見る。
本人に選んでもらえばいい。
「どうかしら?どちらがいい?侯爵夫人への手紙には、ドレスの背中に針があった理由を伝えた方がいい?」
侍女が真っ青になった。
それからすぐに顔を真っ赤にして私をにらみつける。
「アイリーン様に言いつけてやる。あんたなんかに好き勝手出来ると思うな」
何も好き勝手などしていないのに。何を言い出すのだろう。選ばせてあげているというのに。
それに……。
「アイリーンが戻るのはずっと先よ?」
言いつけるって。判断をアイリーンに相談するってこと?流石に、そんな先に侯爵夫人に針の話を手紙に書いて出すのもおかしいでしょう。
「侯爵夫人は何と思うか……」
ぼそりとつぶやくと、侍女が再び顔を青くする。
「まぁいいわ。あなたの判断で行ったことだということが分かれば……。アイリーンと私の体形が違うから、ドレスを体に合わせるために、貴方が判断して行ったのよね?誰かの指示でしたことではないのね?」
侍女が逃げ出すように部屋を出て行った。
ほら。やっぱり。
アイリーンは、私の体を傷つけるようなことを指示したりしない。
お父様は私の髪を引っ張って頭をぶつけるようなことを平気でするのに。
侍女ですら、私が怪我をするかもしれないと分かっていて、物を投げつけたりするのに。
ドレスをベッドの上に置く。
手入れをしてクローゼットに入れなければならないけれど、侍女がするだろう。
ご覧いただきありがとうございます。
花の描写が出てくるのですが、どうしてもヒヤシンスが覚えられなかった。
あの花なんだったっけ~と。何度も考え……。
むしろ、芝桜のモス・フロックスっていう名前の方が憶えられた。
……初めは、モフ・クロックスとか言ってたのになー。
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