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そう言い、ルード様が少しだけ私の髪を持ち上げた。
「いや、念のため言うと、痛いというので確認しただけで、背中を見たら気が付いたというわけではない。けっして、その……」
いつも言葉が足りないことを反省したのか、今度は言わなくてもいいようなことまでルード様が口にした。
「おいたわしい。すぐに手配いたしましょう」
使用人が部屋の準備と侍女と手当するために必要な物などてきぱきと周りに指示を飛ばした。
「こちらへどうぞ」
準備された部屋にすぐに案内される。
「ご心配でしょうが、ルード様はこちらへ」
ルード様は、隣の部屋へと案内されていった。
3人もの侍女が、私と部屋に残った。
「まぁ、おかわいそうに。血が……」
「素敵なドレスが汚れてしまいましたね」
「すぐに手当てをいたしますわ」
ドレスを脱がされ、血で汚れた背中をぬぐわれ、何か薬を塗られる感触があった。背中なので見えない。
「一つずつの傷は小さいけれどひどい数の傷が……一体何で傷ついたのでしょう?」
侍女の言葉にすぐに返事を返す。
「どうもドレスに何かが入っていたようで、それで傷ついたのだと思います。馬車に乗り込んだときから違和感がありましたので、こちらに来てから怪我をしたわけではありません」
侯爵家で傷つけられたものではないと言っておく。
「ひどい……これは……」
ドレスの汚れを取ろうとした侍女が悲鳴のような声を上げる。
別の侍女が声を上げた侍女の手元を覗き込む。
「血の汚れはすぐに落とせませんわ……え、これが傷の原因だと言うの?」
侍女が息をのんだ。
何を子爵家の侍女は意地悪で私の背中に入れたのだろう?
「あの……汚れなら、髪で隠れますし……原因となるものを取り除いていただけば大丈夫ですので」
これ以上迷惑をかけるわけにもいかないと声をかけると、慌てて侍女がドレスを手に取った。
「あ、あの、侯爵夫人に相談してきますので、お待ちください」
「え?大丈夫ですから」
「いえ。これをそのまま見過ごすような薄情な方ではありません」
侍女が急いではいるけれども上品な速足で私の着ていたドレスを持って部屋を出て行った。
ガウンを羽織り、椅子に座って待つようにと、別の侍女はお茶を入れてくれる。
場違いだと馬鹿にした目を向けた貴族たちの顔を思い出す。
子爵令嬢だというのに、丁寧に扱ってくれる侍女たちや、侯爵夫人に感謝しかない。
ルード様のおかげなのかもしれない。
そういえば、頼んで招待状を私に出してもらったと言っていたけれど……。ルード様の家名を聞いていない。
公爵家の親族だったとしても、侯爵様に頼みごとができるものだろうか?
ルード様自身も高位貴族なのでは……?
「お待たせいたしました」
侍女がドレスを手に戻ってきた。
そのドレスに、目が釘付けになってしまう。
「侯爵夫人ジョアンナ様より、一度袖を通したドレスで申し訳ないけれど、これをと」
「わ、私に?そんな、勿体ない……」
侍女がドレスを広げて見せる。
「普段着ないようなデザインでしょうが、体形が違っても着られるドレスが他になくてごめんなさいねとジョアンナ様から言葉を預かっております」
気を使ってもらって、嫌だなんて言えるはずもない。
とても良い生地を使った高そうなドレスだ。
袖を通すととても肌触りが良くてびっくりする。