第8話 幼馴染達の関係
実技が授業に組み込まれるようになって数日が経過した。
授業では魔法の慣れに重点を置いていた。
的当てに向かって全員でひたすら魔法を放つ。ファイアボール、アイスボール、サンダーボールといった下級魔法が飛び交う。
ボール系の魔法は最も簡単な下級魔法で、野球ボールくらい球体を生み出してぶつける魔法だ。威力はそこまで高くないが、連射が可能である。
使うのはボール系の魔法だけなので派手さはないが、クラスメイト達の表情は以前に比べて明るい。魔法が使えるようになった感動が上回っているようだ。
ただ、数人は複雑そうな表情を浮かべていた。
恐らくは魔法が思ったよりも地味だからテンションが下がっているんだろう。魔法が使えるだけで凄いってのに贅沢な奴等だ。
一般人である俺はといえば、クラスメイト達が魔法を使う光景を後ろから眺めていた。偉そうに腕を組み、見下すようにつまらない目で。
実際には魔法がこっちに飛んでこないか不安でガクガクブルブルしていたわけだが、そんな様子はおくびにも出さない。
「どうかな、僕の魔法は?」
的の中央に命中させた秋人が聞いてくる。
「フン、まあまあだな」
腕を組みながら適当に答える。
内心ではめちゃくちゃビビっている。はっきりいって凄い。
使用している魔法こそ全員同じだが、秋人はコントロール抜群だった。他の連中よりも精度が遥かに高い。優秀なのは言うまでもないだろう。
俺の評価を聞いた秋人は少し驚いていた。
「どうした?」
「初めて中館君に褒められたから、ちょっと感動しちゃってさ」
油断した。
ここ数日は同じような授業が続いていたが、秋人から話しかけられてもまともに返事しなかった。
「……別に褒めてない」
「いや、これは大きな進歩だよ。気合い入れて頑張るからね!」
そう言って秋人は嬉しそうに再び魔法を発動させる。
楽しそうなかつての親友の顔は昔を思い出させる。
秋人との出会いは小学生低学年だ。
当時の俺は元気いっぱいのクソガキで、いつもその辺を走り回っていた。あの頃の秋人は内気で、教室の隅っこでジッとしていた。
ある日、暇そうな秋人を遊びに誘った。
そこから仲良くなり、秋人も次第にクラスの輪の中に入るようになった。本人談によると誰にどう話しかけていいのかわからなかったらしく、いつも遊びに誘ってくれる俺は救世主だったらしい。
毎日のように遊んでいると小学生高学年の時には親友と呼び合える関係になっていた。
中学生になると秋人は常にクラスの中心で、気付けば俺のほうがおまけ扱いだった。それでも親友なのは変わらなかったし、今後も関係は続くと勝手に思っていた。
だが、ある頃から少しずつ態度が変わっていった。
ある頃とはクソ親父が事業に失敗した辺りだ。
親友と呼び合ったはずだが、どうやら本気でそう思っていたのは俺だけだったらしい。それを見抜けなったのは俺のミスだ。
「……?」
昔のことを思い出していると、秋人の視線が別のところに向いていることに気付く。
視線の先ではクラスメイト達が談笑している。その中心には夏美がいた。
「中館君は聞かないんだね」
「……何を?」
「僕達のことだよ。自分で言うのもアレだけど、僕達って結構目立つでしょ」
クラスでもあれこれ聞かれている場面に遭遇する。
どこで出会ったのか?
子供の頃はどうだったのか?
恋愛感情はあるのか?
姫華学園は魔法使いを全国から集めているので友達同士で入学している連中は皆無だ。その中にあって幼馴染の四人組、おまけに全員が美男美女だ。周囲の連中もこの辺りを話題の取っ掛かりにするのは定番の流れである。
しかし俺は聞かない。
「雑魚に興味はないからな」
嘘だ。本当は聞かなくても全部知っているからだ。
「……そっか」
「こっちも聞きたいことがある。おまえ、どうして俺に声を掛けてきたんだ」
俺の正体に勘づいたのだろうか?
違うだろうな。反応からして正体には気付いていないはずだ。しかし、孤立していた俺に声を掛けてきたのは予想外だ。
秋人の性格は知っているつもりだ。
こいつは仲良しとはトコトン仲良くなるタイプだ。かつて二人組を結成する時は必ず俺が相手だった。体育の授業でも、その他でもいつもそうだ。
だから今の秋人なら絶対に冬樹を選ぶと思っていた。
「理由がまさにそれだね。僕達の関係に興味がなさそうだからだよ」
「どういう意味だ?」
秋人はしばし俺をジッと見つめた。
「まあ、中館君になら言っても大丈夫かな。言い触らすタイプには見えないし」
言い触らす相手がいない、の間違いだけどな。
「僕達って、実はそこまで仲良くないんだ。むしろ仲が悪いくらいなんだよ」
意味が理解できず固まった。
ありえないだろ。俺は知っているぞ。昔からおまえ達が大の仲良しであると。小学生時代から毎日のようにつるんでいた。仲が悪いはずない。
などとは口が裂けても言えないわけで。
「み、見てる感じだとそうは思わないけどなっ」
「だとしたら僕等の演技力も大したものだね」
「演技?」
「これでもかなり無理してるんだよ。正直、顔も見たくないって思う時もあるくらい。それでもいつか来るかもしれない日のために仲良くしておこうって話し合って決めたんだ。さすがにペアを組むのは嫌だけどね」
いつか来るかもしれない日?
意味深な言い方だが、仲良くする演技に意味があるらしい。魔法に関して一切の知識がないわけだが、もしかしたら仲良くしておいたほうがいいイベントでもあるのだろうか。
そもそも仲が悪いという話を全然信じられないのだが。
「……ホント、どうしてこうなっちゃったんだろうね」
秋人はため息を吐いた。
嘘を言っている感じはしないし、俺の正体に気付いていないのならここで嘘を吐くメリットもないだろう。
こいつ等、俺が転校した後でケンカでもしたのか?
転校後は接点が完全に消えてしまった。持っていたスマホも金の問題で手放すことになったので接点はゼロである。
転校してからは一度も生まれ育った地には戻っていないし、情報を集めようとも思わなかった。
「その言い方だと、昔は仲が良かったみたいだな」
俺が尋ねると、秋人は口元に笑みを浮かべた。
「あれ、少しは興味持ってくれた?」
「……別に。中途半端に聞かされたのが嫌いなだけだ」
「なるほど。確かに思わせぶりだったかも」
「で、ケンカでもしたのか?」
「ケンカ……うん、ケンカかもしれないね。言い争いというか、お互いに罪の擦り付け合いをした感じ。あの頃の僕等は冷静さを失ってたんだ」
それ以上は話す気がないらしく、秋人は口を閉ざした。
罪の擦り付け合いという単語は気になるが、これ以上の詮索はしないほうがいいだろう。興味を持っていると勘違いされると今後面倒そうだ。
イマイチ要領を得ないところもあるが、どうやらこいつ等はケンカをして険悪な仲らしい。この情報が使えるのかは不明だが、覚えておくとしよう。