第7話 初めての魔法
二人組を結成し、グラウンドに移動した。
普通の学校より数倍はある広大なグラウンドには様々な器具が置いてあった。多分、魔法の測定に使うものだろう。
俺達が集まったのはグラウンドの隅で、目の前には無数の的当てがある。
「これより魔法の使用を許可する。二人組になり、ファイアボールを的当てに向かって放て。絶対に人には撃つなよ」
魔法を使用するにはアプリを起動させ、デバイス中央にある「発動」と書かれた場所をタップすることで発動する。
試しにタップしてみる。
「……」
当然の無反応。
あのさ、そもそもホントに魔法とかあるのか?
校長や先輩のアレはトリックだった可能性はないだろうか。俺は頭のおかしな学校に放り込まれてしまった可能性もあるぞ。大体、魔法とか非現実的だしな。
現実逃避していると。
「っ、ホントに出た!」
「おぉ! マジで魔法だ!」
クラスメイト達の声が響く。見れば連中の手から炎が出ていた。トリックなど何もない、本物の魔法だ。
その姿を見て、改めてここが魔法学園だと実感した。
「僕も出来た」
隣にいた秋人の手に炎が誕生した。
こいつ、マジで魔法使いだったのか。
元親友が魔法使いだった。その衝撃は意外と大きかったらしく、喉がごくりと音を立てた。
「自分の手から炎が出ると驚くぜ」
「へえ、これが魔法か。意外と簡単かも」
少し離れたところで冬樹と夏美も炎を出していた。どうやらあいつ等も本物の魔法使いだったようだ。
「……」
離れた位置にいる春香は無言で自分の炎を見つめていた。
クラスメイト達の表情が驚きと興奮に染まる中、春香の表情はどこか複雑そうだ。過去にもあまり見たことがない表情だった。
意外と炎がしょぼかったからガッカリしてるとか?
まあいい。あいつが魔法に対してどう思っていようが俺には関係ない。
しかし、どうやら我が幼馴染達は本物の魔法使いだったらしい。対して俺は本当に魔力が皆無らしく、いくらタップしても魔法は発動しない。連打をしても効果はなかった。
美男美女ってだけでもイラっとするのに魔法使い?
将来の金持ちも決定して順風満帆の人生ってわけだ。勝ち組すぎるだろ。こっちは死ぬ気で勉強してきたってのにさ。毎日寝る間もなく机に向かい、自分の将来を切り開くために必死だった。魔力って才能があるだけでこいつ等は将来何の苦労もなく金持ちになるのが確定している。理不尽にも程があるだろ。
俺は自分の指に視線を向ける。校長から渡された魔導具の指輪に触れる。
その時、近衛先生と目が合った。
「……」
言われなくてもわかってるよ。
魔導具には使用制限がある。安易に使うわけにはいかない。
負の感情を息に乗せて吐き出し、的当てに向かってファイアボールを放つクラスメイト達をジッと眺めることにした。
秋人もファイアボールを発射させた。的の中心に直撃させた。
「それが魔法を使うという感覚だ。体に覚えさせておくように。また、見てわかる通り威力が高い者は火属性だ」
授業で習った話によると、得意属性は威力が向上する。
ゲームなどでは得意属性以外の魔法は使えないとかあるが、そういったことはない。威力の高低だけだ。
ファイアボールは火属性の下級魔法で、火属性を得意とする連中は他の奴等よりも火力が高い。ちらほらと火属性の奴がいるのがわかった。
しばし無言で状況を眺めていると、誰かが近づいてきた。
「なあ、学年首席はやらないのか?」
「……」
「首席の実力を見たいぞ。魔法の天才なんだろ。見せてくれよ」
元悪友の冬樹に絡まれてしまった。
今の俺の設定は「特別な家庭で育ち、幼い頃から魔法を使いこなしていた天才魔法使い」というものである。
何故この設定になったのかといえば、授業を受けないためだ。魔法を使う授業が始まると魔法が使えないとバレてしまう。それを防ぐためには授業で魔法を使わない必要がある。
「フン、馬鹿かおまえは。この程度の魔法は出来て当たり前だ。魔力があれば誰でも出来る下級魔法で実力がわかってたまるか。大体、魔法の威力は最初から決まっている。誰がやっても同じだろ」
もっともらしい発言をする。
アニメなどでは人によって威力の変わる魔法だが、現実世界の魔法は誰が使っても同じ威力だ。違いがあるのは得意属性か否かだけ。
「けどよ、中館以外は全員成功してるぞ」
「当たり前だ。タップするだけだからな」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
相変わらず口が弱いな。
「誰でも出来るのにわざわざ魔力を使う必要はない。この程度の魔法で自慢する趣味もない」
「そうは言うが、的に向けて撃つのは授業で――」
冬樹の声を遮るように、スッと人影が現れた。
「やらなくても構わないぞ。中館の実力についてはこちらで把握しているからな。実技授業に関しては不参加で問題ないと判断している」
近衛先生だ。
突然の乱入と発言に冬樹は驚きの表情を浮かべる。
「先生は中館の実力を知ってるんですか?」
「ああ、よく知っている」
「どうしてです?」
「入学して間もなくの頃、魔力と属性を計っただろう。あの測定で中館は信じられないほど高い数字を出した。故障ではないかと思い、授業の後で少し確かめた。そうしたら中館は家庭の事情で子供の頃から魔法の存在を知り、英才教育を受けていたことが判明した。家庭の事情なので詳しいことは話せないがな」
先生と目が合う。黙って肯定する。
この設定だと俺だけ特別扱いなので周囲の連中からの視線が気になるところではあるが、そもそもこっちは魔法学園で一般人の時点で特別だ。
「一学期で習う基本的な実技授業は受けなくても大丈夫と判断した」
「それっていいんですか?」
「外の教育ではあまり考えられぬだろうが、魔法使いは完全実力主義の世界だ。力さえあれば問題ない。昨年も同じような天才がいた」
少し無理のあるように感じる俺の設定だが、実は昨年の首席がまさに特別扱いを許された天才だったりする。
あまりにも天才だったその先輩は一学期の授業をパスした。
「……先生がそう言うなら」
説明を受けた冬樹は渋々ながら納得したらしく、離れていった。
俺は先生に近づき、小声で話しかける。
「助かりました。ありがとうございます」
「気にするな。おまえの正体がバレたら私も処分を受けるからな」
そういえば、今年の入試で採点を担当したのは近衛先生という話だったな。
考えてみれば俺も運がないけど、この人も相当に運がない。
打ち消しの魔導具というのはとても希少らしい。授業で習ったが、そもそも魔導具そのものが希少で高価な代物だ。
たまたま俺がその希少な魔導具を所持し、たまたまこの学園を受験するとか奇跡のような確率だ。この人もある意味では被害者と呼べるだろう。
それでも協力してくれるのだから感謝しかない。
「しかし、あれは本当に失態だった。本来なら中学から送られてくる魔力検査の結果を見ながら採点するので間違いなど起きないのだが、あの時の私は恐ろしく酔っていたからな」
……へっ?
「それもこれもあのガチャのせいだ。あのタイミングで推しがピックアップとかふざけるな。引くに決まってるだろ。引いたら祝杯をあげるに決まっているだろ。まったく、こんな面倒な事態になったのも全部あの安酒のせいだ」
文句を言いながら去っていく背中を見て前言を撤回した。
元を正せば全部こいつのせいじゃねえか。
先生の評価を改めていると、授業は終わった。