第6話 二人組
入学から一週間が経過した。
入学直後は魔法学園だの魔法使いという非日常的な響きに生徒達も色めき立っており、グラウンドで派手な魔法を使う先輩の姿に大騒ぎした。
現在ではその興奮も収まっている。
生活に慣れたというのもあるが、最大の理由は未だに魔法を使っていないからだ。
姫華学園で行われる授業は魔法学という座学がメインだ。
魔法学は魔法使いの歴史だったり、魔法が発動する仕組みだったり、魔法に関する総合的な勉強を行う。
個人的にはかなり興味を惹かれる授業だが、すぐにでも魔法が使えると思っていた学生達は出鼻を挫かれた形だ。
学園では一般の授業も行われる。
ただし、まじめに受けている生徒は少ない。先生も一般科目については重要視していないようで真面目に受けなくても怒られない。
魔法使いは貴重な存在だ。魔力持ちが生まれる確率は低いので魔法使いを欲しがる企業や機関は多く存在する。魔法について勉強するほうが優先される。
さて、そんな魔法学園で唯一の一般人である俺の高校生活はどうなっているのかといえば。
「……」
意外と平和だったりする。
ここは魔法学園だが、それでも学校である。クラス内では立ち位置ってものがあり、スクールカーストが存在する。
俺は完全にカースト外だった。
常にソロで行動し、誰も周囲に近づいてこない。
ボッチだ。ただし、これは必然のボッチである。
ここ数日、わかりやすく他の連中を見下した結果だ。この場合は成果と言ったほうが適切だろう。
『俺は学年首席の特待生様だぞ』
『雑魚は話しかけるな』
『凡人のくせに生意気だ』
等々の言葉を浴びせてクラスメイト達を突き放した。
その甲斐もあってか、あっという間に孤立した。
中学時代からボッチだったのでダメージは少ない。転校前は幼馴染を目当てに近づいてくる奴もいたが、転校してからは静かなものだった。
今のところ秘密はバレていない。魔法を使っていないので当たり前といえば当たり前だが。
ただ、最大限に警戒はしている。些細なボロを出しただけで文字通り人生が潰れてしまうのだから気の抜けない日々が続いている。
「幼馴染ってことは昔から一緒だよな。子供の頃はどんな感じだったんだ?」
「あっ、それ私も知りたい」
「四人揃って魔法使いとか凄い偶然だよな。おまけに全員イケメンと美少女だし」
「恋人はいるの?」
対照的に大人気なのがあの四人組だ。クラスの中心となり、スクールカースト最上位に君臨している。
北沢冬樹は高身長で運動神経抜群の熱血アスリート系イケメン。
西野夏美はいつも笑顔で誰からも好かれるコミュ力最強ギャル。
東山春香は黒髪清楚で大和撫子を体現したような超正統派美少女。
南田秋人は知的な雰囲気を漂わせる中世的な顔立ちの王子様系男子。
美男美女の見本市だ。
人気が出ないはずがない。おまけにその美男美女がいつも仲良く固まって行動しているのだから非常に目立つ。今年の一年生の中でもぶっちぎりの話題性で、他のクラスの連中も見に来るほどだった。
憎々しい連中ではあるが、今はありがたい。注目を集めてくれるおかげで学年首席とはいえ俺に興味を持つ奴なんてほとんどいない。
このまま平和に日々を消化できたら最高だな、とか甘い夢を見ていた。
現実はいつも厳しい。
◇
「――待たせたな。本日から実技が加わる」
先生の一言にクラスがざわついた。
「座学で習ったので知っているだろうが、魔法を使用するために必要なものは三つある。無論、覚えているな」
頭の中で授業の内容を思い出す。
魔法を使用するには三つのステップを踏む必要がある。
まずは魔法の取得。魔法を覚えなければ使用ができない。
次に覚えた魔法をデバイスにセットする。デバイスに魔法をセットしなければ発動できない。
最後に発動。覚えた魔法をデバイスにセットしたら、体内の魔力を消費して魔法を発動させる。
これが魔法の使い方だ。
「では、デバイスを配る」
活気を取り戻した教室の中、一人ずつデバイスを取りに前に出る。
俺もデバイスを受け取った。
見た目は完全にスマホだ。魔法使いのデバイスといえば定番は杖だが、時代と共に魔法使いも変化してきた。
今のデバイスがこれだ。スマホにカモフラージュできるように改良されている。明らかに怪しい物を所持していると自分が魔法使いとバレる恐れがあるからこのような形になった。
デバイスにはそれぞれの生徒の個人情報が記載されている。入学直後に測定した得意属性と魔力が記載されており、生徒手帳の代わりにもなっている。
「まずは個人情報を確認してくれ」
アプリをタップする。
個人情報が記載されていた。顔写真と共に魔力値と属性が記載されていた。属性は空欄で、魔力に関しては「0」となっている。
……誰かに見られたら終わりだな。
確認が終わったら次は魔法アプリを開くよう指示された。言われるままアプリを開くと、そこには「ファイアボール」と書かれた文字がある。隣には「5」と数字があった。
「授業で最初に教えたファイアボールの魔法がセットしてあるだろう。隣の数字は消費魔力を表している」
なるほど、この数字の分だけ魔力を使うわけだ。
「初期設定では魔法の発動場所は右手にしてある。変更する場合は設定のアプリから選択してくれ」
魔法の発動する場所を選べるらしい。この辺りは魔法の使えない俺には関係ないが、一応頭に入れておくとしよう。
説明を終えると、先生は教室を見回した。
「各自、確認は終わったな。ではこれよりグラウンドに移動して魔法を使用するぞ。だが、その前に二人組を作ってくれ」
唐突にいじめの時間がやってきた。
昔は親友が必ず声を掛けてきたので何とも思わなかった二人組結成イベントだが、転校してボッチになり辛さがわかった。教師のほうで勝手に決めればいいのにそれをしないとか怠慢だろうと愚痴ったものだ。
周囲ではあっという間に二人組が出来上がっていく。
俺は全然焦っていなかった。
最初から余った奴と適当に組むつもりだからだ。すでに嫌われ者となっている俺と組みたがる奴などいない。最後の一人が決定するまで気楽に構えていればいい。
などと余裕を見せていたら。
「中館君、まだ相手がいないの?」
不意に声を掛けられた。
嫌われ者にわざわざ声を掛けてきたことにも驚いたが、それ以上にビックリしたのは声を掛けてきた相手だ。
声を掛けてきたのは幼馴染であり、かつての親友である秋人だった。
「相手がいないなら僕と組んでくれないかな?」
想定外だ。
こいつなら相手は大勢いるだろう。実際、周りを見回してみるとクラスメイトは秋人の行動にビックリしていた。秋人と組みたい女子がさっきから近くをうろついている。
どうして俺に声を掛けてきたんだ?
正体がバレたか?
一瞬そう考えたが、多分違う。高校入学から今まで接触は皆無だったのでバレる要素がない。魔法もまだ使っていないのだから魔力無しがバレた可能性も切っていいだろう。
目的は不明だが、断る以外に選択肢はない。
「俺は――」
言おうとして理由がないことに気付く。
魔法の腕前云々に関しては全員知らないから足手纏いとは言えない。秋人だけを拒否する理由が見つけられなかった。
「他の人は全員組み終わったみたいだよ?」
周囲では続々と二人組が出来上がっていく。
このクラスは偶数だ。どうせ残った生徒同士で組む羽目になる。
いくら考えても答えは同じだ。ここで下手に騒ぐのは逆効果でしかない。秋人だけを拒絶したら怪しまれて正体バレに近づく恐れがある。
「……足を引っ張るなよ」