第4話 校長の提案
「まずは姫華学園について説明するわ」
魔法の存在を認めると、校長は話を進めた。
姫華学園は魔力を持つ者を集め、魔法使いとして育成をするために建てられた魔法学園だ。魔力を持つ生徒のみが入学可能である。
魔力とは限られた人間が所持している特別な力であり、魔力を所持していると魔法が使える。この世に魔法が存在している事実は秘匿されており、一部の人間だけが知っている。
一部の人間というのは国の上層部だったり、表には出てこない裏組織の関係者だったり、大企業の社長といった富豪だ。
富豪達は卒業生を雇うために寄付をするスポンサーとなっている。スポンサーは魔法使いを雇う以外にも魔法が込められた”魔導具”の購入が可能だ。
「魔力を持つ人はどうやって見分けるんですか?」
「中学校で行われる健康診断よ。二年生の測定時、こっそりと魔力測定しているの」
身長とか体重を計っている間に秘密で魔力の有無を確認しているらしい。その装置では属性や正確な魔力値はわからないが、魔力持ちかどうかを判別できるという。
後日、魔力持ちの生徒は呼び出される。
そこで魔法が存在すること、学園の存在などを聞かされる。
魔力持ちの生徒は姫華学園に入学させられる。拒否はできない。
「……強制ですか」
「魔力は危険な力よ。暴走の可能性もあるし、野放しにはできないわ」
「そんな危険ならもっと子供の頃に連れて来ないと危ないんじゃ?」
「昔はそうだったわ。けれど、色々と問題が発生したのよ。魔法の存在は家族にも話してはいけないの。だから、学園に連れて来る理由がなかったのよ」
家族にも話せないのか。
昔は誘拐紛いの行いもしていたらしい。しかし当然というべきか親が警察に通報し、大きな問題になった。
そうした背景から義務教育が終わってからに変更された。変更の裏には魔力研究が進んだことも影響している。魔力は肉体の成長と共に内包する量が増え、子供では暴走の危険性が低いことが判明した。
「……稀に幼少期から恐ろしい魔力を秘めた子もいるんだけどね」
校長は誰かを思い浮かべるような顔でつぶやいた。それが誰なのかわからないが、今の俺には関係なさそうだ。
説明を終え、お茶をすすった校長は一つ息を吐いた。
「さて、ここまで聞いて質問はあるかしら?」
いくつか疑問が残っている。
「姫華学園って表向きは普通の高校ですよね。誰でも受験できたし」
「表向きはそうね」
「魔力のない生徒が入学する可能性とかないんですか?」
そう、俺みたいに。
「受験には仕掛けが施してあったのよ。魔力持ちだけが合格できるようにね。誰でも受験できるのは周囲に怪しまれないための措置よ。魔法学園であることは絶対に知られてはいけないから」
なるほどな、誰でも受験できるのはカモフラ-ジュなわけだ。
賢いやり方だ。公平に見せかけて実は合格者は決まっていたと。
姫華学園は優秀な生徒も受験に落ちると有名だ。名門校なので当然だと思っていたが、魔力の有無によって決まるのなら納得だ。あの恐ろしく難易度の高い受験問題も落ちた生徒を納得させるためだろう。
……あれ?
当然の疑問が浮かぶ。
「さっきの話だと俺は魔力無しですよね。どうして入学できたんですか?」
測定によれば俺には魔力が無いらしい。仕掛けがあるなら落ちているはずだ。
「魔法が打ち消されたの」
「打ち消された?」
「受験の時、答案用紙には隠蔽の魔法が掛けられていたわ。魔力がなければ見えない仕組みになっていたの。その隠された問題を解くのが我が校の入学条件。隠された問題は所持している魔力量によって見える範囲が決まっているわ」
夏美が薄っすら見えるとか言っていたのはこれだったのか。
魔法で問題を隠し、魔力持ちだけが見えるようになっていた。一般人と魔法使いの卵をその問題が解けるか否かで判別していたわけだ。入試で満点だった俺の魔力が高い、と先生が勘違いした理由もわかる。
ただ、その説明だと疑問は消えないわけで。
「えっと、隠蔽魔法を打ち消したみたいですけど、残念ながら魔法の知識とかないですよ。それに魔力がないなら打ち消しとかできない気がするんですが」
校長が指輪に視線を向ける。
「謎を解くカギはこの指輪よ。これは魔導具で、掛けられた魔法を打ち消す魔法が込められていたの。隠蔽魔法を打ち消し、隠されていた問題が見えるようになったのね。残念ながら私の打ち消したことで限界を超えてしまったようだけど」
打ち消しの魔法が発動して、隠蔽魔法を解いてしまった。
さらに言えば高魔力保持者しか解けないはずの問題も解いてしまったので満点となり、首席での入学となった。
ここで俺は思い出す。受験でおかしな問題が存在したことを。
魔法が使えたら何がしたいですか?
魔法使いになったら世の中の為に何をしたいですか?
使い魔はどういった種族が望みですか?
意味不明な問題だったが、アンケート気分で答えていた。想像力を試されているのかもしれないと考えた当時の俺は相当のアホだったな。
「……じゃあ、受験でまじめに答えても意味はなかったんですね」
「残念ながらそうなるわね」
校長が躊躇いながら首を振る。
勉強に費やした日々は無駄になった。魔法の実在もショックだったが、俺にとってその事実のほうが辛かった。
だが、おかげで謎は解けた。
クラスメイト達がどうにも知的に見えなかった理由もこれだ。学力とか関係なしに魔力の有無だけで入学が決まるのならそもそも勉強する必要がない。
まあ、理解はしても納得はできない。俺は死ぬ気で勉強してきたのに、ここに通ってる連中は大して勉強もせず入学できたわけだ。
不満げな俺の気持ちを察したのか。
「中館君の顔を見れば言いたいことは大体わかります。あなたの中学時代の成績は素晴らしいものです。とても努力したのがわかります」
校長が表情を緩める。
「努力は無駄にはなりませんよ。必ず役立つはずですから」
「どういう意味ですか?」
「魔法使いを欲しがるところは多いのです。その辺りも少し説明しましょう」
校長の説明によれば卒業後の進路は困らないとの話だ。魔法使いは卒業後に様々な場所で必要とされる。
魔法を使って要人を警護したり、魔法や魔力について解明する研究機関に入ったり、世の中を便利にする魔導具の作成&開発だったり、幅広い活躍が望めるという。魔法が使えるのならいくらでも就職先はある。
多くはスポンサーとなっている企業に就職するが、勉強が得意なタイプは研究員になったりもする。教師資格を取得して魔法先生として活躍している人もいる。
「……金持ちになれますか?」
「魔法使いの生涯収入は一般人の数十倍です。学園を卒業したら高給取りになれます。そこは保証しましょう」
魅力的だな。手っ取り早く金持ちになれるのは素晴らしい。
俺が満足そうに頷いているのを確認すると、校長はコホンと咳ばらいをした。
「他に疑問はあるかしら?」
「大体は理解しました。けど、まだ疑問があります」
窓のほうに視線を向ける。
グラウンドでは相変わらず派手な魔法が飛び交っている。
「一般人から隠してるって話ですが、あれだけ派手な魔法を隠すのは無理じゃないですかね。それに、生徒の中にも言い触らしそうな奴もいると思いますけど」
グラウンドで見かけた魔法のインパクトは凄かった。
この辺りは周囲には何もない田舎だ。それでも学園の前には道路が通っているし、近隣の家の住人が散歩などしていたら魔法を見るだろう。
また、全寮制でないのも問題だ。調子に乗った生徒が外で言い触らす可能性もあるはずだ。今の時代ならSNSも発達している。生徒がスマホで魔法を撮影して流出させたらおしまいだ。
「学園には結界が張ってあるわ。外からは普通の高校にしか見えないようになっているの」
「生徒のほうは?」
「……生徒が言い触らすのはありえませんよ。無論、スポンサーの方々も」
ありえない?
言い方に引っかかったが、校長は自信満々だった。
どうして断言できるのか気になっていると、視界に近衛先生が入ってきた。
「おばあちゃん、喋り過ぎよ」
「あら、別にいいじゃない」
「ダメでしょ。中館は一般人なわけだし、早いところ記憶を消去して学園から退学させないと。一般人を入学させたのがバレたらこっちもどうなるか」
退学?
不吉な言葉に驚いて立ち上がる。
「何を驚いている。ここは魔法学園だぞ。魔力のない者が生活できるわけないだろ。魔法使い以外には魔法の存在が秘匿されているんだからな」
言われてハッとする。
俺は一般人だ。魔魔法学園に魔法の使えない奴を滞在させておくとか普通に考えてありえない。
「これまでも魔法に関する情報が無関係な者に知られたケースはあった。その場合は魔法で記憶を奪って外に出してきた」
冗談じゃない。
退学とかありえない。祖父母もここに受かって大喜びだったし、退学になったと知ったらショックを受けるだろう。あの人達にこれ以上の迷惑は掛けられない。
「そうねぇ。普通ならその措置を行うのだけど」
「じゃあ、早く――」
「今回はそれが出来ないの」
校長が深々と息を吐いた。
「どうして?」
「中館君が特待生だからよ。それも学年首席のね。理事長をはじめ、多くの関係者が彼に注目しているわ。退学処分にしたら理由を調べられる。魔力を持っていない生徒を首席合格にしてしまったら責任を問われるでしょう」
「っ、それはまずいわね。教頭が知ったら厄介ね」
つまり、俺の処分は?
状況についていくだけで精一杯だった俺に校長が向き直る。
「頭のいい中館君ならここまで話を聞けば大体の事情は掴めたかしら?」
「……俺にとっては嫌な話の流れってのは理解してます」
「結構です。現在、中館君には二つの道があるわ」
校長は指を立てた。
「一つは退学になる道。記憶を消去し、学園を退学してもらいます」
その選択肢はありえない。
「この場合は私も責任を取らされます。学園に一般人を入学させてしまったのですからね。しかも学年首席として。これは完全に失態で、私を追い落としたい連中は声を大きくするでしょう」
校長は苦虫を嚙み潰したような顔だった。
責任がどの程度なのかは知らないが、それなりに重い処分をされるのはわかる。最悪の場合、クビもあるだろう。
「はっきり言います。私は嫌です」
「こっちも嫌ですよっ!」
俺の返答を聞いた校長は満足そうに頷いた。
「利害は一致しているわね。では、二つ目の道にしましょう」
「聞かせてください」
「前提として、ここでの話を誰にもしない。誰かに知られてしまえば私達は終わりです。中館君は退学処分となり、責任者である私もそれ相応の罰を受ける。今年の入試で採点を務めた咲良も重く処分されるでしょう」
近衛先生が入試で採点を行っていたらしい。
だから深刻そうな顔をしていたのか。
「力を合わせて誤魔化しましょう」
「誤魔化す?」
「私の作成した魔導具を渡します。それを使って魔法が使えるように振る舞ってください」
「……つまり、魔法が使えるフリをしろと?」
校長は肯定する。
「その通りです。一学期の間だけバレないように生活してください。夏休みになれば私に考えがあります」
要するに一学期終了まで魔法使いのフリして生活しろってわけだ。
どうして俺が耐えなければならないのか。
普通に勉強して近所の学力に見合った学校を受験しただけなのに、この仕打ちは酷くないだろうか。
理不尽な状況にいくつかの感情が頭に渦巻くが、残念ながら他に選択肢などない。ここで引き受けなければ退学は確実だ。
「……わかりました。やりましょう」
提案を引き受けた。