第3話 ここは魔法学園
謎の魔力測定が終わり、本日の授業は終了となった。
クラスメイトがちらほら帰宅を始めた頃、俺はある場所に連れて来られていた。
「――話は通してある。入るぞ」
校長室だ。初日から来ることになるとは思わなかった。というより、永遠に来る予定のない場所だった。
部屋の中には上品な佇まいの老婆がいた。入学式の際に挨拶をしていた校長先生だ。
「失礼します」
「いらっしゃい。さあ、座ってちょうだい」
促されるままソファに腰かける。それと同時に背後に近衛先生が立った。まるで俺を逃がさないぞと言いたげな立ち位置だ。
「初めまして。校長の近衛初子よ」
「中館颯太です。あの、近衛ってもしかして」
背後をチラッと見る。
「ええ、そこにいる咲良の祖母です」
先生は校長の孫だったのか。
新たな事実に驚いていると、校長はテーブルに広げていた紙を手に取った。ちらっと見えたが、紙には俺の個人情報が記載されていた。
校長は興味深そうに唸ると、ジッと俺の顔を見つめた。
「首席合格者の中館君ね。あら、寮ではなく通いの生徒なのね」
「家から通える距離なので」
「珍しいわね。引っ越してきたわけではなく、元々この辺りの出身なの?」
「……そうです」
正確には中学二年の頃に越してきたわけだが、別に言わなくてもいいだろう。わざわざこの学園に通学するために引っ越したわけではないし。
けど、珍しいってのはどういうことだ?
寮暮らしの生徒が多いのだろうか。クラスメイトと会話をしていないのでその辺りの事情はさっぱりだ。
「咲良から話は聞いているわ。にわかには信じられないけど、まずはこれを握ってくれるかしら」
渡されたのは先ほどの魔力棒だ。
大人しく握ってみる。相変わらず何の反応もない。
「……確かに反応がないわね」
「私の言ったとおりでしょ、おばあちゃん」
「そうねぇ。少し貸してくれるかしら」
校長は魔力棒を軽く握った。
途端に変化が訪れた。
棒の下から虹色の光が上がっていく。光は棒の上部にまで到達した。よく見れば棒には目盛が付いていた。
なるほど、こういう変化をするのか。
「壊れてはいないようね」
魔力棒をジッと見ていた校長の視線が俺に向く。
「さて、中館君。あなたには魔力がありません」
「……みたいですね」
俺には魔力がないらしい。あの棒の反応からして何となくそうだとは思っていた。魔力とやらは皆無なのだろう。
だからどうした。
魔力とか知らない。魔力が無いと通告されてもショックなどない。
「どうやってこの学園に入学したの?」
「えっと、普通に受験しました」
「本当に?」
校長の目が鋭さを増す。
「もしかして、不正が疑われてる感じですか?」
「まあ、そうなるわね」
経緯は不明だが、カンニングを疑われているらしい。
カンニングを疑われるのは初めてではない。祖父母に引き取られて転校した後、死ぬ気で勉強したので成績が急上昇した。あまりにも突然の伸びだったので周囲の連中からカンニングを疑われたものだ。
「わかりました。再試験してください。今でも合格点を取れるはずです」
将来に向けて勉強の手は緩めていない。再び満点を取れるのかは微妙だが、それでも合格ラインには十分届いているはずだ。
「……合格点が取れる?」
自信満々の俺とは対照的に何故か校長は瞬きしながら小首を傾げた。そして難しい顔で資料を手に取った。
後ろにいる近衛先生は驚きというよりも焦りの色が強い感じでそわそわしていた。
何だこの反応は?
変な空気に包まれて居心地の悪さを感じたが、不正を疑われているのなら逃げ出すわけにはいかない。
沈黙がしばらく続いた後、校長は「まずいことになったみたいね」と聞こえるかどうかくらいの声で漏らした。
「……こっちに来てちょうだい」
校長は立ち上がり、窓のほうに近づいた。
言われた通りにする。窓の外にはグラウンドが広がっていた。
「どうかしら?」
「めちゃくちゃ広いですね」
グラウンドは恐ろしく広かった。並の学校の数倍はあるだろう。
当然だが、受験前に姫華学園についてネットで調べた。学園のホームページに載っていたグラウンドはこんなに巨大ではなかったはずだ。
「他の感想は?」
他と言われても困る。恐ろしく広いグラウンドにはちらほら生徒がいるが、別におかしなところなど――
「っ!」
ジッと眺めていると、ある生徒がスマホのような物を操作した。その直後、地面が勢いよく隆起してあっという間に土の柱が出来上がった。
驚く暇はなかった。
今度は別の生徒達がスマホを操作した。
無数の炎の槍が出現し、先ほどの土の柱に突き刺さる。更に、水で出来た巨大な恐竜がどこからともなく出現すると土の柱に体当たりした。柱は粉々に砕けた。
視線を上に目を向ければ天馬が羽ばたいている。天馬の上には女子生徒が乗っており、こちらに気付くと手を振ってきた。
「まったく、あの子は相変わらずね」
校長はくすりと笑う隣で、俺は馬鹿みたいにポカンと口を開けていた。
視界に映ったその光景は、創作で語られる魔法の世界だった。
「その反応だと、やっぱり初めて魔法を見たのね」
「……魔法?」
「ええ、そうよ。これが魔法よ」
魔法などあるはずない、と断言できなかった。
目の前の光景はこれまで培ってきた常識とか現実ってのをぶち壊すには充分すぎるインパクトがあった。
「まだ信じられみたいね。こっちを見てちょうだい」
校長はスマホを取り出すと、慣れた手つきで操作した。次の瞬間、校長の指の先端から炎が生まれた。
「うわっ!」
「いい反応ね。他にもあるわよ」
校長は再びスマホを操作すると、今度は室内にあった壺が浮き上がった。壺はふらふらと浮遊し、俺の目の高さで止まった。ワイヤーで吊っているわけでもない。宙に浮かび上がっている。
おっかなびっくり手を伸ばしてみる。
俺の手が壺に触れた瞬間だった。
バチッ、と小さな音が鳴った。
「えっ?」
校長が不意にそう漏らした直後、壺は地面に落下した。勢いよく地面に打ちつけられた壺は割れ、破片が周囲に飛び散った。
「ちょ、おばあちゃん! 急に魔法解除したら危ないでしょ!」
「私は解除していないわ」
「えっ、だって魔法は消えたし」
「魔法が……打ち消された」
急に鋭くなった校長の眼光が俺の胸ポケットに向かう。
「中館君、そこに何かあるわね」
「え、ええ。お守りがありますけど」
「見せてもらっていいかしら?」
胸ポケットからお守りを取り出す。
「中身を見てもいいかしら?」
「どうぞ」
お守りの中身は指輪だ。
そう、あの腐れ両親が蒸発した時に忘れていった指輪。
指輪には宝石っぽいのが付いていた。高く売れると思ったので拝借しておいたが、残念ながら宝石ではなかった。それでも指輪は捨てなかった。過去の恨みを忘れないように、肌身離さず持っていた。
「あれ、石が割れてる」
指輪に付いていた石が粉々になっていた。
「これは魔導具ね。打ち消しの魔法が込められていたみたい」
「っ、ホントなの!?」
「間違いないわ。割れた石から懐かしい魔力を感じるもの」
「打ち消しの魔法って伝説の魔法でしょ。使い手はもうこの世にいないって」
「彼は生前にいくつか魔導具を作成していたの。魔導具はスポンサー達のオークションに出品されたと聞いているわ」
校長は顔を上げる。
「これをどこで手に入れたの?」
蒸発した親の忘れ物、とは言いたくなかった。
「……亡くなった祖父の物です」
「おじい様はもしかして、会社の経営をしていたのかしら?」
「そうですね」
父方の祖父は会社を経営していた。
あのどうしようもない無能親父が会社を経営できていたのは、祖父が亡くなった際に譲り受けたからだ。引き継いでから会社の経営が徐々に悪化していたことは後に知った事実だ。
この指輪が祖父の持ち物だったかは不明だが、可能性は十分ある。
「なるほど、中館君のおじい様はスポンサー企業の社長だったのね」
「スポンサー企業?」
「……それについては今からゆっくり話します」
校長は深々とソファに腰かけた。
「ひとまず、これで中館君も信じてくれたかしら。魔法がこの世に存在し、ここが魔法使いを育てる魔法学園だということを」
信じるしかなかった。
魔法は存在する。そしてここは、間違いなく魔法学園だ。