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絶対に正体がバレてはいけない魔法学園生活  作者: かわいさん


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第23話 期末試験 中編

 マジでえげつない試験だな。


 目の前にいる幼馴染達は俺がよく知る四人だ。でも、本物ではない。

  

 視線を上げて教室を見回すと、そこにいたのは懐かしの顔ぶれだった。どいつもこいつも中学で見かけた顔であり、姫華学園の生徒ではなかった。

 

 ここが仮想空間という仮説は恐らく間違っていないだろう。周囲に姫華学園の生徒がいないってことは全員が別空間に飛ばされたのだろうか。


 やってくれるぜ。

 

 さて、この試験をどう潜り抜けよう。


 きょろきょろ辺りを見回すが、出口らしいものは見当たらない。


 先生は扉を開けて戻ってくるように言っていたが、教室の扉を開ければいいって問題ではなさそうだ。実際、教室の扉を開けてもまったく意味がなかった。


「どうしたの?」


 中学生の春香が不安そうに声を掛けてくる。 


「何でもない」


 ニセモノとわかっているのに、声も仕草も本物そのもので緊張した。


「そういえば、小テストで満点だったんだよ」

「お、おめでとう」

「というわけで、褒めてほしいな」


 春香は頭をこちらに向けてきた。


 撫でろ、という無言のメッセージだろう。昔の春香はよくこうして甘えてきた。


 手が自然と頭に向かう。


 ニセモノとか夢だとは思えなかった。髪の毛の感触がある。柔らかくて、触れるといい匂いが漂ってきた。


「えへへ、颯ちゃんに褒められた」

 

 可愛いじゃねえか。


「またイチャイチャしてやがるぜ」

「うわぁ、目に毒だわ」

「まあまあ、許してあげなって」


 呆れながらもこっちを微笑ましそうに見つめる親友達。もし、本物のあいつ等だったとしても同じような反応をするだろうな。


 ……って、そうじゃない。


 さっさと向こうに戻らないと。


 しかし脱出方法がわからない。周囲には扉らしきものはないし、窓の外を見てもよく知った街並みが広がっているだけだ。


 どうしようか迷っていると。


「ほら、席につけ。授業を始めるぞ」


 チャイムと同時にやってきたのは懐かしの先生だ。


 学生の習慣とでもいうべきか、まじめな俺はその声に逆らえず席に座った。


 程なくして普通に授業が始まった。


 中学校の授業だけあって内容は簡単だが、中学三年生の時はこの学校にいなかったので初めて受ける授業で新鮮だった。


 あの頃と変わらない授業、あの頃と変わらないクラスメイト、あの頃と変わらない親友達。


 失ったすべてがここにあった。


「……まあ、扉がないんだから仕方ないよな。ゆっくり探すしかないか」


 仕方ないと自分に言い聞かせる。


 それからは懐かしくもあり、新鮮でも時間が流れた。


 いつもの面子で集まって昼食を済ませ、くだらない話で盛り上がった。現実世界で感じていた寂しさを埋めるような感覚に満たされていくがわかる。


 楽しい。


 その感情が徐々に湧き上がっていくのを感じる。頭の中に描いていた「もしあのまま学校に絶縁せずに学校に通っていたら」という空想を現実にしたかのようだ。


 いつしか頭の中から扉を探すという目的を忘れ、この世界を楽しみつつあった。

 

 あっという間に時間は流れ、放課後になっていた。


「なあ、どこか寄ってこうぜ」

「いいわね。じゃ、言い出しっぺの冬樹のおごりってことで」

「いいね、それ。僕も賛成」

「ふざけるなっ!」


 馬鹿なやり取りをしながら帰り道を歩く。


 ……このままこっちの世界に残ってもいいかもな。


 一日過ごし、そう思うようになっていた。


「おごりならいいね。気晴らしも必要だし」

「おっ、春香も参加か。まあ、おごりではないけどな」

「ケチ。颯ちゃんも行くでしょ?」


 そう聞かれ、少し迷ってから頷く。


「でも予定あるって言ってなかった?」

「いや、特にな――っ!」


 ない、と言おうとして石に躓いて転倒してしまった。考え事をしていたので受け身もとれず、無様に倒れこんだ。


「颯ちゃん、大丈夫!?」

「お、おう。平気だ」

「ほら、立って」

「ありがとな」


 春香に支えられながら立ち上がる。


「おいおい、滑るとか縁起でもないから止してくれよな。ただでさえ俺と夏美は受験に震えてるってのに」

「悪いな。ついでにいうと、お守りを落としたらしい」

「落ちるも止めろよって。ったく、ほらよ」


 冬樹が落ちたお守りを拾ってくれた。


「サンキュ」


 お守りに触れた瞬間だった。

 頭の中に記憶が浮かび上がった。


「……」

「どうしたの、颯ちゃん?」


 今、この中に入っているのは別の魔導具だ。


 だが、このお守りの中にかつて入っていた指輪は憎しみと悔しさを忘れないためのものだ。


 俺を見捨てた家族と、本物の幼馴染達の顔が浮かぶ。

 

「どうしたの?」

「……悪い、やっぱ行けなくなったわ」

「颯ちゃん?」

「ここは俺のいる場所じゃなかった。向こうの世界に戻らないと」

「……」


 春香が押し黙り、大きく息を吐いた。


「いいんじゃないかな。この世界で暮らせば」

「春香?」

「だって、向こうの私は颯ちゃんが颯ちゃんだってわかってないんだよ。他のみんなも同じだよ。そんな場所に戻っても颯ちゃんが辛いだけだよ。ここならみんな仲良しだし、無理して戻る必要ないんじゃないかな」


 その通りだ。ここなら全員仲良しで、あの日の続きの生活が送れる。


「辛いところに戻る必要はないよ。ねっ、ここで楽しく暮らそう?」

「……」

「こっちの私なら颯ちゃんに何でもしてあげられるし」

「ありがたい申し出だが、それは本物の春香から聞きたかった」


 俺はようやくあいつ等の本心を知った。

 

 少し前までの俺ならこの心地よさに抜け出せなかったかもしれない。あまりにも都合がいい世界に酔いしれていたことだろう。


 だが、今は違う。


「どうしても行くの?」

「ああ」

「……そっか」

「っ」


 落胆したように春香がつぶやくと、空が灰色になった。周囲の建物が荒廃し、ちらほらあった人の気配が消えた。


「少し早いけど、ネタばらしをしちゃうね」

「ネタばらし?」

「うん。本当は家に戻ったところで決断してもらう予定だったんだ。この世界に残るか、それとも向こうの世界に戻るのか」

 

 居心地のいいこの世界にどっぷり浸からせて、自分で判断させるわけか。


 この試験を考えた奴は性格最悪だな。


「けど、颯ちゃんはもう戻るって決めちゃったみたいだから」

「まあな」

「残念だよ。折角理想の世界に連れてきてあげたのにさ」

 

 やれやれ、と春香が手を広げた。


「家に戻って決断ってことは、向こうの世界に戻る扉は――」

「颯ちゃんの家の玄関だよ。それを開けたら向こうに戻れるよ。本来ならそこで私が色仕掛けする予定だったんだよね」


 そりゃ恐ろしいな。

 

 話をしていると、冬樹と夏美、そして秋人が春香の隣に並んだ。


「こうなっちまったか」

「あーあ、残念だよ」

「仕方ないよね」


 三人はそれぞれデバイスを出し、魔法を放つ準備をした。なるほど、タダで通してくれるはずないか。


「力づくで止めさせてもらうね」


 春香が氷の鞭を生み出し、真っすぐに俺を見据えた。

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