第21話 宣戦布告
『幽霊じゃないよね?』
春香はマジで俺が亡くなっていると思っているらしい。
すぐにでもその理由を聞きたいが、焦ってはいけない。俺は何も知らない男を装わなければならない。
「おいおい、いきなり電話してきたと思ったら何を言い出すんだよ。ずっと生きてるぞ。勝手にあの世に送ってくれるなよ」
若干わざとらしかっただろうか。
『ホントに颯ちゃんなの?』
「声も忘れたのかよ」
『そうじゃなけど……あの、何でもいいから思い出話をしてくれるかな』
これはアレか?
先生経由だから魔法で誰かが騙っていると思っているのかもしれない。
「そうだな。クソみたいな料理を無理やり食わされて殺されかけたことが一番印象に残ってるな。あれは卵焼きじゃなくて完全に炭だったな。それから、いつもの五人で天体観測に出かけた時。春香が寝たせいで俺が家まで背負わされたっけ。他には余ったアイスを巡って大富豪したとか。景品のアイスが途中で溶けて――」
『もういいっ!』
春香の声には涙が混じっていた。
『よかった、本当に生きてたんだねっ!』
「……っていうか、どうして死んだと思ったんだ?」
『だって、おじさんとおばさんに聞いたら亡くなったって!』
ほう、そういうことか。
「親父達に会ったのはいつだ?」
『えっと、颯ちゃんが引っ越して少し経った後かな。学校からの帰り道でばったり会って、そこで話を聞いたの。引っ越した場所で事故に遭って亡くなったって』
これで謎が解けたな。
俺の死亡説を信じていたのはこれか。親から言われたら普通は信じるに決まってるよな。転校した後の情報とかわからないし、唯一の情報源といってもいいだろう。
クソがよ、あいつ等のせいか。
借金取りに捕まってなかったのか。地元をぶらぶらしてるならいずれ報復に向かわねばなるまい。
「悪いな。そいつは親父達が勝手に吐いた嘘だ」
『嘘?』
「ああ、俺は親戚の家に引っ越しただけだ」
『じゃあ、事故は――』
「体の頑丈さは昔から変わってないぞ。事故にも遭ってないし、病気もしていない。普通にピンピンしてるよ」
『……そっか、そうなんだね』
春香は心底安心したような声だった。
その後、しばらく春香は泣いていた。何と声を掛けていいのかわからなかったのでしばし黙っていた。
ようやく涙が収まってから。
『あ、あの時はゴメンね』
「あの時?」
『ほら、放課後の教室での』
放課後の教室といえば、絶縁を突きつけられた時のことだろう。
『実は、私達は――』
その時だった。
コホン、と咳払いが聞こえた。咳払いをしたのは近衛先生だ。
咳払いは魔法について話すなよ、という意味合いのものだろう。もちろん先生は通話の相手が俺とわかっているが。
状況を理解しながらも、あえて気付かないフリをする。
「どうした?」
『えっと、ごめんね。あの時は色々あったんだ。凄く危険な状態だったというか、近くにいたら颯ちゃんまで巻き込んじゃうと思ったの』
「……巻き込む?」
『詳しくは言えないんだけど、遠いところに進学することが決まってたの。私だけじゃなくて、夏美ちゃんや冬樹君、それから秋人君も一緒に』
「へ、へえ、あいつ等も同じところに進学したのか」
詳しくは言えないってのは魔法のことだろう。
知らないフリを貫く。
……待て、俺はそう簡単に納得するほど利口な男じゃないだろ?
物分かりが良すぎると逆におかしい。
「平気なのか? 変な事件にでも巻き込まれてるとか?」
『それは大丈夫。ただ、少し特別なところなの。訳は話せないけど、しばらくはここから離れられないの』
「そっか。それは残念だな」
『あっ、でも夏休みになったら帰省できるんだよ』
知らなかった。帰省できるのか。
学園側としてはきっちり脅してあるし、魔法の存在を話す可能性はないって判断だろう。
『とにかく、颯ちゃんを巻き込みたくなかっただけなの。だからあの時に言ったのは全部本心じゃなかったの。本当はすぐにでも訂正したかったんだけど、颯ちゃんと連絡が取れなくなってたから』
一度はスマホを手放したからな。
俺を巻き込まないために遠ざけるつもりだった。そこに運悪く両親の事業失敗が重なった。ただそれだけ。どうやらそれで確定みたいだな。
「そっか。理由はよくわからんが、春香達が元気でなによりだ」
『颯ちゃんのほうは元気だった?』
「おう。俺も高校に進学してるし、ぼちぼち生活してるよ」
それからしばらく世間話した。
春香は中学からの日々について話をしてきた。よほど溜まっていたのか、普段の落ちつきはなく矢継ぎ早にエピソードを語った。
『夏休みに帰省できるから颯ちゃんに会いたいんだ。引っ越し先ってどこなのかな?』
返答に詰まった。
魔法が使えない状態なわけだし、ここで正体を明かすわけにはいかない。しかも夏休みにはすでに校長との先約がある。
それと同時にバイト先についてぼかさないとまずい。チャリを漕いでいたのが俺だと確認されるとまずい。
「引っ越し先は遠いんだ。今は北のほうにいる」
『北のほう?』
「雪国って感じのところだ。悪いが、夏には戻れそうにない」
実際には扉の向こうだけどな。
話題を変えよう。
「あっ、そういえば友達がいっぱい出来たぞ。良い奴が多くてな」
『良かった。颯ちゃんが楽しそうで』
「可愛い子も多いしな」
『……えっ』
春香が止まった。
『可愛い子?』
「おうよ。モデルみたいな女の子とか、アイドルみたいな女の子とかいるぞ。北国には美女が多いって話はマジみたいだな。毎日テンション上がりまくりだぜ。仲良くなったし、もしかしたら彼女が出来る日も近いかもな」
直後だった。
ドンッ、と轟音が響いた。
スマホ越しに響く音と、スマホと関係なく聞こえてきた二つの音にビクンと体が震えた。
「ど、どうした?」
『……子供の頃にした約束は覚えてるよね?』
「内容によるかな」
『私達って婚約してるんだよ』
婚約の話はマジだったのかよ。
『忘れたわけじゃないよね。五歳の誕生日の時、プロポーズしてくれたでしょ』
そんな昔の話かよ。
正直いって子供の頃の約束とか覚えちゃいないぞ。
『いいっ、浮気は絶対ダメだからね』
「あっ、はい」
『わかればいいの。それで、引っ越し先だけど――』
春香がしつこくそう尋ねたところで。
「東山、そろそろ時間だ」
近衛先生の声がした。
と、同時にプツンと電話が切れた。
◇
大きく息を吐いた。
最後は先生が気を使ってくれたらしい。助かったよ。
とても疲れた会話だったが、一つだけ心に決めたことがある。あの腐れ両親にはいずれ鉄槌を下す。いかなる理由があってもだ。
俺は数十秒の時間を置いて。
「――話は終わったみたいだな」
わざとらしくそう言って入室した。
室内では春香が先生に詰め寄っていた。
「颯ちゃんがどこの学校に通っているのか教えてください!」
「いや、だからそれは――」
「教えてくれないと暴れますよ!」
電話を切られたことに激怒しているようだ。
困った先生は入室した俺を見ると。
「教えて欲しければ、トップの成績を取れ」
「トップの成績?」
「そうだ。学年トップの成績を収めたら、教えてやろう。我が校では学期末に全員の成績を貼り出す。そこでトップだったら教えてやろう。魔法使いは実力主義だからな」
「……本当ですね」
「う、うむ。つまり、そこにいる中館を上回らなければいけないということだ」
はあ?
こいつ俺を売りやがったな。
「私、必ずトップの成績を取る」
春香は俺を指さす。
「中館君、負けないからね! あなたに勝って、必ず颯ちゃんに会うんだから!」
すでに目的は達成しているけどな。
とは言えないわけで。
「フン、何のことか知らんが俺を超えるとは愚かな。精々頑張ることだな」
春香の宣戦布告に対し、そう返すことしかできなかった。




