第19話 真相
「……俺のデバイスだ」
誤魔化す選択肢もあったが、返してもらわなければ今後の生活に支障が出る。正直に言うしかなかった。
「よかった。誰の物かわからなかったから困ってたんだ。勝手に個人情報みるのもまずいし」
ということは、中身は見ていないわけだ。
助かった。最悪のシナリオは避けられたようだ。
「どこにあったんだ?」
「教室にあったよ。朝、登校したら床に落ちてたの。中館君の席の近くだったからもしかしてって思ったの。一応近くの人には聞いたけど、みんな持ってたから」
昨日の帰りを思い出してみる。
帰りの支度をしている途中、冬樹に話しかけられた。いつもは帰る途中にポケットからカバンに移すのだが、焦って途中で落としたしまったらしい。春香と接触したり、昼寝したりで気付かなかったわけだ。
「悪いな。感謝する」
「……」
しかし春香はデバイスを返さない。
「ねえ、拾ってあげた謝礼として頼み事してもいいかな?」
取り引きだと?
あの優しかった春香が取り引きを要求してきたことに驚きながら、しかし俺は顔色を変えずに小さく頷いた。
「言ってみろ」
「人を探してるの。手伝ってほしい」
「……相手は誰だ?」
「この人だよ」
春香が見せてきたのは、やはりというべきか俺の画像だった。
初めて見る画像だった。懐かしの自宅で眠っている姿だ。中学生くらいの年齢だが、この頃の春香とは少し関係が遠ざかっていたはずだが。
「こいつは?」
「外峯颯太君。私の……大切な人」
それ俺です。
とは、言えない。ここで普通に会話するとボロが出かねない。今の俺のキャラならこういう場合だと相手を貶めるべきだろう。
「フン、アホ面だな」
自分で自分を貶すのは少々メンタルに悪いが、バレない為には仕方ない。ここで罵倒してこそ俺のキャラだ。
「は?」
突如、春香の雰囲気が冷たくなった。
「今の言葉、颯ちゃんに向けて言ったのかな?」
春香の後ろに鬼みたいなのが見えた気がした。
「きっ、聞き間違いだろ。俺は何も言ってないっ」
「……ならいいの」
「で、そいつを探せと?」
春香は頷いて答える。
「俺に頼むとは意外だな。おまえには嫌われてると思ってた」
「嫌いだよ」
嫌いなのかよ。
「魔法とか魔法使いが嫌いなの。子供の頃から魔法使いっていう中館君のことは嫌い。私よりも強いのも気に入らないし」
「魔法が嫌い?」
「大嫌いだよ。私は魔法使いになんてなりたくなかった。一般人として生活したかった。こんなところに来たくなかった」
小さく漏らした春香の顔は暗かった。
「何かあったのか?」
「魔法が使えるせいで大切な人と離れることになったの。さっき映ってた人のことね。それも最悪の形で」
話を聞くチャンスが到来した。
この機会を逃す手はないだろう。
「事情を話してみろ」
「えっ?」
「暇つぶしだ。聞いて欲しそうな顔してるからな」
少しだけ迷った素振りの後、春香は口を開いた。
「幼馴染四人組って言われてるけど、私達は元々は五人だったの。子供の頃からいつも一緒だった。毎日汗だくになりながら追いかけっこして、家の中で楽しくゲームして、学校ではくだらないお喋りとかしてた」
「……」
「あの頃は楽しかったな。毎日きらきらしてた」
それは俺からしても同じだ。
あの頃は今思い返しても輝くような日々だった。
「でも、別れは突然やってきた。勝手に魔力検査されてね、五人の中で一人だけ魔法使いじゃなかったの。今まで何をするにも五人一緒だったのに、一人だけ違った」
「それは……仕方ないな」
仕方ない。
俺に魔力がなかったのだから本当に仕方ない。
「いきなり呼び出されて魔法について知らされたの。魔法使いは一般の人とは違う存在だって。魔力が暴走すれば大きな被害が出るって」
今まで魔力の危険性について授業では習ったが、本当の意味で理解したのは中間試験のフェニックスだ。
あれがもし街中で暴走したら多くの人々が犠牲になるだろう。
「一番怖かったのは誰にも話しちゃいけないって脅された時」
「……脅し?」
「あっ、中館君は子供の頃から魔法使いだからわからないかもしれないけど、すごく脅されたの。絶対外の人に魔法の話はするなって何度も念を押してきた。もし話したら、相応の罰を受けてもらうって。話をしたほうだけじゃなく、話を聞いたほうも重く罰するって。家族にも恋人にも絶対言うなって」
なるほど、学園側は生徒を脅していたのか。
中学生相手に酷いことをすると思う気持ちもあるが、魔法が暴走した時のリスクを考えれば当然の措置かもしれない。
まっ、そう思うのは俺が一般人だからだろう。
以前、校長が生徒は秘密をバラさないと自信を持っていた。それは脅していたからか。自分だけでなく話を聞いたほうも処分されるとなったら普通は話さないよな。
クラスメイトが実技の授業中に複雑そうな顔をしていたのはそういった事情もあったのだと今理解した。
「私達はいつも一緒だった。だからね、いつか彼に話しちゃうと思ったんだ」
「……」
「そうなったら彼は処分されちゃう。私達にはそれが耐えられなかった。それで、距離を開けようって話になったの」
これが真相だったのか。
俺を危険から遠ざけるために、俺との縁を切った。
「けど、最悪だったのはその後。彼は転校しちゃった。それで……転校した先で事故に遭ったの。酷い事故だったみたいで、病院に搬送された時にはもう手遅れだったみたい」
誰だよ、その偽情報を流したのは。
勝手に手遅れにするな。そもそも俺は事故に遭ってねえぞ。
……なあ、これが真相なら正体をバラしても問題ないのでは?
一瞬だけそう思いかけたが、春香の話した内容が真実とは限らない。ここで安易に信じるのは危険だ。俺に魔力がないことをこいつ等は全員知っている。
正体を明かした際のリスクが高すぎる。
「だから死者蘇生の魔法を覚えようとしたのか?」
春香は頷いた。
「そうだよ。彼を復活させようと思って」
俺を嫌いになったわけでも、貶めるつもりでもなかったのか。
今にして思い返せばあの時は全員辛そうな顔をしていた気がする。俺自身も日々の生活で随分と参っていたのでそこまで気が回らなかった。
「残った私達の関係は最悪になったの。責任の擦り付け合い。みんなで決めたはずなのに、誰が言い出したのかって話になって大喧嘩」
「……」
「中学三年の最後のほうは顔を合わせればいつも口喧嘩してたな。きらきらしてた毎日が急に暗くなって、とっても辛かった」
親友同士から責任の擦り付け合い。想像すると地獄のような生活だな。
「けど、高校では仲良くしてるように見えたが?」
「演技だよ。秋人君の提案で、仲良くする演技をしようって」
「何故だ?」
「秋人君はちょっとだけ信じてるみたい。彼が生きてるかもしれないって」」
前に秋人が言っていた「いつか来る日」ってのはそういう意味か。
でも、マジで誰だろう。こいつ等があっさり信じるほどの影響力ある人間って。
「思い出さないようにしてたんだ。あの人のこと考えないようにしてたのに、夏美ちゃんが見たって言いだして時にいろいろ思い出しちゃった」
「……そいつは、おまえにとってそれほど大事な相手だったのか?」
質問しながら自分の心臓が高鳴った。
「私の婚約者なの」
「ふぇ!?」
あまりにも想定外の言葉に変な声が出た。
婚約者だと?
全然記憶にない。そもそも俺達は交際すらしていなかった。子供の頃に結婚しようとか約束をした覚えはあるが、物心ついた辺りの頃の記憶だ。
俺のほうは春香に片思いしていた。それは認めよう。
しかし当の春香は中学に入った頃から俺を明らかに避けていた。付き合うどころか距離が離れていくようにすら感じていた。
だから恋心を諦めようとしていたくらいだ。
「驚くよね?」
「さ、さすがにビックリしたな」
「そうだよね。中学生で婚約とか普通は聞かないもんね」
驚いたのは別の理由なわけだが、それを口にするとややこしくなるから黙っておこう。
コホン、と咳ばらいをする。
「事情はわかったが、亡くなってるなら見間違いじゃないのか?」
「わからないから、探すのを手伝ってほしいんだ」
そりゃそうだな。
「わ、わかった。俺に出来る範囲で手伝ってやるよ」
「ホント! ありがとね」
そう言って春香はデバイスを返してくれた。
「……おまえは、どうするんだ?」
「自分でも探してみるつもりだよ。あれが颯ちゃんだったのかまだわからないけど、本人だったら会って謝らないと。これから毎日張り込んでみるよ」
何とも言えない表情でそう決意表明した春香は自分の席に戻っていった。
残された俺はどうしていいものかわからず、ただ固まっていた。




