第18話 見覚えのあるデバイス
まずい、まずい、まずい、まずい。
デバイスを紛失した翌日、登校した俺は自分の席でガクガクと震えていた。ただでさえ面倒な状況なのに、自らのミスでそれを加速させてしまった。
どうしてこうなった?
問題はどこで失くしたのかという点だ。
学校では常に持ち歩いていた。帰宅すると、どうせ使わないので登校用のカバンに入れている。あれは見た目こそスマホだが、日常生活では使えない。
昨日の俺は家から帰ると、うっかり昼寝してしまった。祖母に起こされると慌ててバイトに向かった。
ここまではいい。
行く途中に春香と遭遇し、ダッシュで逃げるとバイト先に向かって仕事をこなした。ミスは結構したが、それでも無事に終了時間まで働いた。
で、家に帰って寝る前にカバンが開きっぱなしになっていることに気付いた。念のためにチェックしてみると、デバイスがないことに気付いた。
必死に探したが、見つからなかった。
一番可能性が高いのは昼寝から起きた後、寝ぼけたままスマホと間違えて持っていってしまったケースだろう。そして、外で落とした。
ただ、バイト先であるファミレスには既に確認してある。落とし物はないそうだ。
それより、失くしたことを校長にどう説明しよう。怒られる程度では済まないだろうな。確実に大騒ぎになるだろう。可能なら紛失したことを知られずに取り戻したいところだ。
俺は顔を上げ、春香のほうを見る。
もし、後ろを追いかけていた春香に拾われていたら?
それはもう様々な意味で最悪だ。
個人情報を見られたら俺が魔力を持っていないとバレる。それだけじゃない。昨日の状態の俺を外峯颯太だと考えているだろう春香に拾われたら正体がバレかねない。
仮にバレたら今後どう推移していくのか謎すぎる。
誰かに聞くか?
ダメだな。聞けない。それは弱みになる。評価が向上したとはいえ、俺が学年首席でいけ好かない野郎だという認識は全員共通だ。デバイスを落としたとか噂が流れたら最悪だ。デバイスの紛失が公になれば処分があるかもしれない。
どうしようか迷っていると、冬樹が近づいてきた。
「なあ、あの件について進展があったか?」
「……突然だな。どうした?」
「実はな、春香の奴もあいつを見たって言いだしてな」
昨日のアレはやっぱり春香だったのか。
となれば、夏美が前に見たと言っていたのは俺で確定だな。
「見間違いだろ」
「その可能性もあるが、あの春香が言ったからな」
この流れはまずいぞ。万が一にでも後をつけて確認しようという話になったら絶対にバレる。
かといって、バイトを辞めるわけにもいかない。家庭の事情もあるし、そもそも突然辞めたら店に迷惑を掛けちまう。
バイト中も学校の状態になるか?
ダメだな。疑われている今となってはその方が危険だ。中館颯太が外峯颯太と同一人物だと知られる可能性は排除すべきだ。それに、学園の生徒に見られたらバイトしていることがバレてまずい事態に発展する。
「あ、あれについてはまだ調査中だ。中間試験で忙しかったからな」
無難な返答をする。
「……そうか。けどあいつ、ホントに復活したのかも」
「馬鹿言うな。ありえない」
「いやでも、実は死者を蘇らせる魔法が実は完成してたとかあるかもしれないだろ。それで、たまたまあいつが実験体になって――」
「落ち着け!」
暴走する冬樹を止める。
「前にも言っただろ。死者蘇生の魔法は存在しない。あいつ等の見間違いだ。大体、東山も見ただけで話したわけでもないんだろ?」
「まあな」
「だろ? チャリ漕いでるところを見かけただけで確証はない」
「……あれ、チャリ漕いでるところを見たって言ったか?」
しまった。
俺のほうが落ち着くべきだな。
コホン、と咳ばらいをした。
「以前に聞いた西野がそう言ってたから同じだと思っただけだ」
「なるほどな。まあ実際、チャリ漕いでるところを見かけたらしい」
「う、うむ。やはりそうか」
冬樹が単純で助かった。
「まあいいだろう。状況を詳しく聞かせろ」
「ああ、実はな――」
冬樹は寮での会話を教えてくれた。
どうやら春香は俺のことが気になって確認しにいったらしい。そしたら俺がチャリを漕いで登場した。だが、名前を呼んでも反応しなかったから確信には至っていないという。
確信していないならまだ誤魔化せるか。
しかし、冬樹は信じているらしい。
「信じるのか。西野の時は疑っていたのに」
「春香が言うならな」
「……」
「あいつのことは春香が誰よりも知ってる。遠くからでも春香が見たっていうなら可能性は高い。少なくとも夏美よりはずっと信用できる」
信用されると俺が困る。
確かに春香は最も親しい幼なじみだったが、絶縁した時におまえも立ち会っていただろ。どうして信用できるのか謎だ。
時間を稼ぐしかないな。
「そこまで言うならいい。近いうちに調べてやるよ」
「マジか?」
「だからおまえは大人しくしておけ。猪突猛進のおまえのことだ、自分で確認しに行くつもりだろ?」
「っ、予言者かよ!?」
「フン、それくらいわかる。試験でもおまえの動きは単調だったからな。こういう時に突っ込むタイプだろうと予想した」
実際には性格をよく知っているからだけどな。
「言っておくが、おまえが直接向かうのは悪手だぞ」
「何故だ?」
「俺はよく知らんが、そいつに会って魔法のことを話さない自信があるのか?」
「それは――」
「今のおまえにその冷静さがあるとは到底思えんぞ。そいつの話になる時のおまえ達は明らかに態度がおかしい。下手なことを口走って処分されたらどうする?」
冬樹は押し黙った。
「あっ、そうだ。変な勘違いはするなよ。おまえが突っ走ったことで南田まで退学になったら二人組の相方である俺が困る。理由はそれだけだからな」
「お、おう」
「というわけで、俺に任せておけ」
「……わかった。頼むわ」
一応納得はしたが、恐らく冬樹は自分でも探りを入れるだろう。
ひとまずバイト先の往復で道を変えるのは確定だ。それで数日は凌げるだろう。幸いにもバイト先に向かう途中だったし、場所までは特定できていないはずだ。
ただ、時間の猶予はない。
さすがにこれ以上は誤魔化せないだろうな。こうなったら冬樹の奴に別人だったと結論を出してやろうか。
といっても、それで諦めるような奴じゃないか。
それ問題はデバイスのほうだ。
春香に視線を向ける。今日の春香はずっと上の空だ。誰かに話しかけられても生返事で答えている。
その時だった。
不意にこっちを向いた春香と目が合った。その瞬間、意を決したように立ち上がると近づいてきた。
「あの、ちょっといいかな」
声を掛けられるのは入学直後以来だ。
春香の表情はなにかを覚悟しているように映った。
「……な、何だ?」
「話したいことがあるの」
春香の声が少しだけ暗くなった。
「このデバイスに見覚えないかな?」
ドクン、と心臓が跳ねた。




