第17話 ミス
中間試験が終わり、季節は梅雨に突入した。
魔法学園の生活にもすっかり慣れてきた。グラウンドで飛び交う魔法に驚きもしなくなったし、授業でクラスメイトが様々な魔法を使用しても涼しい顔をしていられるようになった。
住めば都というが、人間の順応性ってのは恐ろしいものだ。
中間試験から俺の評価は大きく変化した。
これまでの「高飛車で気に食わない陰キャ首席野郎」から「無愛想で性格は悪いけど強大な力を持つ陰キャ首席野郎」になった。
良い評価ではないが、以前よりはマシになっただろう。
評価が向上すると、対決を挑まれる回数は減った。恐らくは勝てる見込みがないと判断したのだろう。上級魔法が使えるという情報は拡散され、どこに行っても視線を浴びるようになった。
中間試験の結果は廊下に張り出された。
俺は魔法学と実技の両方で満点を獲得し、首席入学者として恥ずかしくない結果を残せた。最初の試験とあって採点は甘かったらしく、俺以外にも満点獲得した生徒はちらほらいた。クラス内なら春香がそうだ。
万事上手く切り抜けたわけだが、問題がなかったわけではない。
「おっ、今帰りか?」
放課後、帰ろうとしていた俺に声を掛けてきたのは冬樹だ。
「……見ればわかるだろ」
「だったらヒマだろ。なあ、勝負しようぜ」
「ふざけるな。俺はいつも忙しい」
「ちぇ、戦いたかったのに」
言葉少なく答え、歩き出して数歩したところで今度は夏美が視界に入ってきた。
「おっ、中館じゃん。帰るとこ?」
夏美はこっちに近づいて来る。
「……見ればわかるだろ」
「それもそうか。ってことは、ヒマっしょ?」
「多忙だ」
「そりゃ残念。ヒマになったらまた勝負してよね」
あの試験からこいつらは事あるごとに話しかけてくるようになった。
冬樹は昔から馬鹿というか、正面からぶつかると興奮するタイプだ。
過去、俺と冬樹が親友になったのも小学生の頃にケンカをしたからだ。ケンカの後、お互いに認め合う感じで仲を深めていった。以来、何度もケンカをして仲直りして関係を深めていった。
夏美も似たようなものだ。
ケンカをしていたわけじゃなかったが、勝負事が大好きな夏美とはテストの点数でよく競っていた。お互いに馬鹿だったし。で、ライバル関係みたいな感じだった。サバサバしているようで勝負事にこだわりのあるタイプだ。
試験での戦いぶりで気に入られてしまったらしく、ライバル認定されてしまった。
さて、中間試験は終わった。ここで本格的に考えなければならない。
俺の死亡説について。
正確には外峯颯太の死亡説について。
同姓同名を疑えるような名前ではないし、昔は間違いなく友達だった。あの条件に符号する奴は他にいないだろう。
問題点は二つある。
まずは俺の死亡説について。
連中の話から推察するに可能性とかではなく確定した事実らしい。連中はその話をかなり信用しているっぽい。
どこから出た情報なのか。何故、その情報を信じているのか。
二つ目にあいつ等の発言だ。
絶縁されたはずなのにまるで俺が大事な友達であったかのような発言をしやがる。突き放しておいてそれはないだろう。
理由があるのか?
「……」
考えてもわからない。
答えの出ない問題に頭を悩ませていると、後ろから誰かが走ってきた。その人物が俺を追い越す時、肩がぶつかった。
「っ」
「……」
相手は春香だった。
接触した俺の顔を一瞥すると、春香は何も言わず走り去っていった。その時に見えた顔は険しく、なにか思いつめているようだった。
トイレか?
さして気にせず、俺は帰路に着くのだった。
◇
「行ってきます」
着替えを済ませ、いつものようにバイト先に向かってチャリを漕ぐ。普段よりも少し遅い時間になってしまったのでペースを上げた。
ファミレスでバイトを始めてから結構な時間が経過した。最初こそミスをしたが、今は仕事にも慣れてきた。ちなみにバイト代は貯金している。最初は祖父母にバイト代を渡していたが、突き返されてしまった。
家を出て数分ほど走ったところで、見覚えのある顔が視界に映った。
「……」
後ろ姿だったが、そこにいたのは間違いなく春香だ。
制服姿の春香は誰かを探すようにきょろきょろしている。
別の道に行こうとしたが、脇道はない。引き返してもいいが、別の道に行くのは時間のロスになる。ここで時間のロスをしたら遅刻しかねない。
ビビる必要はないよな。
自転車を漕ぐ速度を上げ、颯爽と隣を駆け抜けた。
「あっ」
隣を通り過ぎると、春香が小さく漏らした。
その声が気になり、走りながらちらっと視線を向ける。
「……」
「……」
目が合った。
一瞬の出来事だったが、長く感じた。まるで駅のホームから新幹線に乗っている奴と目が合った時のような妙な長さを。
春香の顔がみるみる青くなっていくのがわかった。端整な顔立ちが一瞬で歪み、瞳には涙のようなものが薄っすらと滲む。
そこで俺は視線を前方に戻す。
「まっ、待って!」
悲鳴に近いその声にドキッとした俺はペダルを漕ぐ速度をアップした。背後からは春香が叫ぶが、気付かないフリをする。
「颯ちゃん!」
確かにそう言った。「颯ちゃん」とは俺のことだ。転校する前まで春香は俺をそう呼んでいた。
どうしてバレたんだ?
チャリを漕ぎながら思考を働かせる。
しばらく走ったところで店の前を通り、ガラスに映る自分の姿に謎が解けた。
今の俺は学校とはスタイルが違う。メガネを外し、髪型もばっちり整えている。これは学校の連中にバレないように変装している。まあ、変装といってもただメガネを外して髪の毛をセットしただけだが。
ここで自分のミスに気付いた。
夏美が見かけたのはこの状態の俺だと。
あいつは見間違いをしたわけでもないし、頭がおかしくなったわけでもない。この状態の俺を見かけたので外峯颯太だとわかったのか。
「……」
自分の愚かさを嘆いたが、もう遅い。
その後、俺は動揺を引きずりながらバイト先に向かった。バイトではそこそこのミスを連発してしまった。
だが、本当のミスに気付いたのは寝る直前だった。
いつの間にかデバイスが無くなっていた。




