第16話 中間試験 後半
開始直後だった。
「作戦通り行くぞ!」
「あいよっ」
夏美がデバイスを取り出し、魔法を発動させた。
現れたのは炎の壁だ。壁は俺と秋人の間に出現し、それによって分断される形になった。
「そっちは任せたぞ!」
「心配なのはあんたのほうでしょ! しっかり足止めしといてよね!」
夏美は秋人の前に、そして俺の前には冬樹が立ちふさがった。
その行動に観戦の連中は驚いている。これまでの戦いでは二人が協力して戦ってきた。いきなり別々になって戦うのは初めてのことだ。
だが、俺達に驚きはない。
この状況は織り込み済みだった。
「動揺なしか。さすがだな」
「当たり前だ」
実はこうなるのを知っていた。
冬樹と夏美は教室で大声を出しながら作戦会議をしていたのだ。会議中にこの作戦について喋っていた。近くでそれを聞いていたので作戦は筒抜けだった。相変わらずのアホ具合に安心したのは内緒だ。
ちなみにこいつ等の作戦は俺を足止めしている間に秋人を倒し、数的有利を作るというものだ。
冬樹のほうは俺とのタイマン勝負を望んでいたのだが、最終的には勝利優先の考えに傾いた格好だ。
「アホみたいな頼み事をしておいて戦いってのも変な気分だが、それでも試験だからな。全力で行かせてもらうぜ」
「……来い」
冬樹はデバイスを操作すると、雷の盾を出した。
「おまえは身体強化ってのを使うらしいな。これで止めてやるぜ!」
なるほど、盾で攻撃を防ごうってわけだ。
俺が身体強化を使うのはすでに知られている。対策くらいするだろう。
剣や盾を生成する魔法は授業で習った。常に魔力を消費するので燃費は悪いが、元々魔力の多い冬樹なら大丈夫だろう。
授業では円形の小盾を出したが、冬樹が持っているのは中世の騎士が持つような大盾だった。攻撃を絶対に止めるという意思を感じる。
さて、どうするか。
あの盾に真っ向から立ち向かって大丈夫なのか。身体強化なら平気な気もするが、感電とかして丸焦げになったらシャレにならない。
「隙だらけだぜ!」
盾を前に突き出しながら突進してくる冬樹を確認し、デバイスを操作する。
身体強化を使用して攻撃を避ける。
攻撃を避けながら速度差を利用して背後を取ったが、冬樹は抜群の反応で盾を構えた。
「うおっ、動き速すぎだろっ。全然見えなかったぞ!」
「……」
「こりゃ一瞬も油断できねえな」
それはこちらの台詞だ。あの反応速度は侮れない。
警戒を強めていると。
「ほらほら、どうしたの!」
炎の壁の向こうから夏美の声が聞こえた。
二人の作戦を聞いた時、俺と秋人は対策について話した。
分断されないように戦うという話も出たのだが、秋人は「こっちは僕に任せてよ」と自信満々だったのであえて連中の作戦に乗った。
大丈夫なのか?
壁の向こうに視線を向けると。
「っ」
「全然反撃してこないけど、それじゃ勝てないよっ!」
秋人は防戦一方だった。
苦戦している理由は二つ。
一つは夏美の運動量だ。夏美はあちこち動き周りながら魔法を発動している。的を絞れないので反撃しようにも上手くいっていない。秋人は元々運動が得意なほうではなく、動きながら魔法を使う動作が苦手だったりする。
それに対して夏美は昔から運動が好きだった。足も早いし、持久力もある。
もう一つは攻撃の出どころがわからないという点。
走り回りながら攻撃している夏美だが、攻撃の出どころが秋人には見えていなかった。そのせいで反撃ができず、防御に回らされていた。
「おい、聞こえてるな」
「中館君?」
「あいつは魔法の発動位置を変えてるぞ。手元を見てみろ」
大きな声を出してアドバイスする。
「発動位置を変える?」
「たまに右手から左手にチェンジしてるんだ。ほら、デバイスで魔法の発動位置を変えられるだろ。定期的にチェンジして攻撃してるから魔法の出どころが見えにくいんだ」
「っ、なるほど」
デバイスを操作することで魔法の発動位置を変更できる。それを利用して初期位置の右手から左手発動に変えている。
小細工には違いないが、有効な手だろう。
走りながら器用にデバイス操作が出来るのは夏美ならではの戦いっぷりだ。そういえば、夏美は昔からスマホを弄るのが得意だったな。登下校の時は器用にスマホをいじりながら歩いていたものだ。
相変わらず悪知恵が働く奴だ。
「落ち着いて対応しろ。撃ってる魔法自体は単なる下級魔法だ」
「う、うん。わかったよ。ありがとね」
アドバイスすると、秋人の動きは格段に良くなった。
この様子ならしばらくは大丈夫だろう。
「さすがは学年首席だな。あのカラクリを一発で見抜くとは」
「フン、アホの考えそうなことだからな」
おまえ等の考えそうな作戦はお見通しだ。
俺もデバイスの説明を聞いたときに同じことを考えたからな。昔から悪巧みする時は妙に気が合っていた。もし、俺が魔法を使えたら小細工をしまくる。
「やっぱ怖い奴だな。悪いが、向こうのケリがつくまで耐えさせてもらうぜ」
動きは良くなったとはいえ、依然として秋人の分が悪い。
なら、こっちを先に終わらせて加勢するしかない。
長期戦なら確実に勝てる。盾を出し続けている冬樹の魔力には限界があるし、このまま身体強化だけでも押し切れるだろう。
だが、それだとどれだけ時間を要するかわからない。その間に秋人を倒されたら面倒だ。
それに身体強化には使用後に体のあちこちが痛むという最大のデメリットがある。
前回のダンジョン探索の後は酷かった。運動不足が祟ったのか、あの翌日は悲惨な状態で過ごす羽目になった。あれはもう勘弁してほしい。
切り札を使うか?
もう一つの魔導具。
校長からは強力すぎるから使用にはくれぐれも注意するよう言われているが、ここが使いどころだろう。派手みたいだし、使えば大きなインパクトを与えられるはずだし、俺が魔法を使えないとは誰も思わなくなるだろう。
「……」
審判である先生を見る。
特に止める様子はない。
「悪いが、こっちも切り札を使わせてもらうぞ」
「切り札?」
発動をタップした瞬間、巨大な鳥が右の手の平に誕生した。
……へっ?
俺の身長くらいある鳥は全身に炎を纏っていた。
「お、おいっ、何だよそれ!」
冬樹の表情が驚愕に染まった。
観客達が驚きの声を上げる。
「っ、あの魔法はなに?」
「あれはフェニックスだ。上級魔法だぞっ」
「一年生が上級魔法!?」
そう、この魔導具に込められているのは「フェニックス」という炎の上級魔法だ。上級魔法は一握りの魔法使いしか使用できない大魔法であり、とても一年生が使いこなせるようなものではない。
説明は受けていたが、見るのは俺も初めてだ。
フェニックスは手から離れると、天井に向かって羽ばたく。その姿はあまりにも幻想的で言葉を失った。
天井近くまで羽ばたいたフェニックスは急降下し、一直線に冬樹に襲い掛かった。
「うおおおおおおおおおお!」
冬樹は雷の盾で受ける。
しかし攻撃に耐え切れず盾は消し飛び、冬樹の体が地面を転がる。
衝突の際に発生した風が炎の壁を消し飛ばした。
「ちょっ、なにそれ!?」
冬樹を倒したフェニックスは空中で進路を変えると、困惑している夏美に向かって飛来する。
「――中館、そこまでだっ!」
慌ててデバイスをタップし、フェニックスを消す。
夏美に直撃する間一髪のところでフェニックスは消えた。
その恐怖からか、夏美はぺたりと尻もちをついた。
「勝負あり。中館・南田組の勝利」
勝利のコールが告げられると大きな歓声が上がった。
フェニックスのインパクトは凄まじかったらしく、俺を嫌っているはずのクラスメイト達も大きな声を上げていた。
……この魔導具は封印だな。
当の俺は乾いた笑みを浮かべ、そう心に決めるのだった。




