第12話 幽霊を見た?
「無理ですね」
校長室にやってきた俺に放たれたのは無情な一言だった。
校長は煎餅をぼりぼり食べながら続ける。
「前にも言いましたが、学園の運営には国が携わっています。国は魔法使いを重要視しています。良い意味でも悪い意味でもね。ここで生活しているあなたにはその意味がわかるでしょう?」
強い力を持つ魔法使いは有益でもあり、恐怖の対象でもある。
授業で習う魔法の威力は徐々に高くなっている。基本である下級魔法でも大怪我をする可能性もある。一般人である俺にはその怖さがよく理解できる。
魔法使いと一般人は完全に別の存在だ。
「中館君は最も注目されています」
「……首席だからですよね」
「ええ。教師達の間でもあなたは話題の中心です。授業の免除に関しては前例があるのでそれほど目立ってはいませんが、試験を受けないとなれば不審に思う教師も出るでしょう」
他の先生に調べられたら終わりだな。
「不正も試験放棄も無理ですね。試験の様子は撮影され、様々な方が目にします」
「でもほら、俺って学園の不手際で入学したわけなんで――」
粘ろうとしたが、校長はお茶をすすりながら。
「アルバイトを許可したでしょう」
そこを突かれると痛い。
実は数日前からファミレスでバイトを始めた。家に少しでもお金を入れるために高校生になったらバイトすることは決めていた。
入学してから知ったが、姫華学園ではバイトが禁止されている。理由は聞いていないが、安全面とか機密面みたいなので不安だったのだろう。あるいは偉い人から魔法の練習に力を注ぐように言われているかもしれない。
だが、俺にだけ許可が下りた。
魔力がないのだから暴走しようがないし、魔法の練習をしろと言われても使えないのだから意味がない。魔法について言い触らしたら退学なので言うはずない。
他の生徒に知られないようにするという条件で特別に許しを得た。
「その許可も私からすればかなりのリスクです。本来ならバイト禁止ですからね。こちらとしても中館君に迷惑を掛けたと思っているから謝罪の気持ちなのよ」
「……」
「安心してちょうだい。渡した魔導具を使えば試験も容易いはず」
簡単に言ってくれる。
あれ以来、魔導具は使っていない。
使う機会がなかった。授業は見学しているし、不干渉を貫いているのでトラブルに巻き込まれることもなかった。
はっきりいって使いたくない。
身体強化を使った翌日、肉体が恐ろしいレベルの筋肉痛に襲われた。翌日が休日でなかったら危なかった。
「とにかく、試験では協力できないと思ってちょうだい。期末試験も同様です。こればかりは中館君の頑張りに任せるしかないわ」
これ以上粘っても無理だと悟り、校長室を後にした。
◇
「だから、ホントに見たんだってっ!」
気落ちしながら教室に戻ると、廊下にまで声が響いた。
声は夏美のものだった。
何事かと廊下から様子を窺う。教室の中には幼馴染達がいた。それ自体は別段おかしくはないのだが、いつもと様子が違った。
「またその話かよ。おまえの見間違いって結論で終わっただろ」
イライラを隠しきれない様子で冬樹が発する。
「はあ? あたしがあいつを見間違えるはずないじゃん!」
「見間違いに決まってるだろ! あいつはもういないんだから!」
あいつ?
どうやら誰かの話をしているらしい。冬樹も夏美も冷静さを欠いているらしく声量が大きかった。
「なあ、秋人はどう思うよ。この馬鹿があいつを見かけたって話」
冬樹から話を振られた秋人の表情は曇っていた。あそこまで苦しそうなあいつの顔を見るのは初めてだ。
「……さすがに無理があるかな」
「だよな」
そして、秋人は春香に視線を向ける。
「春香の考えは?」
問いかけに春香は黙っていた。
顔を見れば青くなり、体が小刻みに震えている。何年も側にいた俺も見たことがないくらい顔色が悪かった。
……何だこの状況は?
普段の和気あいあいとした雰囲気はない。修羅場のようだ。俺のキャラとしては全部無視して鞄を取って帰宅ところなのだが、それを許さない程にシリアスな空気だった。
しばしの沈黙後。
「もう、だから信じてよ。あたしがあいつを見間違えるはずがないじゃん。あれは絶対にそう――」
「ふざけないでっ!」
バチン、と乾いた音が響く。
春香のビンタが夏美に炸裂した。ビンタした春香はそのまま走って教室から飛び出していった。
「おい、春香っ!」
「ちょっ、待ってよ!」
慌てて冬樹と秋人がその背中を追う。
教室を飛び出した三人はそのままどこかに消えてしまった。途中、一度だけ振り返った冬樹と目があったが、何も言わずに走り去っていった。
内容は全くわからなかったが、修羅場だったのは理解した。
それにしても温和な性格の春香がビンタするとか驚いたな。十年以上も春香と一緒に居たが、誰かを殴ったところなんて初めてみた。それも相手は親友の夏美だ。
思いがけない修羅場に俺も動揺していたのだろう。こっそりとその場を離れるつもりだったが、バランスを崩して教室の扉に当たってしまった。
「っ、誰っ!?」
教室に残っていた夏美がこっちを見た。
「……」
「中館?」
見つかった。
秋人以外の幼馴染達との会話はない。
入学した直後は前後の席って関係から夏美がたまに話しかけてきたが、無視していたらいつの間にか話しかけて来なくなった。
見つかった以上は仕方ない。俺は声をスルーして教室に入り、何事もなかったように鞄を手に取った。そのまま歩き出す。
「ちょっと待って。さっきの聞いてたでしょ?」
「な、何のことだっ」
「うわ、演技下手すぎ。っていうか、あれだけ大声で話してたら聞こえないはずないよね」
そりゃそうだ。
廊下にまで響くような声で問答していた。聞こえないはずがない。どうでもいいが、演技が下手云々に関しては触れるな。
「ねえ、中館って子供の頃から魔法を習ってたんでしょ。あたし等が知らないような色々な魔法が使えるんだよね?」
下級魔法すら使えませんよ。
とは言えないわけで。
「そっ、それがどうした」
「人を探す魔法とか知らない? どうしても探したい相手がいるんだ。使えるならお願いしたいんだけど」
人探しの魔法とか知るわけねえだろ。そもそも魔法使えないし。
どうしよう。
ここで断るのは簡単だ。俺のキャラなら「勝手に探せ」とか「自分で調べろこの無能が」とか言って立ち去る場面である。
問題はそう簡単ではない。
夏美の性格はよく知っている。こいつは結構しつこい。知らないと言えば諦めるだろうが、適当にはぐらかすと明日も明後日も食い下がってくる。そういうタイプの奴だ。
ただ、素直に知らないと答えるわけにもいかない。
優秀な奴と認識してもらわないと困る。夏美のコミュ力なら俺が探索系の魔法を使えないと誰かに話す可能性が高い。探索系の魔法がどの程度に位置する魔法か知らないが、簡単な魔法だったら俺の株が大暴落する。
脳内で思考を纏める。
「……相手が学園内に居るなら可能だ」
「学園の外は?」
「不可能だな。いくら俺でも結界を突破して学園の外を調べることは出来ない。学園から出れば可能だが、学園の外では魔法の使用が禁止されている。それはおまえも知っているだろう」
我ながら素晴らしい言い訳が飛び出した。
学園内に探し人がいるのなら校長は必ず手伝ってくれるだろう。校長ならそれくらい魔法は使えるはずだ。学園の外で魔法を使うと即退学は常識だ。
「……そっか」
上手く誤魔化せたようだ。
けど、どうしても探したい奴ね。先ほどの様子から察するにこいつ等が全員知っている相手らしい。
気になる。
あそこまで激情した春香は初めて見た。冬樹も秋人も感情的になっていた。こいつ等にとってその探したい奴は重要な人物のようだ。
「誰を探してるんだ?」
「……昔の友達」
「友達ね」
「けどね、あいつはもうこの世にいないんだ」
「この世にいないって?」
「亡くなってるの」
友達が亡くなっているね。
そういえば、春香が前に死者蘇生の魔法について質問していたな。あの質問もここに繋がっているのか。
あの春香がここまで取り乱す相手に興味はあるが、既に亡くなっているのであれば意味がない。
あれ?
亡くなってる友達を探したい?
「あいつ、チャリ漕いでたんだ」
「はぁ?」
理解が追い付かなかった。
「だから、昨日の放課後だよ。死んだはずのあいつがチャリ漕いでるところを見かけたんだ」
「……見間違いだろ」
「あたしがあいつを間違えるわけないじゃん!」
夏美は声を張り上げた。
「絶対にありえないから。確かにあの時はダッシュしてたからチラッとしか見えなかったけど、それでも絶対見間違いとかないから」
「でも、亡くなってるんだよな?」
「それは……まあ、そうだけど」
単なる見間違いかよ。馬鹿々々しい。幽霊じゃあるまいし、この情報は使えなさそうだ。
俺はため息を吐いて教室を後にした。




