第9話 初ダンジョン 前編
その日、体育館の裏手に集められていた。
「魔法にも慣れただろう。今日はダンジョンに潜ってもらう」
先生の口から飛び出したのはそんな言葉だった。
体育館の裏には山がある。学校の裏山としてネットでも紹介されていた場所で、教育の一貫で山ごと購入したと学校ホームページには記載されていた。
ここが魔法学園である以上、単なる山ではないと思っていた。
しかしまさか現実世界にダンジョンが存在していたとは驚きだ。とはいえ、魔法があるからダンジョンがあってもおかしくはないか。俺が知らないだけで世界はファンタジーに染まっていたらしい。
「ちなみに、ダンジョンは自然に発生したものではない。人工的に造られたものだから勘違いをしないように」
残念ながらそこまでファンタジー世界でもなかったらしい。
「二人組でダンジョンに潜り、協力してゴールを目指してもらう」
山の麓に視線を向ける。
洞窟が入り口となっており、その隣には看板が立っている。そこには「初級」と書かれていた。
ダンジョン探索という面白そうな授業内容にクラスメイト達の瞳が輝く。
「探検気分になるのはいいが、ここはダンジョンだ。中には敵がうろついている。無論、おまえ達を狙ってくる。無事にゴールまでたどり着くのが本日の授業となっている。それと、ダンジョン内では魔法の使用を許可する」
敵が出るという言葉に緊張が走る。
人工的に造られたという話からして、その敵も学園側が用意したものだろう。初級なのであまり強くはなさそうだが。
「何か質問があれば受け付ける」
「はい、質問です」
挙手したのは秋人だった。
「中館君は参加ですか?」
「無論だ」
えっ?
安堵する秋人と対象的に、俺は心の中で頭を抱えた。
サボれると思っていたが、参加させられるらしい。縋るように視線を向けるが、先生は受け付けないとばかりに逸らした。
「他にも質問があれば受け付けるぞ」
そう言うと、ある生徒が挙手した。
春香だった。
「東山か。珍しいな」
「あの……ダンジョン以外のことでもいいですか?」
「構わないぞ」
確認した後、春香は思いつめた顔で。
「死者を蘇らせる魔法はありますか?」
唐突な質問に俺を含めて全員がポカンとした。
しかし冷静になり、言葉の意味を理解して震えた。
魔法といえばそういったイメージがある。回復魔法だったり、時空魔法だったり、蘇生魔法ってのはファンタジー世界の定番でもある。
魔法を覚えたばかりでそこまで考えていたとは、恐ろしい奴だ。
「例年、その手の質問をする生徒がいる」
クラスメイト達はざわついていたが、近衛先生は慣れているのか落ち着き払っていた。
「結論を言えば『今のところはない』だ。研究はされているが実現には至っていない。時を遡る魔法、空間を転移する魔法なども同様に確認されていない。その理由については魔力量と所持属性に関係があるとされているが、詳しいことは未だにわかっていない」
アニメやらマンガの主人公が所持しているような便利な魔法は使えないわけだ。
その辺りの魔法が仮に存在したら魔法使いの存在はきっと表に出ているだろう。使用者の力は人間を遥かに超越しているわけだし、一般人がどうあがいても勝てないだろう。
「……わかりました。ありがとうございます」
それより春香の奴、どういう意図の質問だ。
記憶の限りでは春香の家族に不孝はなかったはずだ。あれから一年半以上が経過しているのだから何事かあったのかもしれないけど。
あるいは単純にそういった人知を超えた魔法を使ってみたかっただけかもしれない。逆に誰かに使用されるのを恐れているとか。
それ以上の質問はなく、ダンジョン探索が始まった。
クラスメイト達は二人組になって順番にダンジョンに入っていく。順番は先生が決め、俺達は最後に回された。
しばし待ち、ようやく出番になった。
「待て、中館」
入ろうとして先生から声を掛けられた。
「ダンジョンにはボスがいる。丁度いい機会だ、おばあちゃんから貰った魔導具を使え。どうせ試験になったら大勢の前で披露することになる。いきなり大勢の前で使って失敗するのは最悪だからな。ここで試しておけ」
あえて俺をサボらせなかったのはその為か。確かに一理ある。こっちとしても魔導具の力を試したかった。
校長から魔導具を渡されたが、これまで一度も使用していない。むやみに使うのは避けるように注意されていたのもあるが、披露する場がなかった。
「わかりました」
そう答え、ダンジョンに足を踏み入れた。
◇
ダンジョン内は石造りになっていた。
全体的にうす暗い通路を蝋燭の炎が照らし、通路は数人が同時に通れるくらいの広さがある。
俺は感動していた。
このいかにもダンジョンという感じはまるで異世界に転移したな気分になる。ただ歩いているだけなのにテンションが上がった。誰が造ったのかは知らないが、中々に趣があるじゃないか。
しばし進む。
「……」
特に何もなかった。
敵がいると言うので警戒していたが、どこにもいない。ただ平坦な道が続いているだけだ。ダンジョンには付き物である罠もない。少し拍子抜けした。
「今のところは順調だね」
そのタイミングで隣から声がした。チラッと視線を向けると秋人が強張った表情で辺りを見回している。
……元親友と一緒にダンジョン探索か。
入学前の俺に教えたら絶対に信じないだろうな。魔法とか魔力とか口にしたら鼻で笑うだろう。
「どうしたの、中館君」
「……別に」
視線を逸らす。
「でも、さっきは驚いたよね」
「何がだ」
「春香だよ、東山春香。いきなり死者蘇生とか言い出してさ」
「別に驚きはない。魔法といえば定番だからな」
「僕は想像もしてなかったよ」
そういえば、秋人はあの発言の真意を知っているのだろうか?
気になる。
俺を見捨てた春香ではあるが、あいつの家族は別だ。家が近所だったので春香の家族のことはよく知っている。もし不幸があったのなら知っておきたい。
「まあ、驚いたのはあいつが言い出したことだ。あいつはいつも能天気に見えた。あいつの家族に不孝でもあったのか?」
流れの中で尋ねると、少しだけ迷った後で。
「……不孝があったのは家族じゃないよ」
「じゃあ、友達とか恋人か?」
「まあ、そうなるかな」
秋人の声には力がなかった。
これ以上は聞かないほうがいいだろうな。
他人に興味のないキャラを演じている俺だ。ここで突っ込んで聞くのはキャラ崩壊に繋がる。それは避けるべきだ。
重要な点は聞けた。あいつの家族に何事もなかったのならそれでいい。友人か恋人か知らないが、そっちは俺に全然関係ない相手だ。
話を切り上げて歩き出すと、前のほうからガシャという音が聞こえた。
「っ、敵だ!」
現れたのは土と岩で出来たゴーレムだった。
一瞬だけ警戒したが、俺はすぐに警戒を解いた。
ゴーレムはめちゃくちゃ小さかったのだ。全長一メートルほどで、のそのそとこちらに向かって歩いてくる。五歳くらいの大きさのゴーレムには怖さもないし、速度の遅さも相まって可愛いとすら思えるレベルだった。
気が抜けた瞬間、背後から秋人の狼狽した声が響いた。
「く、食らえっ、ファイアボール!」
ファイアボールが俺の顔面近くをかすめていく。制御されていないファイアボールはそのまま壁に直撃した。
危ねえな、当たったらどうするつもりだ。
「っ、落ち着け!」
「えっと、あの――」
「あいつの動きは遅い。よく見ろ」
対して俺は冷静だった。
実際には初めてのダンジョン探索に加え、初めてのゴーレムとの遭遇に少しばかり興奮していたのでそれほど冷静でもなかった。
だが、目の前で明らかに俺よりも動揺している秋人のおかげで冷静になれた。
昔から秋人はビビリだ。お化け屋敷で取り乱す姿を見ていたら不思議とこっちが冷静でいられた。そのおかげか、秋人は俺のことをいつも冷静沈着な人間だと思っていたようだ。
「ほら、遅いだろ」
「う、うん」
「冷静になったなら魔法でコアを狙え」
「……コア?」
冷静さを欠いて忘れていたらしいな。
「コアを潰せばゴーレムの動きは止まる。授業で習っただろ」
「そ、そうだったねっ」
「しっかり狙えよ。コアは胸にあるぞ」
「わかった。行くぞっ、ファイアボール!」
冷静さを取り戻した秋人は抜群のコントロールでゴーレムの胸にあるコアにファイアボールを直撃させた。
コアの光が失われ、ゴーレムは機能を停止させた。こと切れた人形のように力が抜けた。
「やった、止まったよ」
「油断するな。まだ来るぞ」
正面から次々とゴーレムがやってきた。
「よし、僕に任せて」
一度倒したことで慣れたのか、秋人はゴーレムのコアを淡々と攻撃していく。途中からは余裕が出てきたのか、動きも軽快になっていた。
程なくしてすべてのゴーレムは動きを停止させた。
「よくやった。俺が手を下すまでもなかったな」
とりあえず強者感を出しておいた。
息を整えた秋人がくすっと笑った。
「どうした」
「いや、懐かしいなって」
「……懐かしい?」
「僕って昔から臆病っていうか、結構ビビリだったんだ。でも、いつも助けてくれた人がいたんだよ。さっきね、僕を落ち着かせてくれた時の中館君が彼に重なって見えちゃったんだ」
何だか聞き覚えのあるエピソードだな。
その話には反応せず、俺は歩き出す。
しばし進むと大きな部屋の前に到着した。ボス部屋だった。




