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後編1








エリスは自分の目の前に立つシェヘレザードを見上げた。

相変わらず侮蔑の瞳。


「なにかしら?」

シェヘレザードがじっと見上げるエリスに向かって聞いた。


「あなたは変わらないですね。よくそんなんで一国の王女だなんて名乗れますね。」


シェヘレザードの視線が鋭くなった。


「だってそうでしょう?王女としてのプライドが高い癖に、王女としての責務を意識すらしない。あなたはご自身で思っている以上にわがままだし自己中心的ですよ。」


「・・・無礼だわ」


「そうですね。」

エリスは笑った。

朗らかな笑顔で。



「不敬罪で罰しますわよ。」


「お好きにどうぞ。あなたにはできないでしょうけど。」


「あら、できるわよ。」


「そうですか?私が指摘しなくても、あなたなら自覚がおありだったんじゃないですか?」


今度はシェヘレザードが笑った。


「不思議だったの。あなたは初めて会った時から矛盾していた。とても賢い目をしていたのに、言動は間違いだらけ。わざとかと思ったけれど、本気だった。」


シェヘレザードの言葉に彼女の後ろにいたティアが驚く。


「そこまで聡明なのに、なぜこんなことになったのかしら?」


椅子に座っていたエリスは俯いた。

握りしめた手を見る。


水仕事でボロボロの手。

昔はそれが普通だったのに。


苦痛じゃない家事。

なぜ私はあそこまで皇太子や皇后に固執したのだろうか。


「私にもわかりません。最初はそんなこと望んでいなかったのに。・・・気づけば泥沼にはまり抜けられなくなっていた。私のせいで息子は・・・」


エリスの懺悔の言葉にシェヘレザードは鼻で笑い、ティアは驚きを隠すためずっと下を見つめていた。



「・・・まあ、わたくしたちの昔話などどうでもよいの。こちらが本題よ。」

シェヘレザードは無理やり話を変え、ティアを前に出した。



「・・・あなた・・・見覚えがあるわ・・・どこかで会ったことがある?」


「・・・ルクレティアナと申します。以前はルアン=ロシェと名乗っていました。」


ティアの言葉にエリスはいぶかしげな表情になる。

そして、少しだけ眉間にしわを寄せ呟いた。


「ロレッソ殿下の・・・ご学友の?」


「はい。」


「・・・それでそんなあなたが私に何の用?」



ティアは無表情のままエリスの前に立った。

両手を前で静かに重ね合わせ。

何の感情も浮かばない怜悧な瞳を向けたまま。


エリスの視線が少しだけ泳いだ。


「少し・・・昔話を聞かせていただきたいのです。」


ティアの言葉にエリスは怪訝な表情になる。



「昔・・・話?」


「はい。」


「・・・何を聞きたいの?」



「陛下とは学生のころに出会って、思いを通じ合わせた、と聞きました。」


「ええ・・・。」


「貴女は学院に入れるほど賢いはずなのに、なぜそこまで貴族の常識を理解されなかったのですか?」


ティアの質問はかなり失礼なもの。

彼女は皇帝の愛妾だ。

曲がりなりにも。


ティアからすれば、まどろっこしいことは避けたかった。

たとえや曖昧な聞き方は時間の無駄だと感じたのだ。


「貴族の常識・・・じゃあ聞くけれど、なぜ私が貴族の常識に合わせなくてはいけないの?」


「平民であろうと、学院に入る時点で貴族の世界に身を投じると同意。郷に入っては郷に従え。自分のいる世界の状況に合わせるのが得策では?」


「誰が貴族の常識を作ったの?なぜ私が合わせなくてはいけないの?」


ティアは押し黙った。


なぜわからないのか。


平民の常識があるように、貴族の常識がある。

世代の常識だってある。年代によって常識が変わっていくように。

社会の変化で常識は変わるものだ。


彼女はなぜそれを理解しないのか。


まあ、そもそも理解できていれば今ここにはいなかっただろう。


「なぜ私が相手に合わせなくてはいけないの?相手は私に合わせないのに・・・」

エリスは俯いたまま呟いた。


彼女は貴族の常識というものを理解できなかった。

だからこそ妃教育が落第点だったのだろう。


妃教育自体が我慢から始まる。


きっと彼女は“我慢”というものを知らなかったのだろう。

思うがままに行動し、思うがままに理解した。

自分のいいように。


「エリス様は・・・ご自分の意思で動かれていたと思いますか?」

ティアの質問にエリスの方がピクリと震えた。



「・・・自分の意思で動いていたわ。最初の幻覚魔法は無意識だった。でも、自分に幻覚魔法が使えると知って・・・。」

エリスは何かを諦めたように話し始める。


「私は利用されたわ。きっと初めから気づいていた。でも、ケルビンの・・・陛下の気持ちを疑っていなかったから、私のほうが優位だと思ったし、気付かないふりをしても問題ないと思ったの。・・・その時に自制すればよかったのかしらね。いえ・・・きっと私は止められなかった。」


エリスは顔を上げ、ティアを見つめた。


「最初にケルビンを好きになったのは本当。けれど彼に気持ちを返してもらえていると“勘違い”してからは、彼の妻になることに固執した。そして、彼の唯一の妻になれないなら、わが子を皇帝にすると決めた。・・・私も他の皇子たちに毒を盛れば良かった?・・・私にはできなかった・・・」


「毒・・・?」


ティアが呟くとエリスがフッと笑った。


「あら。シェヘレザード様から聞いていない?最初に毒を盛られたのは第2皇子殿下よ。帝国では不妊になる危険性もあるから、幼少期の毒慣らしはしないの。だから・・・」


ティアは、最初からシェヘレザードが狙われたのだと思っていた。

シェヘレザードが毒を飲まされたのは自室。

彼女を狙ったものだと思ったのだ。


ティアがシェヘレザードを見ると、シェヘレザードは表情を変えることなくエリスを見下ろしていた。


「・・・あなた、サメイラ様の子でしょう?」


エリスが急に呟き、ティアは目を瞠る。

そんなティアにエリスは微笑んだ。


「あなた、サメイラ様に似ているわ。それに・・・ケルビムにも似てるわ・・・」

最後の言葉には視線を鋭くする。


「睨まないで。あなたの髪色・・・珍しいもの。ケルビムの髪色も珍しいし。彼の髪色を濃くした感じだわ。目もソーマ侯爵家そのままだわ。よく今までバレなかったわね。私も気づかなかった・・・その姿を見るまで。」


どこか懐かしそうな表情だった。

そして得心の言った表情になる。


「・・・サメイラ様のことを聞きに来たの?」


エリスの言葉にティアは小さく頷いた。





サメイラ様は、他国からの留学生だった。

明るいブロンドにスカイブルーの瞳。

隣国の有名名家、クライシス家の私生児。

蔑みの対象。


学院でも彼女は高位貴族たちから距離を置かれ、下位貴族たちからは馬鹿にされていた。

しかし、毅然とした態度だったうえ、成績も優秀。

他の貴族たちよりも1歩も2歩も先へと進んでいた。


だからこそ、近寄りがたく、誰もが嫉妬と羨望を抱いた。


しかし、ソーマ侯爵家のご長女フィリス様は違った。

彼女の聡明さと、気の強さを気に入っていた。


サメイラ様は元々家を出るため、貴族でありながら特待生で入学していた。


その縁でフィリス様が自分の両親に彼女を推薦し、侍女としたのだった。


最初は何事もなく時が過ぎた。


しかし、ソーマ侯爵家のケルビムが彼女に執着し始めた。


元々、サメイラ様は現実的な性格でフィリス様にも恩を感じていたから、侯爵家の人々に忠義を持っていた。

ケルビムがサメイラ様を気に入ったものの、サメイラ様は拒否していたのだ。


フィリス様も心配していたが、嫁ぐことになり家を出た。

一緒に連れていこうとしたが、当時の侯爵夫人がそれを許さなかった。


フィリス様が嫁いでから、夫人と使用人たちからのサメイラ様へのいじめが始まったそうだ。


いじめはどんどんエスカレートしていき、サメイラ様は命の危機も貞操の危機も感じていたそうだ。

一方ケルビムのサメイラ様への執着心が異常になっていき、危険を感じていたそうだ。


それもあり、侯爵夫人が当時の皇后に進言して、サメイラ様は宮廷の侍女となったそうだ。



しかし結局、侍女になってもいじめは変わらなかった。

貞操の危機からは逃れただけ。


「貞操が守れるだけましかも」と笑っていた。

私は強くてかっこいいな、と素直に感じた。


当時私は妃教育がうまくいかない上、ケルビンがなかなか真面目に話を聞いてくれないことに憤りを感じていたから、サメイラ様に話を聞いてもらってすごくうれしかった。


時が流れ、ロディエンヌが皇太子妃となった。

ロディエンヌがサメイラ様に同情して自分の侍女にした。


周囲はロディエンヌが皇后からサメイラ様を守ったと言い、ロディエンヌの評判がうなぎ上りになった。



でも私は知っている。

それこそが、全て罠だった。


あの女が如何に自分の株を上げるか。

自分が選ばれるか。


あの女の策に全員が嵌ったのだ。


きっと気づいたのは私だけ。

私も幻覚魔法が使えるから。

あの女と同じで。





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