中編2
エリスはシェヘレザードの言葉に自分の過去を思い出す。
生まれた時から魔法が使えた。
平民が使えること自体が珍しいことで、村長や近所の人たちの助けで勉強もさせてもらえた。
できることや、覚えることが増えていくと、皆に褒められた。
それに味を占めて尚更頑張れた。
ある日、身なりがすごくいい貴族の人が来た。
もう名前は忘れたけれど。
その人の後見を受けて、名門のオールディーシャ学院に通学できるようになった。
私は黒い髪に赤い瞳だったからすごく目立っていた。
授業も真面目に受けていて、成績も上位をキープ。
貴族の人たちからやっかまれたりしたけれど、村にいた時のほうがやっかみはひどかったからあまり気にならなかった。
毎日変わらない日々を送っていた。
つまらなくなって、飽きてきたのだ。
寮を抜け出して学院近くの市場にいった。
久しぶりで楽しくて時間を忘れて遊んでいた。
市場で身なりの良い世間知らずのお坊ちゃんが困っているところを助けてあげた。
それは計算ではなく、本当に善意からだったのだ。
彼が皇太子だとも、婚約者がいるということもこの時は知らなかった。
門限に遅れてしまった私は寮母に怒られるはずだったが、彼がとりなしてくれたらしく、怒られることがなかった。
あろうことか、今まで厳しかった寮母さんが急に優しく気にかけてくれるようになった。
その日以来、学院で彼と会うようになった。
彼と話しているうちに婚約者がいることがわかった。
けれど、周囲から“政略的”な婚約だと聞き、かわいそうだと思った。
彼と話すうちに彼に惹かれ、彼が欲しくなった。
彼の視界に少しでもは入れるようにと、勉強も魔法もすごく頑張った。
そのおかげで常にTOPだった。
当時の婚約者だったアローシェン家の令嬢よりも成績がいいうえに、元々見た目も派手で可愛らしい顔立ちをしていた私は、周囲の貴族令息たちからちやほやされるようになった。
そのせいで令嬢たちから、ふしだら、だの娼婦だの言われ、暴言暴力を振るわれるようになった。
皇太子だったケルビンはそんな私を大切に守ってくれた。
まさか、私の幻覚魔法が覚醒して彼を魅了していたなんて気づかなかったのだ。
そんな時、“あの女”が近づいてきた。
私はあの女に言われるがまま、ケルビンに思いを伝え、成就させた。
すでにフィルリア=アローシェンに罪悪感など持ち合わせてはいなかった。
何故か自分が悲劇のヒロインだと思い、彼女に虐げられている、という印象を周囲に与えていた。そして自分もそう思っていた。
周囲が味方に付き、フィルリアは断罪された。
幸せの絶頂だった。
愛する人がいて、大切な友人がいて。
全てが自分の思う通りにことが進んだ。
彼に愛されていたのは私なのに、何故か両親からは二度と会わない、と言われた。
まあ、両親なんかいてもいなくても変わらない、とあの時は思ってしまった。
妃教育が始まったが、賢かったはずの私は落第点を付けられた。
愛妾として宮廷外に別邸、今住んでいる場所を与えられた。
彼が来るのもまちまちになっていった。
そんな時、私の元に衝撃的なニュースが飛び込んできた。
親友であるはずのロディエンヌが彼の妃になるというのだ。
私は絶望し、憎悪した。
彼にも彼女にも詰め寄った。
でも、二人ともが私のためだといった。
だからこそ我慢した。
私はいつ彼の妻になれるのか・・・。
何年たっても迎えは来なかった。
そんな時、偉い人が私の住む家に着て「皇太子妃様が妊娠しなければ側室になることはありません」といった。
何の話かわからなかった。
彼の妻は私。
皇太子妃はロディエンヌだけど、皇后になるのは私。
あの男は一体何を言っているのか。
久しぶりに来た彼に詰め寄った。
「私はあなたの妻になれるのでしょう!?そう言ったじゃない!!どうして私はここにいるの?あなたの妻は私だわ!どうしてロディエンヌばかりを大切にするの!!」
「エリス。落ち着いてくれ。ロディエンヌは僕らのために、犠牲になってくれたのだ。彼女がお大臣たちを説得してくれた。君では皇后の責務を果たせないから自分が果たそうと。そして、彼女が妃になり、子を産めば君を側室にできる。」
「・・・なにそれ・・・どういうこと?私は皇后になるのよ!後継者だって産めるわ!!」
「だが、君は平民だ。妃教育ですでに・・・。君が皇后となるのは血筋的にも、養子に行ったとしても、難しい。仮に君が皇后になったところで君の子が皇太子になれば、つらい思いをするのは子供だ。」
わけがわからなかった。
彼を愛し、彼に愛されている。
私はフィルリアにないものを持っている。
完璧だったのに。
うつうつとした毎日を送っていた。
彼の足も遠のいた。
このままではいけない。
私は焦りを感じた。
このまま愛妾として忘れ去られてしまう。
彼に手紙を書き、1週間泊まってもらった。
毎日抱いてもらった。
それしか方法が思いつかなかったのだ。
彼の子を身ごもる。
私にはそれしか生き残る道はない。
1か月後、妊娠がわかった。
しかし、彼は迎えに来てくれなかった。
そして気づけば彼にはもう一人妻ができていた。
あろうことか彼女はすぐ彼の子を妊娠した。
私はすぐに私をだましたあの女に連絡した。
ほどなくして私は宮廷に“側室”として迎えられた。
皇妃としてケルビンの妻になった女はすごく美しい人だった。
彼女の私を見る目は蔑みの目。
慣れていたはずの目。
私は大きなおなかに触れた。
この子に同じ思いはさせられない。
その日から私は毎日のようにケルビンの元を訪れ幻覚魔法をかけた。
その時には自分に幻覚魔法の素質があることに気付いていた。
彼を意のままに操っていた。
あの女を断罪したかったけど、私を糾弾している貴族たちを黙らせるにはあの女には無事でいてもらわなくてはいけない。だからこそ、あの女を生かしておいたのに。
息子のティオリアは、すくすく育ったがあまり賢い子ではなかった。
でも、賢くなくても皇帝にはなれる。
賢い子を周囲に置けばよい、そう思った。
裏切り者のケルビンを操り、自分の思うように事を運んでいたら、気付けば私は以前住んでいた別邸にいた。
どこで間違えたのか。
どこで正せばよかったのか。
私だけが悪かったの?
あの女を引きずり降ろしてやりたかったけど、その時にはすでに遅かった。
ケルビンにも訴えたが後の祭りだった。
「いい加減にしろ!彼女は君の浅はかさや私の間違いに巻き込まれたんだぞ!身を犠牲にして尽くしてくれたのに・・・君は・・・。失望したよ。」
勝手にしろ。
あの女を信じて破滅すればいい。
あの女が何をしたのか。
馬鹿みたいに信じていればいい。
あんたも、国もきっと破滅する。
私はそうして表舞台を去った。
いや、端っから表になど立っていなかったか。