中編1
帝国の皇妃シェヘレザードの近くを侍る侍女。
彼女たちは絶対にシェヘレザードから離れない。
彼女たちは花にちなんだ名前が与えられ、ドレスもその色に準じた色になる。
ティアはピンクグレージュ。
皆さん。ピンクグレージュはピンクではないんです。
赤にアッシュが混じったような色なんです。
そんな花・・・あります?
あるんですよ。
帝国にだけ咲く花。
シルドレー。
ほとんど似た色。
強い色なんです。
目立つんです。
すごく目立つんです。
シェヘレザードの侍女たちは淡い髪色が多く、ドレスも淡い色。
ティアは比べると強い色でひときわ目立つ。
なぜ赤い髪とかいないのだろう。
呟いたつもりはないが、つぶやいていたようだ。
シェヘレザードが笑いながら教えてくれた。
「わたくしより目立つ色を近くに置くわけないでしょう。」
「では・・・なぜ目立つ私をそばに?」
「あら。あなたほど魔法も武も秀でたものはいないわ。侍女もできて護衛もできて、ドレスの融通だってきくでしょう?」
えー・・・私にメリットありますかー?
「ほほほ。わたくしは皇妃よ?ある程度好きなところに行けるわ?ねえ?」
口元を扇子で隠しているが、目が面白そうに笑っているのがわかる。
つまり。
皇妃である自分が許可するから、自分で知りたいことを調べろということか。
これって約束違反じゃない?
面倒くさいことこの上ない。
私はそっち専門じゃないのに・・・
ティアはため息を飲み込み、笑顔を返した。
皇帝や皇后はスキャンダル時代からついている侍女や侍従たちばかり。
だからこそ忠誠心があつい。
簡単には教えてくれないだろう。
ではエリスなら?
側室のエリスなら・・・?
エリスは宮廷の外の帝都にある屋敷で軟禁状態だと聞く。
月に1度外部の人間が入ることができる。
・・・と言っても、治癒術師だけなのだが。
あとは、屋敷にいる執事や使用人たちなのだが・・・。
どうやってエリスに会いに行くか・・・。
第1皇子は辺境で苦役をしていると聞いた。
彼を使うのは難しいだろう。
ティアはそっと皇妃を見た。
皇妃は変わらず微笑んでいるだけ。
しかし、目は笑っていない。
試しに聞いてみるか。
「あの・・・シェヘレザード様・・・」
「何かしら?」
「その・・・お願いしたいことがありまして・・・」
「・・・“エル”という名のデザイナーのドレスと交換よ?」
「・・・・・・・・・・・・わかりました。」
「・・・随分間があったけど?」
それもそうだ。
デザイナーエルはかなりの変わり者。
自分が気に入った人間のドレスしかデザインしない。
だけれど、彼女は刺繍もずば抜けており、刺繍が施されたドレスはとても人気がある。
ティアがお願いしたところで素直にやってくれるとは思えないけれど。
いくら彼女がシェヘレザード娘だったとしても。
「・・・エルの返事次第なので、何とも言えません。」
「あなたがお願いしても?」
笑顔なのに笑っていない。
圧がすごい。
ティアはただ小さく頷いた。
そうして1週間後。
なんとシェヘレザードが“見舞い”と称して帝都にあるエリスの別邸に行くことになった。
わざわざ皇帝と皇后、皇妃、子供たちの食事の際に話を出したのだ。
皇后は一瞬だけ表情が変化したが、いつもの笑顔になり、「それは良いことだわ。わたくしも久しぶりに会いたいわ。行こうかしら。」とまで言った。
シェヘレザードは顔色変えずに、「大人数で行っても狭いだけでしょうし、わたくしと皇后さまが同時に宮廷からいなくなるのは得策ではないのでは。そう思いませんか、陛下?」
シェヘレザードの言葉に皇帝は頷く。
しかし、珍しく皇后も後に引かなかった。
「ですが・・・皇妃とエリスは・・・元々折り合いもついていませんでしたし・・・ねえ」
と言って陛下を見るが、陛下は皇后と視線を合わせることなく答えた。
「・・・シェヘレザードも二人で話したいことがあるのだろう。エリスは体調は悪くないと聞くし、最初の頃はシェヘレザードと話がしたいとも言っていたようだから。良いのではないか。」
その皇帝の言葉に、皇后は黙り、何も言うことはなくなったのだった。
宮廷から、皇族の紋章が入った馬車に乗り、帝都のエリスのいる別邸につく。入口には兵士が4人立っている。
随分厳重だ。
門に立っている兵たちが馬車を確認し、中に通される。
背の高い壁に覆われた別邸だが、中はこじんまりとした平屋であった。
入口には執事らしき人物が立っている。
「シェヘレザード皇妃様、お待ち申しておりました。」
慇懃に深く礼をする。
シェヘレザードは手をヒラヒラと振り、すぐに中に入る。
中に入ると狭い廊下にいくつか扉がついており、一番奥の扉に案内される。
応接間らしく、テーブルやいすが置かれていた。
いや、食堂か?
そこにエリスはいた。
黒い髪をハーフアップにし豊満な体つきを隠すことないぴったりとしたドレスを着こなす。
御年50歳前の妙齢の女性にも拘わらず、若々しさがいまだ健在であった。
何か変化があるとしたら、髪の艶やかさがないことだろうか。
シェヘレザードはエリスを見た瞬間眉間にしわを寄せる。
「・・・あなたは相変わらず、貴族の常識というものがわからないのね。」
シェヘレザードの言葉に好戦的な笑みを見せるエリス。
「服のことですか?だって誰も教えてくれなかったんですもの。そうやって何が悪いか言うのではなく、嫌味を言うだけでしょう?」
彼女はオールディーシャ学院に入学できるくらい頭は良かった。
しかし、根っからの平民であることと、とても愛されて育ったため、貴族社会の常識というものを理解できなかったのだ。
「“教え”は自分から乞うもの。待っているだけで動こうとしないものに、知識など必要ないわ。」
「じゃあ、私は知識のないまま陛下の妻になってよかったのでは?」
「それとこれとは別の話よ。高位貴族や皇族は、外交の一環で他国の重鎮ともわたり歩かねばならないわ。皇后、皇妃、側室にはそれぞれそう言った責任が課せられるの。自分に合っている、若しくは自分ができるものでね。その価値がないなら、陛下を癒し楽しませるだけの存在。であれば、側室ではなく愛妾のままで良かったのよ。愛妾がそう言うことを一手に引き受ける存在なのだから。」
「なぜ私が?そんなことを?私はただ・・・」
「贅沢に暮らしたかった?多くの人間に傅かれたかった?それで実際は?満足できるくらしだったの?」
満足?
いいえ。
いつも不安で腹が立って、怖かった。




