前編2
皇帝の入室の了解を得て中に入る。
円形に椅子が置かれ、皇帝と皇后が並んで座り、周囲を宰相やアローシェン伯爵、ソーマ侯爵夫妻、ロレッソとフレイラが座っていた。
真ん中には床に突っ伏したままのアシリスが。
ティアがカーテシーをして中に入ると誰かの息を呑む声が聞こえた。
そこでハッとする。
そういえば、仮面を付けてくるのを忘れた。
仕方がない。
今更戻ったところで人の前で顔を晒したのだから。
「ロシエール商会の商会長よ。体調は大丈夫か?」
「ご心配ありがとうございます。適切な治療により、この通り無事でございます。」
「して、病み上がりながらここには何用だ?」
「彼女に・・・聞きたいことがあるのです。」
ティアが真剣な表情で皇帝を堂々と見据えると、皇帝は少しだけ、ほんの一瞬だけ目を瞠る。
「・・・わかった。聞くが良い。」
間があった。・・・何?・・・まあいいか・・・
「陛下!この者の尋問は・・・」
「皇后。私が良いと言っているのだ。」
皇后が止めるのを皇帝が一周した。
皇后の表情は変わらないが、椅子の手すりに置いていた手を軽く握るのをティアは見逃さなかった。
ティアは礼を言い前へ出た。
アシリスの元に膝をつく。
「なぜ、私を狙ったのですか?」
「・・・あなたのドレスがっ・・・」
「私のドレス?」
ティアが首をコテンと傾けて聞き返すと、アシリスの顔色が一層悪くなる。
「その・・・主役の・・・お姉さまよりも・・・め。目立って・・た・・・から」
最後はぼそぼそ言って聞き取りづらかった。
「では、エリザベス様を狙ったのもそれが理由ですか?」
ティアの言葉にアシリスがハッとする。
周囲も息を呑んだ。
「あなた!一体何を言うの!!何でもうちのアシリスの生にしないで頂戴!!」
侯爵夫人が叫んだ。
アシリスはどこかを一瞬見た後、すぐに床を見つめ、「私は知らない」と繰り返し、首を左右に振っていた。
まるで何かに憑かれているかのように。
「フン・・・アシリスのいうことも最もでしょう。今日は第3皇子殿下とうちのフレイラのおめでたい日。皆さん事前にフレイラのドレスの確認をして、フレイラよりも地味にしていたのですよ。なのに、たかが平民のあなたや大公家ともあろうエリザベス様が非常識なドレスを着ていたなんて。馬鹿にされたのは我が家ですわ!」
侯爵夫人が鼻を鳴らした。
ティアはゆっくりと侯爵夫人に視線を向けた。
ティアはエメラルドグリーンの瞳をそらすことなく夫人に向ける。
夫人からは表情がすっぽりと抜け、震える目でティアを見上げていた。
「では聞きますが。ソーマ家のフレイラ様は才色兼備で聡明だと名高い方です。ドレスのセンスなどもとても良いと言われています。にも拘らず、なぜ今宵のドレスはその色なのでしょう。」
ドレスはオフホワイトの光沢のあるもの。
ゴテゴテした飾りもなく、シンプルだがゴージャスなドレスだった。
もしも、そのドレスを着ている令嬢が、黒髪や茶髪、赤髪などであれば、問題なく目立てただろう。
しかしフレイラは金髪。
しかも光り輝く色素の薄い金髪ではなく、少し暗めの金髪。
どうしても、オフホワイトのドレスは全身同一色に見えて目立つ、という風にはならない。
どちらかというと、“無難”“まあまあ”という評価になるだろう。
「これは・・・」
ずっと黙っていたフレイラが悲しそうな相貌で声を発した。
「本日は神聖な婚約披露パーティーですわ。それ相応な恰好を使用と思いまして・・・」
「失礼ですが、フレイラ様のような完璧なご令嬢がですか?おかしくないですか?」
ティアの不躾な物言いに、侯爵夫人がいきり立った。
「なんですの!?へ・・平民の分際で侯爵家に!!あなた・・・!!」
侯爵夫人は助けを求めて隣にいた夫を振り返った。
しかしそこで固まる。
ソーマ侯爵ケルビムはティアを見上げ、愛おしそうに、誇らしそうに見上げていた。
ティアはその視線に気付いていたが、あえて無視していた。
「ですが、聡明なフレイラ様が、“そのような勘違い”をするというのは少し・・・」
「「「勘違い・・・?」」」
一同が同時に言った。
「これは、婚約式ではなく、婚約披露パーティー。誰よりも目立ち、誰よりも祝福される日のはず。フレイラ様が着るようなドレスはどちらかというと婚約式に着るようなものでしょう。矛盾していませんか?」
ティアの言葉にフレイラが床に額を当てる。
「お許しください陛下!アシリスには悪気は本当になかったのです!どうか、罰ならばわたくしに!!」
フレイラの言葉に皇帝が眉間にしわを寄せた。
「なんことだ?順を追って説明せよ。」
「はい。」
フレイラは顔を上げ悲しそうに視線を落とした。
「小さき頃より、アシリスはわたくしの物を欲しがりました。宝石やぬいぐるみ、ドレスなど。わたくしは姉ですから、全てを妹に譲っておりました。ですが、殿下との婚約が本決まりになってから・・・アシリスは・・・わたくしを妬み、殿下からいただいた贈り物を壊したり、わたくしに怪我をさせたりと、エスカレートしていきました。」
そこで一呼吸置く。
「今日の舞踏会で着ていくはずだったドレスは、アシリスが着たい、といったのですが、さすがに殿下の色ですし・・・揉みあいになってドレスが破れてしまったんです。仕方なくこのドレスにしました。」
「なんと・・・」
皇帝や皇后が驚いたようにつぶやく。
床に座った状態のアシリスはずっと首を振り続けたまま。
「では、エリザベス嬢と彼女を狙ったのはお姉さまへの懺悔ということかしら?」
ずっと黙りこくっていたシェヘレザードが皇帝の後ろから声をかけた。
「・・・え・・・はい、たぶん」
その言い方ではまるで違う、と言っているようなものではないか。
「ソーマ家アシリスよ、答えよ。」
皇帝が本人に答えるよう催促した。
「わ・・・わたくしは、ふ・・・二人が・・・めざ・・目障りだか・・・ら・・・・」
そこでアシリスは全身ふるえだし、また「違う」「わたくしじゃない」と繰り返し始めた。
皇帝はこれ以上の尋問は無意味と判断し、貴族牢に入れさせた。
結局パキルツァが、アシリス専属の侍女がもっていたところを発見された。
珍しい魔法薬草を持っていただけで、証拠とみなされアシリスの罪が確定したのだった。
静まり返った部屋でフレイラがいう。
「陛下。妹の行為は許されません。わたくしは、ロレッソ殿下の婚約者・・・いえ、未来の国母としてふさわしくありません。どうか、婚約の解消を・・・」
「何を言っているの!?あなたは皇后になるため生まれてきたの!アシリスのしたことはアシリスの選択と責任であって、あなたには何の関係もないわ!!」
侯爵夫人が叫ぶ。
「お母様!もうやめて!!」
フレイラが怒鳴って母を止めた。
フレイラは皇帝の了解を得て母を連れてその場を後にする。
去り際「婚約については後程、家同士で話そう」との皇帝の言葉に、フレイラは頷いた。
ティアもアレクサンダーに伴われて部屋を後にしようとした。
しかしシェヘレザードが止めた。
「わたくしあなたが気に入ったの。だから、わたくしの侍女になって?」
帝国の皇妃。
皇帝や皇后がいる目の前。
国の重鎮もいる。
皇帝は面白うそうな表情をしている。
皇后は表情が変わらず笑顔のまま。
侯爵は微笑み、夫人は苦虫をかみつぶしたような表情。
ティアに断る、という選択肢は残されていなかった。