そもそも彼はお医者様
「拙いな、言葉が通じないかもしれない」
「ドリアードが来てくれれば…」
そう言いながら現場の連中は、トレントが山を下りて行かないようゲートを閉じた。
トレントは魔物だ。うっかり刺激して怒らせたら、戦闘になる可能性がある。
今出来るのは、様子を見ることだけだった。
岸に上がったトレント達は、どうやら真っすぐ進むことができないようだった。すぐに倒れて、そのまま転がっていく者、座り込んでグラグラしている者、ゲラゲラ笑っているように見える者…総じて、これ酔っ払いじゃないのかな?
「酔ってるみたいですね」
私の隣にいた先生が言う。
「やっぱり、そうなんですか?」
「おそらく。あと、骨折してるかな?
腕が変なふうにブラブラしてる人が…
いや、人って言わないんですかね? 魔物?」
「魔物でいいと思います」
人と魔物の関わり方は時代や場所によって様々だ。
今、この国では人の生息域と魔物の生息域を分けて共生していた。
だが、その間に結界が張ってあるわけでもなく、大きな壁で隔てられているわけでもない。
緩衝地帯を設けて、なるべく不幸な衝突を避けているのが現状だった。
ここで堰の工事をしているのも、治水の外に目的があった。
こうして川を下って来る魔物を足留めするのだ。
ただ、想定される魔物の中にトレントは含まれていなかったが…
通常、トレントは木材よろしく川下りはしないのだ。
それはさておき、工事の作業員も有事に備えて傭兵が配置されている。
いざという時、出来る限り最小限の被害で済ませるため、戦いのプロが投入されているのだ。
幸い、接触はほとんど起こらず、傭兵たちもアルバイトの工事を黙々と行う毎日だった。
「というわけで、私も傭兵なんです。
事務所のほうで働かせてもらってますが、いざという時は、こちらへ応援に来る手はずです」
「どうりで、いつもきびきびして、恰好いいわけだ」
「…恐れ入ります」
なんて話をしている間に、ドリアードが現れた。
五十センチ程の身長で、淡い金色の髪に緑色の目の美少女だ。
全身緑色の二メートルくらいの人型魔物の肩にちょこんと座っていた。
ドリアードは現れたと思うと、トレントに近づき、バシバシ蔓の鞭を振るい始めた。
『お前らは、私の秘蔵の酒を飲み干しおって!』
…可愛い女の子に見えたけど、精霊様の年齢って、見た目ではわからないんだった。
「あのー」
なるべく刺激しないよう、班長が離れたところから声をかけた。
『…ああ、すまない。酒のことゆえ、我を忘れてしもうた。
この度は、たいへんご迷惑をおかけした。
この通り、申し訳なかった』
二メートルの高さからではあるが、ドリアードは丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、こちらに人的被害が出たわけでもないので。
速やかにお帰りいただければ、結構ですから」
『相済まぬ。お気遣い感謝する。
お言葉に甘えて、こいつらを連れて帰らせてもらおう』
さて、無事に帰ってくれれば、後は堰の補修個所を確認して作業計画を立てるだけだ。
私も手伝っていった方がいいかな、と考えていた。
ところが…
「ちょっと、待ってください」
なんと、先生がドリアードに声をかけたのだ。
『なんじゃ?』
振り返ったドリアードは目を瞬かせた。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
『お主、イケメンじゃの。イケメンの言うことなら聴かねばならん。
何なりと申してみよ』
たいへんな差別発言だが、相手は精霊である。仕方がない。
「トレントさんたちの中に、骨折している方がいるようです。
よければ添え木など、しましょうか?」
骨折…トレント、骨あるのかな?
「折れたなら、ちぎって捨てておけば、そのうち生えるだろう」
それは酷い。
過酷な現場に慣れた傭兵でも、怒るぞ。
「生えるまでに、どのくらいかかりますか?」
『三年は、かかるかの』
「添え木をした場合は?」
『三月もあれば、治るじゃろうな』
「では…」
『でも、面倒くさいのじゃ』
「私は医者ですから、お役に立てませんか?」
『お主がやってくれるのか?…う~む、では試しにやってみせてくれ』
酔いが醒めて、すっかり大人しくなったトレント。
先生は、腕と言うか枝と言うかをブラブラさせていた一人(一本?)の側に寄ると、丁寧に患部に触れていく。
チラリとこちらを見たので、側まで行った。
「薄板を細長くして、紐でつないで患部を包みたいんですが、材料ありますか?」
「…薄板のすだれ、みたいなものにしたいんですか?」
「すだれ…そうですね、そんな感じです」
「ちょっと待ってくださいね」
私は先生から、細かい寸法を聞くと、細工物の得意な仲間のところに走った。
こういうものを作ってもらえるか、と頼めば、すぐに作業を始めてくれた。
天気の影響で工事の仕事が出来ない時、酒を飲んで寝る人も多いけれど、内職をする人もいる。
工事用や、工事中の生活用に切り出した木材の残りはタダなので、人気の材料だった。
洒落たカトラリーに加工したり、自然の形を活かして置物を作ったり。
いかつい男が意外と器用だったりするのである。
出来たすだれを持って行くと、先生は喜んでくれた。
「ありがとうございます。申し分ない出来だ」
遠くから見守っていた製作者のロイドに見えるように、頭を下げている。
向こうもホッとして、応えるように手を振っていた。
先生はトレントの腕にすだれを巻くと、わざと余らせてあった紐でしっかり縛った。
トレントは自分の腕と、先生の顔を交互に見ていたが、やがて何か言葉を発した。
ずっと黙って見ていたドリアードは『感謝する、と言っておる』と先生に伝えた。
「お役に立てたならいいのですが」
『わしの見たところでは、なかなかの治療じゃ。
お主、イケメンの上に、やるではないか!』
先生は苦笑いになっている。
『礼をせねばならんな』
ドリアードはそう言うと、薬草らしきものを一束、先生に渡した。
『人の世界の金は持たんので、それで勘弁してくれ。
では、お暇するぞ。お前ら、さっさと帰るぞ』
「お気遣いありがとうございます。気を付けて」
トレント達は大人しく、ぞろぞろと森の中へ入って行った。
「薬草、すだれを作ってくれた方に差し上げましょうか?」
「いや、もらっても使えないから、先生が持って帰っていいと思います」
ドリアードとのやり取りを見ていたロイドは、それでいい、と頷いた。
堰の状態を確認していた作業員が、すぐに直さないと不味いほどの箇所はないと報告してきた。
「ジェシカ、所長に今日のこと伝えておいてくれ」
「わかりました、班長」
「先生もありがとうございました」
「いえ、余計な手出しだったかもしれませんが…」
「精霊と魔物が機嫌よく帰ってくれたので、大助かりですよ」
今後、不幸な接触が起こった時に、今回のことがプラスに作用し、少しでも友好的な解決につながる…かもしれない。
それは、意外と大事なことなのだ。
帰りの車の中、先生は無口だった。
疲れたのかな、と思ってそっとしておいたが、山を下り切って平地に着いたあたりで話しかけてきた。
「僕は外科医に憧れていたんですよ。
父の姿を見ていたので…」
「はい」
「大学で頑張って、それなりに成績も良かったんです」
「ええ」
「研修医になってすぐ、国境で少数民族との衝突があって。
現場の医師を手伝うために、そこに派遣されたんです」
五年ほど前、隣国が国境周辺にいた少数民族を迫害した。
遊牧民だった彼らが自由に移動していた土地を奪い、追い立てたのだ。
行く当てのない彼らは、武装して抵抗した。
場所が国境地帯であったため、この国も巻き込まれた。
国同士の話し合いが始まっても、少数民族側は放置されたままだった。
そのせいで、解決までにはかなりの血が流れた。
「自信があったんです。どんな患者さんも、助けられるって。
だけど、現場では瀕死の怪我人の数が多すぎ、医者は足りない。
誰かを見捨てなければ、誰も助からない。
思い上がっていた僕は結局、何もできなかった…」
私も、あの現場には行っていた。
傭兵になりたてで後方支援ばかりだったが、亡くなった人たちを一時的に掘った穴に埋める作業もした。
ボロ布にくるまれた遺体が、最低限の人間の形や大きさではないものもあった。
ずいぶんと、泣いたり、吐いたりした覚えがある…
私は車を停めた。
「トーマス、大丈夫です。
あなたは、ちゃんと自分に出来ることをやっています」
「ジェシカ…」
トーマスの涙が止まるまで、そこにいた。
窓を開けると、夕暮れの冷えた風が、私たちの頬をなでて行った。




