表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そもそも私は患者です  作者: 瀬嵐しるん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

そもそも彼はお医者様

「拙いな、言葉が通じないかもしれない」

「ドリアードが来てくれれば…」


そう言いながら現場の連中は、トレントが山を下りて行かないようゲートを閉じた。

トレントは魔物だ。うっかり刺激して怒らせたら、戦闘になる可能性がある。

今出来るのは、様子を見ることだけだった。


岸に上がったトレント達は、どうやら真っすぐ進むことができないようだった。すぐに倒れて、そのまま転がっていく者、座り込んでグラグラしている者、ゲラゲラ笑っているように見える者…総じて、これ酔っ払いじゃないのかな?


「酔ってるみたいですね」

私の隣にいた先生が言う。

「やっぱり、そうなんですか?」

「おそらく。あと、骨折してるかな?

腕が変なふうにブラブラしてる人が…

いや、人って言わないんですかね? 魔物?」

「魔物でいいと思います」


人と魔物の関わり方は時代や場所によって様々だ。

今、この国では人の生息域と魔物の生息域を分けて共生していた。

だが、その間に結界が張ってあるわけでもなく、大きな壁で隔てられているわけでもない。

緩衝地帯を設けて、なるべく不幸な衝突を避けているのが現状だった。


ここで堰の工事をしているのも、治水の外に目的があった。

こうして川を下って来る魔物を足留めするのだ。

ただ、想定される魔物の中にトレントは含まれていなかったが…

通常、トレントは木材よろしく川下りはしないのだ。


それはさておき、工事の作業員も有事に備えて傭兵が配置されている。

いざという時、出来る限り最小限の被害で済ませるため、戦いのプロが投入されているのだ。

幸い、接触はほとんど起こらず、傭兵たちもアルバイトの工事を黙々と行う毎日だった。


「というわけで、私も傭兵なんです。

事務所のほうで働かせてもらってますが、いざという時は、こちらへ応援に来る手はずです」

「どうりで、いつもきびきびして、恰好いいわけだ」

「…恐れ入ります」


なんて話をしている間に、ドリアードが現れた。

五十センチ程の身長で、淡い金色の髪に緑色の目の美少女だ。

全身緑色の二メートルくらいの人型魔物の肩にちょこんと座っていた。


ドリアードは現れたと思うと、トレントに近づき、バシバシ蔓の鞭を振るい始めた。

『お前らは、私の秘蔵の酒を飲み干しおって!』


…可愛い女の子に見えたけど、精霊様の年齢って、見た目ではわからないんだった。


「あのー」

なるべく刺激しないよう、班長が離れたところから声をかけた。


『…ああ、すまない。酒のことゆえ、我を忘れてしもうた。

この度は、たいへんご迷惑をおかけした。

この通り、申し訳なかった』

二メートルの高さからではあるが、ドリアードは丁寧に頭を下げた。


「いえいえ、こちらに人的被害が出たわけでもないので。

速やかにお帰りいただければ、結構ですから」

『相済まぬ。お気遣い感謝する。

お言葉に甘えて、こいつらを連れて帰らせてもらおう』


さて、無事に帰ってくれれば、後は堰の補修個所を確認して作業計画を立てるだけだ。

私も手伝っていった方がいいかな、と考えていた。

ところが…


「ちょっと、待ってください」

なんと、先生がドリアードに声をかけたのだ。


『なんじゃ?』

振り返ったドリアードは目を瞬かせた。


「ちょっとよろしいでしょうか?」

『お主、イケメンじゃの。イケメンの言うことなら聴かねばならん。

何なりと申してみよ』

たいへんな差別発言だが、相手は精霊である。仕方がない。


「トレントさんたちの中に、骨折している方がいるようです。

よければ添え木など、しましょうか?」

骨折…トレント、骨あるのかな?


「折れたなら、ちぎって捨てておけば、そのうち生えるだろう」

それは酷い。

過酷な現場に慣れた傭兵でも、怒るぞ。


「生えるまでに、どのくらいかかりますか?」

『三年は、かかるかの』

「添え木をした場合は?」

『三月もあれば、治るじゃろうな』

「では…」

『でも、面倒くさいのじゃ』

「私は医者ですから、お役に立てませんか?」

『お主がやってくれるのか?…う~む、では試しにやってみせてくれ』


酔いが醒めて、すっかり大人しくなったトレント。

先生は、腕と言うか枝と言うかをブラブラさせていた一人(一本?)の側に寄ると、丁寧に患部に触れていく。


チラリとこちらを見たので、側まで行った。

「薄板を細長くして、紐でつないで患部を包みたいんですが、材料ありますか?」

「…薄板のすだれ、みたいなものにしたいんですか?」

「すだれ…そうですね、そんな感じです」

「ちょっと待ってくださいね」


私は先生から、細かい寸法を聞くと、細工物の得意な仲間のところに走った。

こういうものを作ってもらえるか、と頼めば、すぐに作業を始めてくれた。


天気の影響で工事の仕事が出来ない時、酒を飲んで寝る人も多いけれど、内職をする人もいる。

工事用や、工事中の生活用に切り出した木材の残りはタダなので、人気の材料だった。


洒落たカトラリーに加工したり、自然の形を活かして置物を作ったり。

いかつい男が意外と器用だったりするのである。


出来たすだれを持って行くと、先生は喜んでくれた。

「ありがとうございます。申し分ない出来だ」

遠くから見守っていた製作者のロイドに見えるように、頭を下げている。

向こうもホッとして、応えるように手を振っていた。


先生はトレントの腕にすだれを巻くと、わざと余らせてあった紐でしっかり縛った。

トレントは自分の腕と、先生の顔を交互に見ていたが、やがて何か言葉を発した。


ずっと黙って見ていたドリアードは『感謝する、と言っておる』と先生に伝えた。

「お役に立てたならいいのですが」

『わしの見たところでは、なかなかの治療じゃ。

お主、イケメンの上に、やるではないか!』

先生は苦笑いになっている。


『礼をせねばならんな』

ドリアードはそう言うと、薬草らしきものを一束、先生に渡した。

『人の世界の金は持たんので、それで勘弁してくれ。

では、お暇するぞ。お前ら、さっさと帰るぞ』

「お気遣いありがとうございます。気を付けて」


トレント達は大人しく、ぞろぞろと森の中へ入って行った。


「薬草、すだれを作ってくれた方に差し上げましょうか?」

「いや、もらっても使えないから、先生が持って帰っていいと思います」

ドリアードとのやり取りを見ていたロイドは、それでいい、と頷いた。


堰の状態を確認していた作業員が、すぐに直さないと不味いほどの箇所はないと報告してきた。


「ジェシカ、所長に今日のこと伝えておいてくれ」

「わかりました、班長」


「先生もありがとうございました」

「いえ、余計な手出しだったかもしれませんが…」

「精霊と魔物が機嫌よく帰ってくれたので、大助かりですよ」


今後、不幸な接触が起こった時に、今回のことがプラスに作用し、少しでも友好的な解決につながる…かもしれない。

それは、意外と大事なことなのだ。



帰りの車の中、先生は無口だった。

疲れたのかな、と思ってそっとしておいたが、山を下り切って平地に着いたあたりで話しかけてきた。


「僕は外科医に憧れていたんですよ。

父の姿を見ていたので…」

「はい」

「大学で頑張って、それなりに成績も良かったんです」

「ええ」

「研修医になってすぐ、国境で少数民族との衝突があって。

現場の医師を手伝うために、そこに派遣されたんです」


五年ほど前、隣国が国境周辺にいた少数民族を迫害した。

遊牧民だった彼らが自由に移動していた土地を奪い、追い立てたのだ。

行く当てのない彼らは、武装して抵抗した。

場所が国境地帯であったため、この国も巻き込まれた。


国同士の話し合いが始まっても、少数民族側は放置されたままだった。

そのせいで、解決までにはかなりの血が流れた。


「自信があったんです。どんな患者さんも、助けられるって。

だけど、現場では瀕死の怪我人の数が多すぎ、医者は足りない。

誰かを見捨てなければ、誰も助からない。

思い上がっていた僕は結局、何もできなかった…」


私も、あの現場には行っていた。

傭兵になりたてで後方支援ばかりだったが、亡くなった人たちを一時的に掘った穴に埋める作業もした。

ボロ布にくるまれた遺体が、最低限の人間の形や大きさではないものもあった。

ずいぶんと、泣いたり、吐いたりした覚えがある…


私は車を停めた。


「トーマス、大丈夫です。

あなたは、ちゃんと自分に出来ることをやっています」

「ジェシカ…」


トーマスの涙が止まるまで、そこにいた。

窓を開けると、夕暮れの冷えた風が、私たちの頬をなでて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ