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寮の部屋を整えながら 母の手帳を読む。ゆっくりとした時が過ぎていく。
一つ一つの事が新鮮で驚きと共に心が湧きたつ。
いつぶりだろう。こんな風に物事を考えられるようになったのは。
母といた頃は母の言うとおりにしていた。母が亡くなり北の部屋に移ったころからは
自分から何かを願ったりすることはなかった。父に期待できないから。
母が生きていた時は満たされていた?違う。
思考することが無かった。何かと比べるということがない。母の人形のようだ。
赤子でさえ泣いて自我を示すのに なぜ私は何もしなかったんだろうか。
母が倒れて気が付いたら北の部屋で暮らしていた。父と知らない人たちが我が物顔で、
暮らしていることの意味が解らなかった。怒りも羨望もなかった。
帰ってきた父に言われるまま静かに暮らすことに何も感じなかった。
多少の不便があっても父が存在した暮らしは元からなかったから。
父と同居する生活になってもそれは変わらなかった。
病気になっても父が訪ねてくることはなかった。
隠れてセバスとメリーが、薬や食事を運んでくれた、
病から回復した頃父の存在をさらに感じなくなった。父を諦めた。
「学園には、出してやる」
それだけで自分の未来が開けた。母のように来ぬ父を待つような暮らしはしたくない。
屋敷を出る機会を母が与えてくれた。生き抜こうと思った。ソフィーは変われる。
学園に行くことはこの屋敷を捨てていくこと。一人で生きていくこと。勉強は沢山した。
家庭教師がついて学んだ。母にも教わった。だが 何一つ世間を知らずに生きてきた。
住むところ、食べる事、着る物、お金の稼ぎ方、使い方も知らなかった。メリーとセバスに
お世話になった。まだまだ 学園の寮の箱の中で守られながら巣立つ準備をしなければ。
思考のドツボにはまっているうちに部屋の外からざわざわと音が聞こえた。
入寮生が来たのだろう。来年にはダイアナが入学してくる。
ダイアナは、ソフィーと違って華やかな美人だ。姉妹と分からないようにしないと。
寮に入るかもしれない。男爵なら同じ階になるかもしれない。できるなら避けたい。
1学年は基礎教科を2年から専門コースに分かれて学習する。
ダイアナが2年の時同じ専門コースを取らなければよいだけだ。
ダイアナは貴族令嬢として淑女コースを取るだろう。貴族令嬢は学ぶことが多いい。
一般教養は当たり前で他国語を学びお茶会の作法からお茶会の開き方
刺繍に音楽、ダンスに家政の管理まで段階が多くある。
学院終了時主席なら低位貴族でも高位貴族から求婚されるほどだ。
成績優秀者は卒業前に婚約される方も多いい。
ソフィーは文官コースを選ぼうと思う。文官といっても職場は多くある。
他国との折衝を担当する外交部 財務を預かる財務部 治政関係の政務部 ・・・
まだまだ貴族男性が中心だが女性の就業も増えている。
魔法がどこまで上達できるか未知数なら女性の自立の高い就職場所だ。
入寮者が増えていくと寮の食堂も賑やかになってきた。
王都に近い貴族は自宅から、地方の貴族でも王都に屋敷がある者は王都のタウンハウスから
それぞれ馬車で通学してくる。寮に入る生徒はそれほど多くはない。
多くは私の様な貴族でも豊かでない者や優秀な平民が入ってくる。
学園生活は勉学も必要だがこれからの人生に必要な社交性を人との繋がりを学ぶ。
学園は小さな社交場 貴族社会の縮図だ。
私は静かに勉学に励みたい。友人というものが何なのかわからない。
母以外は使用人しか知らないからだ。
食堂で多くの人を見て初めは眩暈がしたが少しずつ慣れてきた。
食堂ではメリーのように恰幅のいいおばちゃんが痩せている私に大盛を出してくれた。
食べきれない。「たんと食べなよ」と声を掛けてくれる。胸のあたりが温かくなる。
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