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わたしは、モンゴメリー男爵家の長女として生まれた。栗色の髪に茶色の瞳、美人ではない。
それでも母は、可愛い可愛いと言ってくれていた。父はいつも屋敷にはいない。
年老いたおじい様の世話と屋敷の事で母は、とても忙しそうだった。
私との時間もなかなか持てなかった。
私は、家庭教師がついて貴族としての勉強をして過ごしていた。
そして私が10歳の時におじい様が倒れた。
父の不在のなか母は、一人で男爵家を支えていた。おじいさまが亡くなった。
おじいさまの葬儀のなか母が過労で床についた。そして1ヵ月もしないうちに母は亡くなった。
私だけが母の手を握り冷たくなっていく母を見守っていた。
「お父様 お母さま調子が悪い。お医者様呼んでくれませんか」
「寝ていれば治る。忙しいんだ。何かあったらセバスとメリーに声かけなさい」
「でも いつもと違うの苦しそうなの。お母さまのお顔見てから出かけてください」
「忙しいと言っているだろう。子供は黙っていなさい。セバス頼んだよ」
そう言ってすがる私を振り切って父は出かけて行った。
母を見舞うこともなく声を掛けることなく出かけて行った。
私は父に抱きしめられたことがない。父は、忙しいと家にいることはなかった。
私や母に声を掛けることもなかった。それが当たり前の生活だった。他を知らなかった。
母が亡くなり静かなお葬式をした。
親族は、誰もいなく私と父と執事のセバスだけだった。
母の好きな花もなくただ木の箱にやつれた母が眠っているだけだった。
そして葬儀の当日の夜も父は出かけていった。
私は毎日広いテーブルの片隅で一人で食事をして家庭教師に勉強を見てもらうだけの
生活が続いた。母がいないだけでこんなに静かな屋敷になってしまった。
葬儀から1週間後に新しい母がやって来た。可愛い女の子を連れていた。
「ソフィー 新しいお母さんだ。この子はダイアナと言って10歳だ。仲良くしてくれ」
見たことのない父の笑顔だった。一緒の女性は母と違って妖艶な大人の女性だった。
「初めまして ソフィーちゃんこれからこちらで暮らすことになりました。よろしくね」
優しそうに声を掛けてくれたがその声が終わらないうちに
可愛いピンクのワンピースを着た女の子が父に声を掛けた。
「お父様 ダイアナの部屋は何処? お荷物整理しないといけないから」
まるで 私が居ないように話をする。お母さまがいた部屋はいつの間に片付けられ
新しいお母さんの部屋になっていた。そして私の部屋はダイアナの部屋になっていた。
「ダイアナ 荷物はその部屋に一応入れておきなさい。内装や家具はこれから買いに行こうね。
好きなものを選ぶといいよ」
「ほんとに ありがとうお父様。大好き」
「私も愛しているよ」
「あら 旦那様妬けてしまいます」
「何を言っている。君が僕の一番だよ。ダイアナは僕と君の宝物だろう」
「分かっています」そう言う笑顔の継母に父はそっと口づけをして抱きしめた。
「ソフィー様 お部屋の荷物はこちらに移してあります」
執事のセバスが、申し訳なさそうに奥の北側の部屋に案内してくれた。
以前と同じように家具は配置してあっても 昼なのに薄暗く窓からは裏庭しか見えない。
屋敷の北側の部屋は、病人部屋だと言われていた。
南向きの明るい部屋にいた母は、病気がちになって気が付いたら北側の部屋に移された。
病気をしたら北側に移るのが普通だと思っていた。
健康な私がなぜ北側の部屋に移るのか分からなかった。
しかし家の主が決めてことに逆らうことなどできない。
お父様と新しいお母様とダイアナはテラスでお茶をしていた。
まるで最初からここに居たように。ダイアナの話し声に笑う父と継母
そこだけに春の日差しがさしているようだった。
母の死がなかったことのように日常が戻った。ただそこには私は存在していなかった。
食事も呼ばれることはなかった。セバスがそっと部屋に届けてくれるようになった。
「ソフィー様 お部屋でお食事をしてほしいと御主人様からのお願いです。何もできず
申し訳ございません」そう言って年老いた執事が頭を下げた。
「セバスありがとう 食事だけ運んでくれたら生きていけます」
セバスは、俯いたまま部屋をでていった。
侍女のメリーが、時々部屋に声を掛けてくれる。シーツや着替えをはこんでくれた。
年老いセバスやメリーに助けられながら静かに北の部屋で過ごすのが当たり前になった。
父にはおじいさまが認めなかった恋人がいた。
おじいさまが連れて来た母を父は気に入らなかった。
だから 父は街で家族として暮らしていた。
ダイアナがいたから私は必要なかった。私には最初から父はいなかった。
その分母が愛してくれていた。それだけで幸せだと思えた。
父はおじいさまの死と母の死で男爵家を正式に継ぐことが出来た。
そして再婚してダイアナという跡継ぎを迎え入れたのだ。
そんな日が1年ほど続いた春先 学園から入学の知らせが届いた。
母が申し込んでくれていた。貴族の娘なら最低でも学園を卒業しないと結婚も仕事も
付くことが出来ない。王都の学園なので寮生活になる。
ここを出たら もどってくることはないだろう。
新作です。
よろしくお願いします。