狂ってしまった弱者
「いい。良い、いい匂いだ…美味しそうじゃないか……ンフ、ンフフ、アハハハハハ‼」
「ムッーー!ムッームー!」
暗い倉庫の中。外はまだ明るいのにそこには光が入らない。
そこには声が届かない……
そんな中で異色とも言えるテーブル。
赤いテーブルクロス…
そしてその割にそれに似合わぬ食事……
その光景をさらに不気味にさせる二人
ただの人であろうか?
否、片方は口元をガムテープで塞がれ、もう片方はピエロのひょうきんな仮面をつけている。
まさに異質。
世は大恐慌。
何処もかしこもこのようであるのかもしれない。
しかしここにはどこともやはり違う。
普通ならば人の声くらいは聞こえるものだろう。
普通ならば食事など用意しないだろう。
普通ならば笑うものなど居ないはずだろう……
「いい朝だ………朝、良い朝。嗚呼…私の朝だ。…否!。そうだ!私達の朝だ!」
黒い物を構える。
パン!
乾いた発砲音。
飛ぶ血飛沫。
……笑い声……
この男には何があったのだろう……
グビリと酒を煽る喉の音が静かに鳴った。
❉❊❉
バスの中。
本来衝撃を緩和する所謂サスペンションがついてあるはずのそれは、ゴトリと音を立てながら町中を進む。外の寒さからか少し結露した窓。できるだけバスの経費を下げているのだろう。
一方で俺は窓に頭が打ちつくのも気にせず、ただ呆然と窓の外を眺めていた。
「おい、あんた。うるさいからやめてくれよ」
隣からのクレーム。
すまないと返事を返す。
見れば隣のやつも服はボロボロだった。
―――何処もどこもだな。
バスが信号で止まる。
座り直し、窓を手で拭う。そして町を見やった。
子供が炊き出しに並んでいる。
親は遠くで見ている。
サボっている。というわけではないのだろう。
お優しい教会の皆様方は子どものほうが幾分か多くくれるのだ。
しかもいちいち子供の顔など覚えていないんだ。
それは何度も並ぶはずだ。
信号が青になる。
進むバスの中でふと考える。
本当の俺は一体何をやっているのか。
そんなことを。
というのも、最近の不景気を受けて何処の店も潰れたのだ。
もちろん俺の店も例外ではなかった。
つまりあれだ。今の俺はアルバイトだ。
もちろんそれだけでは足りない。
だから……
汚らしい穴のところどころ空いたコート。
その内ボケット手にをやった。
――よし、ある。
手にしっかりとつく紙の感触。
真新しかった。それもそうだ。なにせ新品。
合法ではない。勿論だ。だいたい今の御時世、半分アルバイトの男に金を出すおめでたい銀行なんてない。何処の銀行もカネがないからな。
多分政府にも無い。
今金を持ってるってのは…
窓の外。
すぎる視界の中にすぐにでもわかる富裕層の親子を見つける。
―――あーいう奴らだ。
プシュ~。間抜けなバスの止まる音。またもの赤信号。
この赤信号を売り飛ばしたら金になるんじゃないのかとか、そういったことすら考えている。比喩なしに脳が萎縮しているのかもしれない。
実際に飯は食っていない。でも今日はいい飯が食えそうだ。
胸元を守る様に腕組をした。
拭ってからやや経ったからか白く戻りつつある窓から再び外を見やった。
街の広場で老人たちがどこからか集めた木材を燃やしている。
木片にはここからでもはっきりわかるほど赤いペンキが塗られていた。
今だけでもあたたまる為に。今だけでも……幸せのために。
思い出の家の一部を壊したのだろう。
―――哀しいな。
心にも思っていない言葉が思い起こされる。
とうとう俺もどうやら心が死んだらしい。
ああ、いや、でも、そうだ。そうだった。俺には彼女がいる。彼女がいるんだ。まだ俺は大丈夫だ。
しかしもし今の愛人がいないと俺もそとのやつらと全くと言っていい程同じ状態出会ったと思う。
そんなことを考える俺の耳にまた呑気な音が聞こえた。
どうやら出発のようだ。
手を内ポケットの中に突っ込んだまま目を閉じた。
そのままバスに揺られ眠っていた。
これ程までに居心地の良くない車内でも寝れたのは疲れているからだ。
そう信じた。
……
………
…………
………
……
声をかけられ
目を開ける。
未だまどろみの中にあった体を起こし、ややふらつく。
どうやら終点のようだ。終点。つまり辺境と言ってもやはり大都会。石造りの家々が立ち並んでいた。それもアパート。それなりに高い。
ドライバーに綺麗な金を渡す。
ドライバーの驚いた顔が目につく。こちらに声をかけようとして………納得顔を見せた。どうやら借金したことに気づいたらしい。
そのままバスを出る。
どうやら雨が降ったらしい。
もうやんでいるためすぐに帰ろうと服の襟を立てた。少し肌寒い。
が、後ろから一人の軍人が声をかけてくる。
「おい、来い」
「な、なにすんだよ!」
「いいから来いよ!」
ドガ!
頭を殴られた。
痛む頭を抑えながら取り敢えずは指示に従う
「入れ」
どうやら裏路地に俺を連れ込みたいらしい。
「わ、わかったよ」
蹴られつつも奥へと進んでいく。
バスの上に
やがてしばらく進んだところで止まれとの指示が出た。言われた通りにに止まる。
異質だった。軍服を着た男。散乱するゴミ。そしてそのゴミの中に倒れ込んでいる男。否、それだけではただの金を持った飲兵衛が酔いつぶれ、迷い込んでしまっただけであろう。しかしそれには留まらなかった。男は顔面が赤く濡れていた。更に言えば青く腫れていた。と言ってもおそらくは服の中も似た状態なのであろうが……ともかくヤバイ。おそらく今から俺はこいつと同じようになるのだろう。そして軍服のやつは仲間なのだろう。俺に勝ち目がない
「やめてくれよ…」
「じゃ、……わかってるよな?」
ニタニタした顔で俺のポケット辺りを叩く。
気づかれている。いつだ?いつから目をつけられていた?銀行?町中?下車した時?
ああ、そうか……バスの中か…
おそらくだか胸元を気にしすぎたんだ。ただのやつは気づかない。でもコイツラは多分常習犯。多分そういうことだ。俺が起きる前にバスを出たやつが……
倒れている男に目を向けた。
「わかった」
無駄に反抗してはだめだ…殺される。
金を渡す
「ありがとよ!!」
そう言って去っていく男たち。
……とは行かなかった。
「なんてな!」
その一言とともにパンチを食らう。
「は、話が「話ぃ?後でなんかされても困るからな!ここでやっちまうんだよ!」
そう言って再度拳を食らう。防ぐことしかできなかった。ダンゴムシのように地面に蹲り、耐えるしかなかった。ああ…クッソなんて人生だ。なんのために俺って生きてんだ。何で……そうだ…彼女に会わないと……「グハっ!」
一際大きい衝撃を考えていた頭に食らう。
だめだ…意識が薄くなっていくのを感じる。頭からぬるい液体が出くるのを感じる。
地面に未だ乾かずある雨水が体を一層冷たくするのを感じる…
気づけば家の戸の前にいた。
突拍子もないが何故か家にいた。
平凡なアパートの一室。たしかに俺の家だった。理解ができない。
思わず頭を触る。
「痛!」
夢ではないらしい。怪我を負ったのも。何もかも。
そうだ!金は!?!
胸元を触る…
「ある……」
どういうことだろうか。しかし戸の前でつったていても仕方がない。鍵を開け家に入る。そして同居しているはずの彼女を呼び出した。
「おーい。ただいま~」
……
おかしい。返事がない。悪い予感が身体を燻る。
「おい!!」鍵も閉めず
急いでダイニングに走る。ドタドタと足の音が騒ぐ。扉を開け、見回す…いない…
扉が開けっ放しのことも気にせず家中を探した。
トイレ、他の部屋、キッチン、果にはクローゼットの中まで…
しかしいない。
リビングに戻り、心を落ち着かせる。
と、先程は気づかなかったが紙切れがあった。
『さようなら。お元気で』
たった二言。
崩れ落ちた。
呆然と涙は流れなかった。
悲しさとともに何処か納得というか、胸にすっとした感じさえした。
何故だ。という考えは浮かばなかった。
元々お可怪しかったのだ。このような俺に恋心を抱くような人が本当にいるなど……
崩れ落ちたまま、手を伸ばし、机を叩き、紙切れをグシャグシャにした。
気づかなかったが、手についていたのであろう血も気にせず、ただ破り捨てようとした。しかし出来ない。
確かな実感を覚える。これが彼女のものだと。震えた文字ではあるがそれは彼女の文字であった。
嗚呼、そうは言ったがやはり悲しい。
納得というがやはり悔しい。怒りすらやはり覚える。
しかし…貧困の中で鍛えられた心は哀しいかな、そんなことで…というかのように動かない。机を叩き、紙が紙と判らぬほど欠落させる。
これほどの事しかできなかった。
一度は幸せを感じてしまった。噛み締めてしまった。歩んでしまった。
出来ない。忘れられないのだろう。
心そのまま
シャワールームへ向かった。
呆然としたまま
リビングでテレビをつける。
惰性のまま
酒をつぎ。タバコに火をつけた。
ダメ男の出来上がりだ。
このままタバコを落とし焼身自殺するのも悪くないかもしれない。
馬鹿な考えだろうか。
たった一人の女で……と思うだろうか。否、彼女は唯一だったのだ。
……
………
……ん?
ふと、気付いた。
知らない足跡。
床の上で踊る足跡。
そこかしこの統一化された靴の跡。
思い立つ。軍だ。
また軍だ!
文字が震えていたのはそういう事だ!
……思うが仕方ない。どうしようもない。だって軍じゃないか。一般人の俺がかな買うような相手ではないではないか。
頭をかきむしり、膝を殴る。
…痛い!…痛い!痛い!
はぁ………
❉❊❉❊❉❊❉❊❉
ピピーピピー
うるさい。
時計を止めた。
窓の外を見ると朝だった。寝ていたらしい。
床に落ちたタバコは偶然にもこぼれた酒が消していた。
今度からは酒だけは片付けようと決心を固める。
腕時計を見た。
バイトの時間だ……
身支度をし、かばんに荷物を雑に放り込む。
金は持っていかない。昼も抜く。
道すがらに考えた。
諦めたとは言うものの、やはり不満は募っていた。
どうすれば軍人をやれるだろう。
どうすれば……?
暗殺か?誰が?俺?まさか。
他の人に頼む?金が無い。
それで生活の分がなくなりゃしまいだ。
めぐる考え、出ない答え。
どうすればいい。
身の安全のまま人を殺すのは。
閑話休題。
店の前だ。
気持ちを切り替える。
他のやつに挨拶をし、ロッカールームへのろのろ行く。
遅いと言われながらも無視をして、努めてゆっくりとした。
金持ちへのせめてもの反抗だった。みすぼらしい。卑しいがこれしか気分を保つ方法がなかった。
いつものように品出しをし、商品をレジに通し、金をもらい。
通帳につけ、業者から商品を受け取り、金を渡す。
1時間、2時間……
時間は過ぎていく。
やがて昼が終わり、仕事が終わり、
そのまま帰路が過ぎた。
家に着くなり
昨日切らした酒瓶を机に置いた。
注ぐふりだけでもやった。
酔いたかった。
それでもやっぱり頭は冴え渡っていた。当然だ。アルコール度数どころかただの空気を飲むんだから。
…考えはやはりまとまらなかった。何も浮かばなかったんだ。
漠然とこうしたいだとか、こうなればとはいくらでも思いついた。……が、実行するとなるとやはり難しい。それもそうだろ?だって手段がないんだから。
そうやって考えて考えて、やっぱりこうなればの諦めというかそのところに行き着いてしまう。無力なものだ。母親が死んでから何も変わっちゃいない。やっぱり何もできないし、何も起こせない。やることなすこと裏目に出る。
……
……いつか聞いた。母から聞いたんだ。「人生そんなに悪くない。なにかやったら誰かが見てくれるもんだよ。だから正義であれ」
ああ、分かっているさ。でももう無理だ。耐えられない。あれだけやった。女も作った。仕事もやった。首されてアルバイトになっても働いてる。金も稼いだ。安い賃金でも。借金しなくてもいけないぐらいでも。真っ当に。
犯罪も犯していない。馬鹿な金持ち政治家共が作った法律にも、制度にも……!なんにでも!!……従ったじゃないか!!!!!
…拳に力が入ったのを感じる。
それを自覚してしまった。
力を抜き、天井を見る。
……俺はいつ。報われるんだ。
何度目かの酒を煽ろうとする。が、それは空を切った。しまったとも思ったが、思えば空だった。刹那、グラスが落ちる。テレビのリモコンとともに。
偶然にも電源ボタンが押されたようで、ニュース番組が出てきた。
消そうとしたところで、思い留まり少し見てみることにした。
なんてことはない。少しお茶を濁したかった。しんみりとした空気を取っ払いたかった。
『昨夜、軍服を着た者が、何者かによって殺害されるという事件が起こりました』
現場が写りだされる。
あそこだった。
「ま、まさか」
『殺害されたのはレーニン、マーカスというものであり、警察は依然として犯人の足取りをつかめておりません』
「だ、誰かに殺されたんだ!」
考えてみれば当たり前だ! 俺以外のやつがみんな弱いわけない!!
報復だ!!当然だ!!
『なお、拳銃が盗まれ…
ブンッ
勢いのままテレビを消し、シャワーを浴び、ベットへ潜り込んだ。
いい気分のまま眠りたかった。
疲れを気にしないまま泥のようになりたかった。
「でも……だれが?」
誰もが眠くなるような深夜。小さな疑問だけが空を舞った。
❉❊❉❊❉
ドンドン!
「居るか!?開けろ!警察だ!」
突然の怒号にベットから転がり落ちた。
「な、何だ!!?」
バギ!!
扉が潰されたらしい。
何が起きているのかはわからないが、とりあえず逃げるに越したことはない!
今の御時世、国家権力に捕まっちまったら一発アウトだ。生きていけない!
て言うわけで裏の窓から飛び降りた。
さいわい、金は枕元だったので食うのにはしばらく困らない。あくまで暫くだが……
転がりつつも、地面に着地する。
「おい…お前…!こっちだ……!」
裏路地から顔を出した男性がこちらを覗いていた。そしてそこから発せられる忍び声。
呼ばれた。味方か?いや、でも…服が警察のやつだ!
「け、警察…?!なんで俺に味方するんだ…!」
「いいから来い…!」
腕を引かれる。周りを気にしながら急ぐ彼はどうやらアイツラとは別らしい。
昨日までほとんどと言って食えないほどだった俺は大して対抗もできな
まま連れて行かれている。しばらく進んだところで離される。
「何なんだよ!突然!」
「いいか?このまま先へ逃げろ。振り向くなよ?あと帽子かぶれ」
質問も返されぬまま、無理やり雑に帽子を被せられた。
「なんでこんなことを……?」
彼が目を見開く。
「忘れて……いや、今は話してる場合じゃない……!」
押されるままに加速した。ともかく言われた通りに走っていくことにした。どっちにしても行ける方向はこっちしかない。であればとできる限りの速さで走った。
必死で気づかなかったが雨が降っていた。濡れながらも必死で走る。
走って、走って、地下鉄に入ったところで力尽きた。
金を使って逃げるつもりだ。不幸中の幸いというか、ここは安い。三、四駅行ったところで降りよう…
殆どいっぱいの電車に乗る。
ザワザワ
ザワザワザワザワ
騒がしいな……
「な、なあ…あんた」
また声をかけられた。まさかと思い頭を触る…無い…!帽子がない!
どうやら一夜で随分と顔が知れたらしい。未だ何をしでかしてこうなったのかは謎だが、とりあえず言っておこう。
「…見逃してくれ」
膝を折り、床に額をつける。日本ではこうやるらしい。随分と前に聞いたことがあった。
「や、やめてくれ。今この電車を使ってる奴らにあんたを憎むやつなんていねえよ…」
「そうだそうだ!」「当り前よ!」「英雄!」「英雄!」「そうだ!」
かしこから聞こえる賛同の声。頭を上げる。
「どうして……」
そういう俺に誰かが新聞を渡す。
『殺害者判明。ルーク-バレンタイン。………市民は革命者だとして彼を持ち上げているが……』最後にはデカデカと俺の顔までご丁寧につけられていた。
いや、そんな……え…でも…
事実を受け止め、だんだんと思い出す。
記憶の端にようやく映るあの日の記憶。断片的ではあるが、馬乗りになり殴った記憶。そのまま銃を奪い心臓に何発か鉛玉を打ち込んだ記憶。いくつかが溢れてくる。
「そうか……俺だったのか………!!!」
立ち上がる。
もういいんだ。
母の遺言も…
人道とかも……
どうせ報われないんだ。
せいぜいやってやろうじゃないか!!
「すべて……全て!ぶっ壊すぞ……!!!」
ウォオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーー!!!!!
列車が揺れる。
レールの隙間でではない。
車内の声!熱気!動き!動乱!
それらが揺らしていた!
さあ宴だ!
沸き立つ第一歩だ!!
今思えば警察の彼も!賛同者だったのだろう!
湧き上がれ!
突撃だ!
反逆だ!……否!正義の執行だ!!
さあ……!さあ!進め!
賛同者を集え!
秘密裏に!
着実に!
「やるぞ!ヤッてやるぞ!!殺ってやるぞ!!」
開幕だ!俺たちの物語の開幕だ!!
俺達の朝が来た!!いや!来させよう!!
金持ち共を引き摺り下ろせ!
政治家をひっくり返せ!
軍を崩壊させるぞ!
だがいまは早い……忍び寄るぞ……這い寄るぞ……
美酒は我が手に