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上原屋敷の大事な子 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、今年の冬の日差しってやけに強いと思わない? 私、あまり肌が強いタイプじゃないから、だいぶこたえるわ。今日だって、日焼け止めクリーム塗っているのよ?

 太陽の光は恵みの光というけど、人間にとっては有害な要素も多いわ。自覚症状がなかったとしても、皮膚の表に出てくる変化は他の人の気分を害するかもしれない。それがきっかけで人間関係が悪くなったりとかしたら、ちょっときついわねえ。

 医学的な見地からも、暑いところにとどまるのは良くないらしいわ。日陰とかで休むことが大事だけれども、実はこの休憩。必ずしも「休んで憩う」というわけにはいかない、というのが困りものなのよ。

 休憩をめぐるちょっと不思議な話を聞いたんだけど、興味ないかしら?


 私の友達の友達の話になるんだけどね。その子は外で遊ぶのが大好きなんだけど、困ったことに立ちくらみや熱中症で、ダウンした経験も多々あったらしいの。小さい頃にお医者さんには「長時間の運動を避けて、こまめに休憩するように」という注意も受けたとか。

 親御さんとしてはあまり身体を動かしてほしくなかったらしいけど、彼女自身は押さえつけられるのが大嫌い。かといって、好き好んでぶっ倒れたくもないから、はしゃいで休んで、はしゃいで休んでのサイクルが、彼女の中では確立していた。

 小学校の中学年で転校した先でも、同じように遊んでいたのだけど、いよいよその日が訪れちゃったのよね。


 新しい友達と遊び始めて、しばらく経ったころ。仲間のひとりが「今日は上原の屋敷跡にいこーぜ!」と声をかけてきたの。上原の屋敷は、学区の隅っこに存在する。その上原さんが住んでいたのはずっと昔のことで、今は空き家になっているのだとか。

 建物そのものは小さいのだけど、敷地がべらぼうに広い。そしてその敷地内の八割方が木々に覆われていて、外からだと屋敷のてっぺんに取り付けてある鐘が見えるだけ。その下はうっそうと茂る緑の海に隠されている。

 立ち入り禁止の札が掛かっていたりはしないけど、たいていの人は中へ入ることはしない。今やスペースを存分に使うのは、畏れるべき相手を知らない子供ばかりだったというわけ。


 そうしてやってきた彼女だったけど、周囲の家々よりも高くそびえ立つ数々の木々に、気おされそうになったと話していたわ。屋敷は車道に囲まれていて、他の家々とは少し距離を取っている形。いかにものけものにされている感が出ていた。

 声をかけた友達のひとりが先導し、他のメンバーと共に彼女は後をついていく。敷地の入り口から屋敷にかけては、木々に挟まれた一本の細い道になっていて、迷うことはなかった。

 お屋敷といっても、そこまで古めかしい感じじゃない。横長で平屋の屋敷は、波打つような木組みをした独特の壁を持ち、腰高窓同士が規則正しく並んでいる。どことなく校舎を思わせる作りだと思ったらしいの。ちょうど太陽が友達の背中から照り付ける方向だったから、ガラスに陽の光が反射して、ほのかに赤く染まっているように見えたんだって。


「ここの敷地内でかくれんぼな! 最初に言っとくけど、建物の中に入るのあり! でも知っていると思うけど、この屋敷、幽霊が出るかんな! 何があっても、自分で何とかするってことで!」


 平然と告げる件の彼に、友達はびっくり仰天。すぐ隣の子を捕まえて事情を聞いた。

 この屋敷、確かに空き家になっているはずなのだけど、ここで遊ぶ子供の中には、窓のそばにたたずむ人影を見たらしいの。彼らが口を揃えていうには白い着物を着た美人さんで、ふとした拍子に屋敷の方を見ると、窓のそばを通りすぎていくことがあるのだとか。

 遊んでいるこちらへ顔を向けることはあまりなく、やがて廊下に並ぶドアの向こうへ消えていってしまう。ちゃんとドアそのものを開けて。

 これだけだとただの人のように見えるけど、彼女を幽霊たらしめているのは、屋敷の中への立ち入りを拒むかのようなポルターガイスト現象。

 彼女が屋敷で何をしているのか確かめようと踏み入った子がいるんだけど、玄関の戸を開けた拍子に、目の前で天井に下がっていた電球が落ちて割れたの。普通なら四方に飛び散るはずの破片が、狙いすましたように、その子の両足靴下にすべて突き刺さった。

 また他の子の場合だと、開けようとした瞬間に、戸をわずかに突き破って、表面に飛び出してくるものを見た。それは閉じたはさみの刃先だったのだと。

 踏み込んだら、絶対にまずい。その噂が広がるうちに、彼女は屋敷にとりつく幽霊だという話が流れて、今に至るのだとか。


 友達はオカルトを信じる性質たちじゃなかった。見間違いや偶然だと思っていたけれど、わざわざ屋敷を利用する必要なんかない。この森の中でかくれんぼをすれば、それでいいんだ。

 そう考えていた友達だけど、何回目かで鬼になった時、急に立ち眩みがしてみんなを追うどころじゃなくなっちゃったらしいの。

 ちょうど、いるのは屋敷のすぐ近く。中には入らなくても少し背中を預けることができればいい。友達は建物の影が伸びる方向へ回り込むと、寄りかかりながら目まいが収まるのを待つ。

 恐らく近くの木立の中へ身を潜めている子たちがいる。でも、友達を心配して姿を見せる子は一人もいない。

 仮にも遊びの最中。向こうからしてみれば、友達が疲れたふりをしているだけかもしれないのだから。ここで気を緩めるようでは、まだまだたわけの領域。

 影の中で涼しさを増す風を感じながらも、身体は内側からどんどん火照ってくる。おでこに手を当ててみるけれど、熱があるかどうか分からない。手そのものもあったかくなっているから。

「本格的にまずいなあ」と思いつつ、彼女は壁に背中をつけたまま、ずるずるとその場に座り込んでしまったの。


 とたん、背後の壁が。いや厳密には壁の向こうの屋内が、にわかに慌ただしくなった。軽く揺れを伴いながら、物が雪崩を打って落ちてくる音。大掃除の時、本を山積みにしていた父親の部屋で、聞いたものにそっくり。

 思わず顔をあげて、友達はぎょっとする。自分が寄りかかる壁のやや右上の窓に、長い黒髪の女の人が顔を張りつかせていたから。

 冷たく凛とした輪郭なのに、その内側の顔は柔らかい肉感を連想させる。友達が頭に浮かべたことのある、貴婦人そのものの顔立ちをしていたとか。

 わずかにのぞく着物の襟は、かすかな汚れも見られない純白。その肌もまた白く、生まれてから一度も陽を浴びたことなどないのでは、と思ってしまうほど、血の気を感じさせなかった。

 その窓が乱暴に開かれ、女性の想像以上に長い腕が伸び、友達の頭を掴む。「何を!?」と友達が思った時には、屋敷から離れるように数メートルも放り投げられていたわ。


 次の瞬間、友達が寄りかかっていた壁から、何本もの刃物が突き出てきたの。

 錐、包丁、マイナスドライバー……もし壁からどくのが、あと一秒遅れていたら、自分の背中が針山になるところだった。

 地面を滑った痛みをこらえつつ、十数本にも及ぶ尖り物の先に目を奪われていると、窓がまた音を立てる。見るとすでに窓は閉まっていて、あの女性の姿はなかったらしいの。

 さすがにこの事態を受けては、隠れていた子も顔を見せる。この日は解散となり、みんなは気味悪そうに屋敷を振り返っては、足早に自分の家を目指したらしいの。

 

 一晩明けて、友達は珍しく早く目を覚ましたわ。時間は目覚ましの鳴る20分前で、二度寝するにも微妙な間。カーテンの間からは、朝日が差し込んで来ている。布団の中でひとつ大きな伸びをして、友達は身体を起こす。

 昨日、危ういタイミングで助かった背中をさすりながら、カーテンに指をかけたところで、唐突に外から伸びた手に、手首を掴まれたの。更に、もう一方の手も入ってきて、友達の口も押えられる。

 窓は開いていた。しかもそこにいたのは、あの屋敷の中にいて、自分を放り投げた女性の姿だったの。


「――もう、近寄らないで。あの子には、私だけいればいいのだから」


 それだけいい、彼女は両腕を引っ込めたかと思うと、ぴしゃりと窓を閉めてしまう。

 慌てて開こうとした友達だけど、開かない。窓にはしっかり差し込み錠が下ろされていたの。鍵は室内からしかかけられないのに。

 数秒後に改めて窓を開いた時には、彼女の姿はもうすっかり無くなっていたの。


 友達の体験は、上原屋敷の真新しい噂として尾ひれをつけながら、学校中に広まっていったみたい。あれからみんなは上原屋敷に近づかず、友達も高校進学を機に一人暮らしを始め、その地域を離れたわ。

 それから十数年。近寄ることはなかったのだけど、当時のみんなとは同窓会で集まった時、話題に上がったらしいの。

 上原屋敷は、同窓会の一年前に取り壊された。でも、大規模な工事の手は必要なかったの。

 少し前、延々と敷地内に茂り続けていた木々が、不意に枯れ落ちて裸になった際、屋敷はすっかり崩れてがれきの山となっていたとか。いつ壊れたか定かじゃないけど、これ幸いと思ったどこかの業者が、土地を買い取って更地にしたとか。売地になったまま、まだ買い手はつかずにいるとか。

 

 彼女は、あの茂る木々は、屋敷がまとう服だったんじゃないかと思っているんですって。屋敷はいわば私たちの素肌で、その中といえば、私たちの血管や内臓が収まるところ。だったら、容易に接近や侵入を許したくないのも分かる。

 あの女性はもしかすると、屋敷という身体をめぐる、免疫機構のような存在だったのかなと、話していたわ。


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