奴隷商人の独り言
なろうを含めていろいろな小説に出てくる奴隷商人。
ヒロインを売る人だったり、詐欺師まがいの人だったりと、お話によりいろいろですが、ある時奴隷商人目線で見た世界は面白そうじゃないかとの思いから考え始めたお話です。
「おや、フローラさん、それにバッシュさん、お久し振りです。お元気そうですね。」
店の前でもうすぐ着く予定の荷馬車を待っていますと、以前当商会から冒険者のお宅のメイドと、護衛として買われた方々と会いました。
私の名はバートン。奴隷商バートン商会の会頭をしております。もちろん王国から鑑札を頂き、真っ当に商売を行っておりますよ。彼女たちと少し立ち話をしておりますと待っていた荷馬車が到着し、買い物の途中であったメイドのフローラさんと護衛のバッシュさんも御用の続きのため立ち去られました。
荷馬車から降りてきたのは、当商会からドローン男爵家へと買われ、返品されてきた奴隷のカレンさんです。
返品、と申しましても彼女に非があるわけではなく、彼女を買ったドローン男爵家が不正の発覚により取り潰しになり、買われてから一年に満たない彼女は不正に関わっていなかったと認定されたものの自身を買い戻すことは出来ず、男爵家の財産処分の一環として当商会が買い取る事となり、戻ってくることとなったのです。
「バートンさん、すみませんがまたお世話になります。」カレンさんが申し訳なさそうに言います。
「いや、カレンさん。事情は聞いていますのでそこは気にしないでください。せっかくなので、次の買い手が見つかるまで算術を勉強しませんか。前回はこちらに来てすぐに売れてしまったので時間がありませんでしたが、自身の価値を高めることが出来ますよ。」
「そうですね。ぜひお願いします。所で先ほど店の前で話をしておられたのは、奴隷の方ですよね。メイドさんの首輪は高級品のようでしたが。」
立ち話をしていたのを見られていた様です。
「そうですよ。カレンさんと入れ替わりでうちに売られてきた方です。冒険者の方に買われたのですが、なんでも今のご主人様に気に入られて、婚約されたとか。けじめとして結婚は自身を買い戻した後に、ということだそうです。まあそういう事であれば、あの方の事だから彼女の給金を十倍にしても不思議はないのですが」
「えー、うらやましいな。次は私も玉の輿を狙える方に売ってくださいよ。」カレンさんは笑いながら言い、店の者に連れられて店に入っていきました。
「やれやれ、あの時のカレンさんの選択によっては、あの方の奥様になっていたのはカレンさんかもしれなかったんですけどね。」
あの方、世界に唯一人のSS級冒険者にして竜を屠る者の二つ名を持つジェロニモ様は、自身の出発点であるこの街に拠点となる家を建てた際、家の維持管理をする使用人の奴隷、門番の戦闘奴隷、自身の世話を担当するメイドの奴隷を買いに来られました。使用人と門番はすぐに決まったものの、メイドは条件に合う者がその時はカレンさんしかおらず、同じ時にドローン男爵家からもメイド購入の依頼が来ておりましたので、本人の希望により男爵家に売られることとなりました。
ジェロニモ様はオーガとの混血を疑われるほどいかつい風貌に大きく鍛え上げられた身体の冒険者で、冒険者としては絶大な信頼を集めています。ただ、本人曰く「恋愛運は最悪」で、以前は微笑んだつもりが怖がられ全くもてず、S級冒険者になったあたりからはお金や地位目当ての者や、貴族の囲い込みばかりになってうんざりしてしまい、奴隷のメイドであればある程度気を許せる者を雇えるのではないかと思われたそうです。ただ、気に入ればお嫁さんにしたいという願望が言葉の端々から漏れておられましたよ、ジェロニモ様。
メイドが手に入らなかったジェロニモ様は、代わりにペットを飼おうと思い立ち、鍛錬がてら近くの山を探索していた所、群れからはぐれて死にかけていた角兎の幼生体を見つけて連れて帰り手当てをしたそうです。見た目にいかつい大男のジェロニモ様が、小さな角兎の幼生体を看病している姿は、想像するに大変ほほえましくありますが、看病の甲斐あってすっかり元気になった角兎はジェロニモ様になつき、ジェロニモ様も親ばかぶりを発揮してかわいらしさを自慢しまくっていました。ちなみに野生の魔物を従魔にするための従魔紋の処置も当商会に依頼していただきました。ありがたいことです。その純白の体毛の色から「ハツユキ」と名付けられた角兎の幼生体も数か月後に成体への変化が始まると、体毛は青みがかった銀色になり、生え変わった額の角は水晶のように透明で、ただの角兎でなく、特殊個体の水晶兎であることが判りました。
それまででもかなりの親ばかぶりを発揮していたジェロニモ様ですが、うれしさのあまりさらに暴走します。自分の不在時にハツユキ様に何かあってはいけないと、門番だけだった護衛の戦闘奴隷を増員するため、再び当商会に相談に来られました。その際に以前メイドを準備できなかった事を覚えていた私は、ジェロニモ様にこう提案いたしました。
「戦闘奴隷は条件に合うものがおりますので、この後面接いたしましょう。所でジェロニモ様。あなた様とハツユキ様のお世話をするメイドはいかがでしょうか。今でしたら、歳は二十三歳と高めですが、自信を持ってお勧めできる者がおりますよ。」
「!!!。会わせてください。二十三なら俺より七つも年下じゃないですか。まったく問題ありません。」ジェロニモ様は即座に喰いつかれました。ちなみにこの時の商談で買われたのが店の前で話をしていたフローラさんとバッシュさん、他戦闘奴隷二名でした。
さて、奴隷商などをしておりますと、世の中の裏の情報も入ってまいります。商談後一月ほどしてハツユキ様がフローラさんにも慣れてきた頃、耳を疑うような馬鹿者の話が入ってまいりました。いくら水晶兎が希少性が高く高価に売れるのが確実とはいえ、SS級冒険者の家で飼われているハツユキ様が狙われたという信じられないものでした。彼の者は盗賊ギルドで腕利きを集めハツユキ様の強奪を計画しますが、ジェロニモ様を中心に築かれた冒険者たちの情報網にかかり、あえなく捕まった上、如何なる手段を使ったものか黒幕を自供します。その黒幕こそがキエル・ドローン男爵、そう、カレンさんを買われた方です。怒ったジェロニモ様は、あらゆる伝手を使ってドローン男爵の悪事を調べ上げ、貴族だからと有耶無耶にされないように警備兵を通さず国王に直接訴えました。対応を誤ればSS級冒険者であるジェロニモ様が国から出ていってしまうかもしれない、彼との友好的な関係を維持したいと考えた国王は、見せしめとしてドローン男爵家の取り潰しを決定します。ちなみにこの件が元でカレンさんは当商会に戻って来ることになりました。
売った奴隷が幸せになってほしい。全員がそうなるわけではありませんが、商会から送り出すときにはいつも思います。この件については、せっかくやる気を出しているカレンさんには黙っておいたほうがよさそうですね。
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