エピローグ
――数年後。
「ふー。なんとか終わったね!」
魔物の気配が途絶えたのを確かめて、アシュリーは額の汗を拭った。
辺りには、黒い灰と核が転がっている。
旅の途中で、魔物に襲われている村を見つけて、考えるより早く助けに入っていた。
突発的なクエストだったが、なんとか対処できた。
「うん。けが人もいないみたいだ」
ノアが剣を収めて、前髪をかき上げた。
フィオは、グリフォンの頭を撫でている。
三人のもとに、村人たちが駆け寄ってきた。
「ああ、ありがとうございます、旅の方! どうなることかと……!」
「あの、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
アシュリーは胸を張った。
「わたしはアシュリー! アシュリー・ティルケだよ!」
「!」
村人たちにざわめきが走った。
初老の女性が、「まさか……!」と目を見張る。
「あの、大賢人さまのお弟子さんの……!?」
「うん!」
別の女性が、慌ててアシュリーの隣に視線を移す。
「では、あなたは……!」
ノアがうなずいた。
「ノア・ルクレツィアです。それで、こっちは――」
グリフォンを従えたフィオが、伏し目がちに口を開く。
「フィオ・ミリアムズ……」
「おお……!」
村人たちがみるみる涙ぐむ。
あるものは両手を合わせ、あるものはアシュリーたちの手を握った。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「このご恩は決して忘れません!」
村人たちが、お礼を受け取ってくれと金貨の詰まった袋を差し出すのを、どうにか断って、せめてと渡された新鮮な野菜や果物を受け取った。
いつまでも見送ってくれる人々に手を振って、村をあとにする。
袋いっぱいのトマトを見つめて、アシュリーはふふっと喉を鳴らした。
「みんな、パパのこと知ってたね!」
「そうだね」
――数年前。
王立ユリシス学園が復興して初めて開催された、銀星祭。
魔物たちによる謎の襲撃のさなか、生徒たちが一般客を守り、魔物を退けた話は、大陸中に広まった。
そして、生徒たちの活躍の裏に、大賢人――ケントの存在があったことも。
事件後、黒幕であったゴルゾフは、さらにレドアルド学園の運営費を私的に流用していたことが判明して解任となり、ココ教頭を始めユリシス学園の教師がレドアルド学園に出向してカリキュラムを組み直し、今ではユリシス学園と合同模擬戦闘を行うなど、良きライバルとして切磋琢磨している。
アシュリーたちが卒業した後も、ユリシス学園からは多くの優秀な冒険者が輩出され、ケントは彼らを導いた大賢人として名を馳せていた。
「やっぱりパパは世界一だね!」
ノアが「うん」と誇らしげに笑う。
「久しぶりに、顔見に行こうか。野菜も届けたいし」
「ペガサスさん、召喚するね……」
フィオはグリフォンに乗り、新たに召喚された純白のペガサスに、ノアが跨がる。
アシュリーは自らの足に風の精霊を纏わせた。
「いこう!」
目配せを交わして、青い空へ飛び立つ。
懐かしいチャイムの音が鳴り響く。
ちょうど、ホームルームが終わった頃のはずだ。
ケントはきっと、あそこにいる。
校門をくぐって、礼拝堂の裏に回る。
小さな畑に、人影がいくつか見えた。
どうやら作物を収穫しているみたいだ。
「ケントせんせー! これ、どうしたらいいのー?」
「見て見て、大きいミミズ!」
「肥料もってきましたぁ!」
賑やかな声がする。
その中心で、あの人が笑っていた。
傍らにはほっそりとした女性が微笑んでいて、黒い子犬が、その足にじゃれついている。
胸にこみ上げる、くすぐったいような懐かしさをこらえて、アシュリーは叫んだ。
「パパ! ステラ!」
二人が顔を上げた。
「わん! わんわん!」
リルがしっぽを振って吠える。
ケントの顔に、出会った頃と変わらない、優しい笑みが浮かんだ。
「おかえり、みんな」
ノアやフィオと顔を見合わせ、駆け出す。
いつだって変わらない、わたしたちを温かく迎えてくれる場所。
わたしたちの帰る場所。
「ただいま!」
アシュリーはめいっぱい腕を広げて、その胸に飛び込んだ。
――fin.
ケントと娘たちの物語は、ここで一区切りとさせていただきます。
長い間お読みくださいましてありがとうございました。
ここまで続けてこられたのは、みなさまの温かい応援があったからこそです。
またどこかでお会い出来ましたら嬉しいです。
本当にありがとうございました。




