銀星祭
そして、銀星祭当日。
「大盛況だな」
天気は快晴。
普段のどかな学園には、大勢の人が溢れていた。
家族連れにカップル、他校の生徒。一目でそれと分かる貴族も、何人かすれ違った。
みんな楽しそうにしている。
校門から伸びた道にはたくさんの出店が並んで、風に運ばれてくるいいにおいに、リルがふんふんと鼻を鳴らした。
まるで違う場所みたいで、柄にもなくかわくわくしてしまう。
「あっ、ケント先生! こんにちはー!」
「こんにちはぁっ! デートですかっ?」
「うん、そんなかんじかな?」
「け、ケントさんっ!」
ごった返している廊下を、ステラと歩く。
本来なら、受け持ちクラスを監督しなければならないのだが、マロニエールが、「ケント先生が赴任して初めての銀星祭なので、存分に楽しんでください!」と送り出してくれた。
あとで、何かおいしいものを差し入れよう。
生徒たちも、交代で休みを取るらしい。みんな、友達と出店を巡ったり、展示を眺めたりしている。両親との再会を喜んでいる生徒の姿も見かけた。普段は寮生活で会えない分、思い切り甘えているようだった。
ステラは銀星祭マップを手に、わくわくと目を輝かせている。
「すごいですね、どこから回りましょう?」
「ノアのところに行ってみようか」
「確か、メイド喫茶でしたね。楽しみです」
庭園に足を向ける。
「それにしても、いいお天気になって良かったですねぇ」
「そうだなぁ」
ステラと並んで歩きながら、おれは空を見上げた。
晴れ渡った空は、うっすらと緑がかっている。学園全体が、結界に覆われているのだ。
「毎年、結界を張ってるんですか?」
三日前、結界を張り終えた校長にそう尋ねると、校長は「念のためね」と笑った。
「万が一ってこともあるからさ。今年は特に、気合いを入れないとだからねぇ。これで魔物の襲撃でもあれば、うちの信用は、今度こそ地に落ちるだろうから」
学園が再建して、初めての銀星祭。
この日のために、教師も生徒も一丸となってがんばってきた。
精鋭の教師が十人がかりで張った強固な結界の中、風船を手にした子どもたちがはしゃぎ回り、愉快な仕草のピエロが色とりどりの紙吹雪を撒いている。
平和な光景に、おれはふっと笑った。
この様子なら、大丈夫そうだな。
「あっ、ここですね!」
ステラの声で我に返る。
温室には、たくさんのお客さんが列をなしていた。
待つことしばし。
「次のお客さま、お待たせしましたー!」
呼ばれてアーチをくぐると、個性豊かなメイドたちが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ご主人さま!」
ステラが「まあ」とうっとりと両手を組む。
「まるで貴族になったみたいです。服もみんな違って可愛いですねぇ」
席に座ると、すらりとしたメイドがやってきた。
ノアだ。
「来てくれたんだ」
ちょっと恥ずかしそうに呟くノアには、猫耳としっぽがついている。
「あらあら、まあまあまあ! なんて可愛いメイドさんでしょう!」
ステラは頬を押さえて感動している。
本当に、びっくりするくらい似合っている。メイドと猫耳の組み合わせを最初に考えた人は神なんじゃないだろうか?
ノアは髪をいじりながら、目を泳がせた。
「あの、その……変じゃない、かな……?」
「ああ。すごく可愛いよ」
「!」
ノアは「えへへ」と頬を掻くと、メモを構えた。
「えっと、ご注文は何になさいますか?」
「そうですね。私は、『うさちゃんカルボナーラ』でお願いします」
「じゃあ、おれは『メイドさん特製オムライス』で」
提案した身としては、やはりこれだろう。
「はい、かしこまりまみた!」
噛んだことには触れず、裏に引っ込むノアを温かい目で見守る。
「似合ってたな」
「ええ、とても。メニューもとっても可愛いですね。どんなお料理が出てくるのか楽しみです」
さすが剣士課程だけあって、メイドたちはしなやかな身のこなしでホールを行ったり来たりする。無駄な動きのない給仕に、貴族らしき客たちがほうと感嘆していた。
やがて、料理が運ばれてきた。
「お待たせしまみた!」
また噛んでいる。
「まあ、おいしそう」
オムライスはとろとろで、カルボナーラにはうさぎの形をしたパンが付いている。
ノアがケチャップを構えた。
「そ、それじゃあ、ケチャップで絵を描くねっ」
「あら、そんな楽しいサービスがあるのですね」
いったい何を描いてくれるのだろう。猫かな、それともメッセージかな?
おれとステラがわくわくと見守る中、ノアは真剣な顔で絵を描いていく。
そして。
「できた!」
オムライス上に現れたのは、劇画調の人物画だった。
「……誰?」
ノアは満足げに額をぬぐい、
「ケントだよ」
……おれ、こんな男塾みたいな顔してる?
鼻筋は通り目は力強く、細かな陰影まで表現されている。すごい立体感だ。
「すごいな」
「たくさん練習したんだ」
ノアははにかんでいるが、……なんというか、リアルすぎて、どこから食べればいいのか……
劇画調の自分と見つめ合っていると、ノアがもじもじと口を開いた。
「じゃあ、えっと……今から、オムライスがもっとおいしくなる、呪文を、かけます」
「呪文?」
「うん」
さらにサービスがあるのか。
ノアはしばしためらっていたが、やがて意を決したように、両手でハートマークを作った。
「お、おいしくなぁれ、めろめろニャンっ❤」
……可愛い。
その姿を焼き付けようと凝視していると、ノアはハートを掲げたまま、みるみる真っ赤になった。
「……その、えっと……みんなで考えたんだ、けど……」
おれはオムライスを口に運んだ。卵の甘みを噛み締める。
「ああ、おいしいなぁ、すごくおいしい」
卵とろとろのオムライスは絶品で、生徒たちの真心が伝わってくる。魔法の呪文で、おいしさ倍増だ。
「ほ、ほんと? よかった!」
「ノア、私のパスタにもおいしくなる呪文、お願いしますっ!」
「う、うん! お、おいしくなぁれ、めろめろニャンっ❤」
リルも特製骨付き肉をもらって嬉しそうだ。
ノアは「そろそろ戻らなきゃ」とスカートを翻した。
「もうすぐ交代の時間になるから、一緒にまわろうね」
「ああ、待ってるよ」
オムライスを食べ終えて、温室をあとにする。
「おいしかったな」
「はい、とっても。それにしても、ノア、可愛かったですねぇ」
次に向かったのは、フィオのおばけやしきだ。
「あっ、ケントせんせい!」
受付をしていた生徒が、ぱっと笑顔を咲かせた。
「とってもこわいおばけやしきです! どうぞ!」
おばけやしきの案内人としては可愛すぎるが、おれは「ありがとう」と笑って足を踏み入れた。
「ステラ、暗いから気を付けて」
手を差し出すと、ステラはおそるおそる縋り付いた。
「す、すみません」
「いいよ。ここ、段差あるから、つまづかないようにな」
「はい」
じっとりとした暗闇が身体を包む。
ステラはきょろきょろと辺りを見回した。
「け、けっこう雰囲気がありますね」
左右は黒い壁に挟まれている。
足元に気を付けながら、狭い通路を進み――突如として巨大な影が飛び出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「きゃああああああああああ!?」
ステラがおれにしがみついて絶叫し、リルが「わんわんわんわん!」と吠える。
すると、人影は慌てて頭を下げた。
「あ、お、おどろかせてすみません……」
コワモテ男性教師、マックレール先生だ。
フランケンシュタインの仮装をしている。
「お疲れさまです、マックレール先生」
「あ、ああ、ケント先生でしたか。いやはや、こんな格好でお恥ずかしい。生徒たちにどうしてもと頼まれてしまって……」
ものすごく似合ってるが、言っていいものか……
迷っていると、ステラがふんふんと目を輝かせた。
「すごいです、本物かと思いました! とてもお似合いですね!」
「あ、ありがとうございます」
マックレール先生は照れくさそうに笑った。
「それでは、楽しんでいかれてください」
先生と別れて、先へ進む。
「……おれ、ステラのああいうところ、好きだな」
「えっ、あ、ありがとうございますっ?」
その後も、小さな魔女やおばけが、おれたちの行く手に現れた。
黒猫やコウモリなど、動物たちも大活躍だ。さすが召喚士課程。
リルはふくろうにじゃれつこうとして、耳をつつかれていた。
「そろそろ出口かな」
通路の先に、微かな光が見える。
と、突然、小さな影が現れた。
「がお!」
「きゃっ!」
ステラがおれにしがみつく。
黒い影はさらに声を上げた。
「がお、がおー!」
「! わん! わんわん!」
リルがしっぽを振り、ステラが「あら」と目を見張る。
フィオだ。
めいっぱい背伸びし、両手をあげて威嚇している。
「がお! ちを、すうぞ! がおー!」
若干狼男と混じっている気もするが、がんばって怖がらせようとしている姿が微笑ましい。
「わ、わー! びっくりしたー!」
棒読みのおれに続いて、ステラが大袈裟に声を上げる。
「きゃー! こわい、こわいですー!」
すると、フィオはおろおろし始めた。
ステラに走り寄って、ぎゅっと抱きつく。
小さな手でぽんぽんしながらいうことには、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
「「きゅん……」」
胸のときめきが口に出てしまった。
……こんな癒やされるおばけやしき、ある……?
「みぎに、まがったら、でぐちだから……」
「ありがとう、小さなドラキュラさん」
心配そうに見守るフィオと、手を振って別れる。
「ふふっ、癒やされてしまいました」
弾むように歩くステラの周りには、ぽわぽわ花が舞っている。
本当に、おばけやしきとは思えないくらいほっこりしてしまった。
リルのあとについて、外に出る。
受付の生徒が、「あっ、ケントせんせい!」と顔を上げた。
「まっててください、フィオちゃん、もうすぐ交代のじかんなので!」
出口の横で待っていると、ドラキュラ姿のフィオが出てきた。
「ぱぱ……」
「おお。すごいな、フィオ。びっくりしたよ」
「とっても怖かったですよ~」
フィオは嬉しそうに頬を染めている。
と、フランケンシュタイン、もといマックレール先生が顔を出した。
「フィオくん、お疲れさま。もう休憩に入っていいから。楽しんでくるんだよ」
つぎはぎだらけの先生に、フィオは怯えることなくぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、まっくれーるせんせー」
マックレール先生は、じーんと目頭を押さえている。
きもち、すごくよく分かる。
「じゃあ、行こうか」
フィオの手を引いて、今度は魔術士課程のアイテム販売会場である調理室に向かう。
途中、フィオがわたあめを食べたいというので、マロニエールへの差し入れとあわせて買った。
調理室の前には、人だかりができていた。
「おお」
食べ物がずらりと並んだテーブルの向こうで、生徒たちが忙しく働いている。
アシュリーがおれに気付いて、ぱっと破顔した。
「あっ、パパ!」
 




