クッキーをつくろう!
銀星祭まで、あと三日。
魔術士課程下級クラスは、食べ物の試作に追われていた。
「パパ、みてみて! メニューをつくったよ!」
「どれどれ?」
可愛らしい手書きのメニューをめくる。
エーテル入りのドリンクに、ポーションゼリー。デトックス効果のある、満月草のハーブ茶。オウゴンリンゴのコンポート。解呪薬入りのべっこう飴などなど、創意工夫の凝らされたものばかりだ。
飲食物に使われているアイテムは、すべて生徒たちが調合したもので、それぞれ特別な効果が付与されるらしい。
アシュリーの班が作るのは、一番の目玉、ハーブのクッキーだ。
「このクッキーには、どんな効果があるんだ?」
「おいしくて、げんきがでる!」
「そうか。楽しみだな」
と、
「こんにちは」
「あっ、ステラ!」
調理室に、ステラが顔を出した。
お菓子作りの名人として、助っ人に来てくれたのだ。
「お手伝いにまいりました」
「ありがとうございます、ステラ!」
マロニエールが照れくさそうに笑う。
「恥ずかしながら、私、お料理が苦手で……なぜか、全部爆発してしまうのですよね」
「分かりました。ここはおれたちに任せて、マロニエール先生はさがっていてください」
「はいなのです!」
班ごとに分かれて、調理開始だ。
「みなさん、材料は量りましたか?」
「はーい!」
「それじゃあ、粉をふるいましょう」
「はーい!」
クッキー班が元気に手を挙げる。
微笑ましい光景だ。
一方、ローザは満月草をすり潰しながらむくれていた。
「こんなの、全部一気に混ぜちゃったらいいじゃない。どうせお腹に入っちゃえば一緒でしょ?」
「手順って、すごく大事なんだ。お菓子作りは特にな」
「……ふうん?」
それきり、もくもくと手を動かす。
クラスメイトとの共同生活を経て、前より素直になったようだ。
時折アドバイスしながらそれぞれの班を見て回っていると、ベアトリクスが手招きした。
「ケント、みてみて!」
「お、ゼリーか。綺麗だな」
「宝石をイメージしたんだ!」
「へえ。いいアイデアだな」
透明な容器に入ったゼリーはカラフルで、すごく華やかだ。
ベアトリクスは腰に手を当ててふんぞり返った。
「特別に、味見してもいいぞ!」
「ありがとう。何色にしようかな。赤いのは何の味なんだ?」
ゼリーを選ぶおれを、ベアトリクスはにまにまと見つめている。
「どうした?」と尋ねると、ベアトリクスはふっふっふと不穏な笑みを浮かべ、
「実はこの中に一個だけ、激辛ゼリーがあるんだ!」
「え、なんで?」
「トウガラシエキスを入れたから!」
「なるほどなるほど。ええと、なんでそんなことしたんだ?」
「オリジナリティ!」
「そうか」
試作段階で良かった。
ベアトリクスは勇ましくおれに指を突きつけた。
「というわけで、オレサマと運試しだ、ケント! ルールは簡単、激辛ゼリーを食べた方が負け!」
「うーん、遠慮しておこうかな」
「わははは! ケントはオクビョーモノだな! こんなのどうってことないんだぞ!」
ベアトリクスは青いゼリーを手に取ると、一口で頬張り――口を押さえてくずおれる。
「うう……ううう……」
「ほら、水」
「あぅぅぅ……」
舌がひりつくのか、舌を出したまましゃくりあげているベアトリクスを撫でる。
「次回からは、ちゃんとトウガラシエキスを入れたゼリーの色を覚えておくんだぞ?」
「う゛ん……」
「あと、銀星祭のときは、普通のゼリーにしような」
「う゛ん……」
そこかしこから声が上げる。
「先生、ジュースがうまく混ざりませーん!」
「べっこう飴、ねこの形にしたいんだけど、どうやるのぉ?」
「せんせー、ローザちゃんが、こっそり惚れ薬を入れようとしてます!」
「ち、違うわ! これはただ、こっそり惚れ薬を入れたらおもしろそうだなと思って……!」
「ひとつも違わないな?」
アシュリーは生地の形を整えながら、みんなにレクチャーしている。
「あのね、生地をさわりすぎると、クッキーがさくさくしなくなっちゃうから、いそいで、ぴゃぴゃーってやるんだよ!」
「へえー! アシュリーちゃんはものしりだねぇ!」
ステラが微笑む。
「アシュリーはよく、お料理を手伝ってくれていましたものね」
「うん!」
教会の台所、小麦粉で服を真っ白にしていたアシュリーが思い出される。
感慨深いなぁ。
と、鼻歌をうたうアシュリーに、エルが歩み寄った。
「おい、アシュリー。オレの班が作った、オウゴンリンゴのコンポート、特別に味見させてやってもいいぞ」
「えっ、やったー!」
「大事に食べろよ。試作を重ねてやっと完成したんだ。オウゴンリンゴの酸味が想定してたより強かったから、レシピを見直してレモンを少なめにして、代わりにシナモンを加えた。大人の味ってやつだな。お子様の口には合わないかもしれないが――」
「わあ、おいしー! もういっこたべていいっ?」
「し、しょうがねーなっ、特別だぞ!」
「あらあら、味見ばっかりしていると、みんなで試食するぶんがなくなってしまいますよ?」
やがて、試作品が次々と完成した。
最後に焼き上がったクッキーに、デコレーションを施して、
「できた……!」
テーブルの上に、色とりどりのドリンクやお菓子が並ぶ。
ゼリーやべっこう飴は宝石のようだし、ドリンクはきらきら輝いている。星やハートの形をしたクッキーは、アイシングで愛らしく彩られていた。
「いただきます!」
みんなで手を合わせて、それぞれのお目当てに手を伸ばす。
おれはクッキーをつまんだ。
食べると、さっくりほろほろした食感とともに、上品な甘みが広がった。
思わずおお、と声が漏れる。
アシュリーがほっぺを押さえた。
「おいしーい!」
生徒たちが歓声を上げる。
「ねこの形のべっこう飴、可愛いね!」
「ゼリー、もっとあまくていいとおもう!」
「あー、ハーブ茶おいしい、ほっとするぅー」
アイテムから作った作品がおいしくできて、みんな嬉しそうだ。
ただおいしいおいしいと褒めるだけでなく、もっとこうしよう、こうしたいと、意見を交わしながら試食を重ねる。
アシュリーが満開の笑顔を咲かせた。
「楽しい銀星祭にしようね!」
銀星祭まで、あと三日。
子どもたちの努力が報われるよう、おれは心の中で祈った。