表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/79

ヒミツの特訓



 職員会議の結果、全校合同の模擬戦闘が授業に取り入れられた。


 課程や上級下級関係なく、四人一組のチームを組んで、チーム同士で戦い、先に相手を無力化した方の勝ちだ。


 場所は体育館。


 生徒たちは、戦闘前にチームでミーティングをし、戦術を練る。


「弓は多少足場が悪くても狙えるから、こっちから回り込むわね。戦士には先陣を切ってもらいたいんだけど、いい?」

「俺は大丈夫だ。ただ、向こうに踊り子がいるから、特殊効果を掛けられた時は魔術で補助してもらえると助かる」

「はい、わかりました!」


 戦闘が終わったあとも、そこかしこで反省会が開かれた。


「魔術、あの位置からで良かった?」

「うん、ばっちりだよ。むしろ、ぼくら剣士にしてほしいこととか、ある?」

「あ。あんま左右に走られると、召喚獣がターゲット絞れなくて、ちょっと困るかも」

「修道士としては、回復魔法を掛けるタイミングが知りたいです」


 課程を越えて、積極的に意見が飛び交う。


「すごいッスね、これは。他のどの学校にもない試みッス」

「これ、銀星祭で発表するのもいいかもねぇ」


 真剣に臨む生徒たちの姿に、クルート先生や校長をはじめ、教師たちが感心している。


 互いの戦い方を知ることは、将来パーティーを組む上で、この上ない強みになるだろう。


「水分補給を忘れずにな」


 チームを見て回っていたおれは、少し外れたところで休憩しているノアの姿を見つけた。


「ノア」

「あ、ケント」


 隣に腰を降ろす。


「調子はどうだ?」

「すごくおもしろいよ。座学とか、修練の授業とは全然違う。他の課程の子としゃべる機会って、あんまりなかったし、勉強になる」

「そうか。良かった」


 ノアはそれきり黙り、しばし迷っていたが、やがて思い詰めたような表情で口を開いた。


「あの、ケント、お願いがあるんだけど……」

「どうした?」

「……放課後、特訓に付き合ってほしいんだ」

「特訓?」


 ノアは模擬戦でも先陣を切って活躍しているし、剣の技も研ぎ澄まされてきている。


 見たところ、特に問題はないようだが……


 ノアはしばし言いよどんでいたが、やがて何か決意したかのように顔を上げた。


「あのね、ぼくらのクラス、銀星祭で、喫茶店をやるんだけど……」

「ああ」


 前にそんなことを言っていた。


「銀星祭には、毎年、貴族の人たちが大勢くるんだ。冒険者育成校として優れていることをアピールできれば、寄付が増えたりもするらしくて」

「そうみたいだな」


 生徒には知らせていないが、今年は特に、学園の命運を左右する年になるだろう。


 ノアは真剣なまなざしで呻いた。


「つまり……学園の威信は、ぼくのおもてなしにかかってる……っ!」

「……あまり気負いすぎずにな?」


 ノアはおれに向かって両手を合わせた。


「だからお願い、接客の特訓に付き合ってほしいんだ……っ!」


 なるほど、そっちの特訓だったか。


「それはもちろんいいけど、ノア自身が楽しめば、お客さんにも学園の良さは充分伝わると思うぞ」


 しかしノアは視線を彷徨わせた。


「それがね、なんか……うちのクラス、メイド服で接客するんだって」

「!?」


 メイド服で接客する喫茶って、つまりあのメイド喫茶か? メイドさんとゲームをしたり、写真を撮ったりできるという? ……行ったことないけど。


「こっちの世界でも、メイド喫茶ってあるんだな……」

「こっちの世界?」

「あ、いや、なんでもない」


 ノアは困ったように首を傾げた。


「よくわかんないけど、王侯貴族の方にも、おうちみたいにくつろいでもらえるように、メイドを演じるんだって」

「ああ、なるほど」


 偶像アイドルとしてのメイドじゃなくて、本物のメイドさんを模すわけだな。


 ノアはもじもじと膝をすりあわせた。


「でもぼく、接客とか、あんまり自信ないし、ましてやメイドらしい振る舞いなんて、よく分からないし……それで、できたら、アドバイスとかもらえないかなって……」


 どんなことにもまじめに取り組むノアが可愛くて、おれは笑って頷いた。


「おれでよかったら」

「ほんと!?」


 ノアはぱっと破顔したが、すぐに頬を引き締めた。


「あっ、誰にも言わないでね! 特にランジア! もし知られたら、絶対いじられるから……!」

「分かったよ」


 というわけで、おれはノアの秘密の特訓に付き合うことになったのだった。









 そして、放課後。


 おれは北の庭園にある温室で、ノアが来るのを待っていた。


 銀星祭当日も、この温室がメイド喫茶の会場になるらしい。


 ガラス張りの天井から、透明な日差しが降り注ぐ。控えめに咲いた秋のバラが深い香りを漂わせ、どこかの梢で小鳥が鳴く。少し開けた広場には、白いテーブルと椅子が設えられて、優雅なお茶会にぴったりだ。食堂もすぐそこだから、調理にも便利だろう。


 と、背後から足音がした。


「お」


 おれは振り返り――思わず「おお」と感嘆の声が漏れる。


 そこには、瀟洒なメイドさんが立っていた。


 絹のように流れる銀髪に、頭を飾る白いヘッドドレス。袖は愛らしいパフスリーブだ。繊細なフリルのついたエプロンに、膝上で揺れるスカート。すんなりと伸びた手足が引き立って、とても可愛い。……の、だが……あれ? なんか、話の経緯から、由緒正しいメイドさんを想像してたけど、前世のメイド喫茶のイメージに近いぞ?


 ノアは髪をいじり、おずおずと尋ねた。


「えっと……どう、かな……」


 ひとまず、思ったままを告げる。


「似合ってるよ」

「あ、ありが、と」


 ノアは頬を染めてうつむいた。


 奥ゆかしい仕草もかわいらしい。


 可愛すぎて、これで給仕してまわるのかと思うと、少し心配だが……そこはクルート先生がしっかり監督してくれるだろう。


「じゃあ、接客の練習をしようか」

「うん。入店するところからお願いしていい?」

「ああ」


 ノアは「よしっ」と気合いを入れると、勇ましく銀のトレイを構えた。


「見せてあげるよ。完璧な奉仕っていうやつを、ね……!」


 きりりと引き締まった表情は、メイドというより剣士だが……これはこれで良いと思う。


 おれはバラのアーチをくぐって、一旦外に出た。


 ふう、と息をつく。


 あんな可愛い格好をしたノアが、「おかえりなさいませ、ご主人さま」って迎えてくれるのか……なんだか感慨深い。


 思わず全力でくつろいでしまいそうだが、普通のお客さんを演じなければ。


 大きく息を吸って、声を張る。


「おっ! メイド喫茶かー! おもしろそうだなー、入ってみるかー!」


 我ながら大根役者だが、大目に見てもらおう。


 お客さんの呈でアーチをくぐると、かちこちに緊張したノアが出迎えてくれた。


 強ばった表情で叫ぶことには、


「い、いらっしゃいましぇ、おきゃくしゃまっ! うぇ!」

「うん、いったん落ち着こうか」

「うう、噛んじゃった……」


 涙目になっているノアを座らせる。


「ええと、ちょっと力みすぎかな」

「うん……」

「いつもみたいに、自然体でいいんだぞ」

「うん……」

「あと、出迎えの言葉は、『お帰りなさいませ、ご主人さま』の方がいいかもな」

「? なんで? なんでお帰りなさいなの? お客さんなのに?」

「え、ええと……お客さんに、自分の家のようにくつろいでほしいというおもてなし精神的な……?」

「……ケント、天才だね……」


 いや、完全に前世の記憶頼みなのだが……


「あとは、やっぱり笑顔だな」

「うう……」

「いつもみたいに笑えるか? こう、ふにゃって」

「……ぼく、そんな気の抜けた顔してる?」


 してる、といえば拗ねてしまいそうだ。


「あんまり気負わないで、いつものノアでいいんだぞ?」

「でも……」

「おれは、ノアの笑顔が好きだよ」

「!」


 ノアはみるみる真っ赤になった。


 ばたばたと手をふる。


「ちょ、やめ、やめてよ……!」

「うん、それだ。いい。可愛い」

「か、わ……っ!?」

「その顔もいいな。もっと見たい」

「もう、やめてってば……!」

「今の感じで、さっきの台詞、言えるか?」

「…………」


 ノアは視線をさまよわせていたが、やがておれを上目に見つめた。


 頬を染めてはにかみ、


「……お帰りなさいませ、ご主人さ――」

「ノア、なにしてんの?」


 バラのアーチからひょっこりと顔を出したのは、ランジアとロッテだった。


「わあああああああああああああ!? わああああああああああああ!?」


 パニックになるノアを見て、ランジアがぷぷーと噴き出す。


「えー、なにその格好。『メイド喫茶? 興味ないね』とかいってたくせに、やる気満々じゃん! ウケる!」

「よく似合うわ。素敵よ、ノア」

「わあああああああああああ! わあああああああああああああ!」


 そうこうする内に、ノアのクラスメイトが続々と集まってきた。椅子とテーブルを並べに着たらしい。


 ノアはテーブルに突っ伏している。


「うう、見られた……完璧に特訓して、当日かっこよく決めるはずだったのに……」

「よしよし」


 ノアはロッテに撫でられていたが、ふと顔を上げた。


「そういえば、ケントから、いいこと教えてもらったよ。お出迎えの時は、『お帰りなさいませ、ご主人さま』っていえばいいって」

「え、なんで?」

「ホスピタリティ精神だよ」

「へー、すげー」


 テーブルの設置を終えた生徒たちがわらわらと寄ってくる。


「ねえ大賢人、他にいいアイデアない?」

「他に?」

「そ。なんつーか、強みってゆーか、セールスポイントがほしいんだよね。メイドさんがおもてなししまーすってだけじゃ、貴族にとってはむしろ日常だし、いろいろ考えたんだけど、どれもパッとしないんだよねー」

「クッキーをサービスするのとかも考えたんだけど、もともと安い値段で出すから、原価割れしちゃうんだ」


 なるほど、こうして経済観念も育てられるのか。なんて有意義な行事なんだ。


「メニューは? どんなものがあるんだ?」

「紅茶とかスコーンの他に、食事もあるよ。パスタとかオムライス、パンケーキみたいな」

「できるだけ親しみやすいメニューを心がけました」


 いよいよ前世のメイド喫茶に近い。


 ランジアたちが、おれを見つめる。


「どう、大賢人?」

「うーん」


 期待に満ちた視線を送られて、おれは考え込んだ。


 メイドというだけでは決め手に欠ける。モノをサービスするにはちょっと厳しい。


 となれば、やっぱり……


「……オムライスに、ケチャップで絵を描くとか?」

「!?」


 生徒たちがざわめく。


「オムライスに絵を!?」

「なんで!?」

「え? な、なんでだろう……こう、付加価値というか、店員とお客さんの距離が近いメイド喫茶ならではっていうか……?」


 正直、メイド喫茶といえばこのサービス、というところはある。


 ロッテが「なるほど」とめがねを光らせて頷いた。


「パフォーマンスで特別感を演出するわけね。まさに天才の発想」

「さすが、考えることが違う!」


 いや、おれの考えというか、前世の感覚で提案したので、ここまで持ち上げられると、なんというか、こそばゆい……


「あ。あとは、たとえば、お客さんに、『推し』を作ってもらうとか……」

「推し?」

「ああ。同じメイドでも、それぞれ個性を作るんだ。キャラ付けっていうのかな。たとえば、甘え上手とか、恥ずかしがり屋とか、ちょっとクールとか……それぞれの個性で、お客さんのツボに訴えかけて……――」


 生徒たちが顔を見合わせた。


「そ、そうか。差別化を図って、それぞれにファンがつけば、リピーターになってくれるかもしれない……!」

「性格だけじゃなくて、見た目でも個性をアピールできるんじゃない!?」

「髪型とか、あとはメイド服をアレンジしてみるのはっ?」

「あたし、フリルめっちゃ付けたい!」


 生徒たちが盛り上がる。


 おれはうんうんと頷いた。


「猫耳とかも定番だよな」


 何気なく呟いた言葉に、ノアがぴくりと耳をそばだてる。


「ね、猫耳? ケント、そういうのが好きなの?」

「あ、いや、好きというか、なんというか」


 なんとなく、セットになりやすいイメージがある。


 ……あくまでイメージだが。


 楽しげなクラスメイトの中で、ノアはじっと考え込んでいた。









「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「ありがとう、助かったよ」

「銀星祭、遊びにきてよね! めっちゃサービスするし! ノアが☆」

「ら、ランジアっ!」

「ああ。楽しみにしてるよ」


 ひらひらと手を振る。


「あ、うん。じゃあ、えっと……」


 ノアはスカートの裾を摘まんで、はにかんだ。


「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ