ヒミツの特訓
職員会議の結果、全校合同の模擬戦闘が授業に取り入れられた。
課程や上級下級関係なく、四人一組のチームを組んで、チーム同士で戦い、先に相手を無力化した方の勝ちだ。
場所は体育館。
生徒たちは、戦闘前にチームでミーティングをし、戦術を練る。
「弓は多少足場が悪くても狙えるから、こっちから回り込むわね。戦士には先陣を切ってもらいたいんだけど、いい?」
「俺は大丈夫だ。ただ、向こうに踊り子がいるから、特殊効果を掛けられた時は魔術で補助してもらえると助かる」
「はい、わかりました!」
戦闘が終わったあとも、そこかしこで反省会が開かれた。
「魔術、あの位置からで良かった?」
「うん、ばっちりだよ。むしろ、ぼくら剣士にしてほしいこととか、ある?」
「あ。あんま左右に走られると、召喚獣がターゲット絞れなくて、ちょっと困るかも」
「修道士としては、回復魔法を掛けるタイミングが知りたいです」
課程を越えて、積極的に意見が飛び交う。
「すごいッスね、これは。他のどの学校にもない試みッス」
「これ、銀星祭で発表するのもいいかもねぇ」
真剣に臨む生徒たちの姿に、クルート先生や校長をはじめ、教師たちが感心している。
互いの戦い方を知ることは、将来パーティーを組む上で、この上ない強みになるだろう。
「水分補給を忘れずにな」
チームを見て回っていたおれは、少し外れたところで休憩しているノアの姿を見つけた。
「ノア」
「あ、ケント」
隣に腰を降ろす。
「調子はどうだ?」
「すごくおもしろいよ。座学とか、修練の授業とは全然違う。他の課程の子としゃべる機会って、あんまりなかったし、勉強になる」
「そうか。良かった」
ノアはそれきり黙り、しばし迷っていたが、やがて思い詰めたような表情で口を開いた。
「あの、ケント、お願いがあるんだけど……」
「どうした?」
「……放課後、特訓に付き合ってほしいんだ」
「特訓?」
ノアは模擬戦でも先陣を切って活躍しているし、剣の技も研ぎ澄まされてきている。
見たところ、特に問題はないようだが……
ノアはしばし言いよどんでいたが、やがて何か決意したかのように顔を上げた。
「あのね、ぼくらのクラス、銀星祭で、喫茶店をやるんだけど……」
「ああ」
前にそんなことを言っていた。
「銀星祭には、毎年、貴族の人たちが大勢くるんだ。冒険者育成校として優れていることをアピールできれば、寄付が増えたりもするらしくて」
「そうみたいだな」
生徒には知らせていないが、今年は特に、学園の命運を左右する年になるだろう。
ノアは真剣なまなざしで呻いた。
「つまり……学園の威信は、ぼくのおもてなしにかかってる……っ!」
「……あまり気負いすぎずにな?」
ノアはおれに向かって両手を合わせた。
「だからお願い、接客の特訓に付き合ってほしいんだ……っ!」
なるほど、そっちの特訓だったか。
「それはもちろんいいけど、ノア自身が楽しめば、お客さんにも学園の良さは充分伝わると思うぞ」
しかしノアは視線を彷徨わせた。
「それがね、なんか……うちのクラス、メイド服で接客するんだって」
「!?」
メイド服で接客する喫茶って、つまりあのメイド喫茶か? メイドさんとゲームをしたり、写真を撮ったりできるという? ……行ったことないけど。
「こっちの世界でも、メイド喫茶ってあるんだな……」
「こっちの世界?」
「あ、いや、なんでもない」
ノアは困ったように首を傾げた。
「よくわかんないけど、王侯貴族の方にも、おうちみたいにくつろいでもらえるように、メイドを演じるんだって」
「ああ、なるほど」
偶像としてのメイドじゃなくて、本物のメイドさんを模すわけだな。
ノアはもじもじと膝をすりあわせた。
「でもぼく、接客とか、あんまり自信ないし、ましてやメイドらしい振る舞いなんて、よく分からないし……それで、できたら、アドバイスとかもらえないかなって……」
どんなことにもまじめに取り組むノアが可愛くて、おれは笑って頷いた。
「おれでよかったら」
「ほんと!?」
ノアはぱっと破顔したが、すぐに頬を引き締めた。
「あっ、誰にも言わないでね! 特にランジア! もし知られたら、絶対いじられるから……!」
「分かったよ」
というわけで、おれはノアの秘密の特訓に付き合うことになったのだった。
そして、放課後。
おれは北の庭園にある温室で、ノアが来るのを待っていた。
銀星祭当日も、この温室がメイド喫茶の会場になるらしい。
ガラス張りの天井から、透明な日差しが降り注ぐ。控えめに咲いた秋のバラが深い香りを漂わせ、どこかの梢で小鳥が鳴く。少し開けた広場には、白いテーブルと椅子が設えられて、優雅なお茶会にぴったりだ。食堂もすぐそこだから、調理にも便利だろう。
と、背後から足音がした。
「お」
おれは振り返り――思わず「おお」と感嘆の声が漏れる。
そこには、瀟洒なメイドさんが立っていた。
絹のように流れる銀髪に、頭を飾る白いヘッドドレス。袖は愛らしいパフスリーブだ。繊細なフリルのついたエプロンに、膝上で揺れるスカート。すんなりと伸びた手足が引き立って、とても可愛い。……の、だが……あれ? なんか、話の経緯から、由緒正しいメイドさんを想像してたけど、前世のメイド喫茶のイメージに近いぞ?
ノアは髪をいじり、おずおずと尋ねた。
「えっと……どう、かな……」
ひとまず、思ったままを告げる。
「似合ってるよ」
「あ、ありが、と」
ノアは頬を染めてうつむいた。
奥ゆかしい仕草もかわいらしい。
可愛すぎて、これで給仕してまわるのかと思うと、少し心配だが……そこはクルート先生がしっかり監督してくれるだろう。
「じゃあ、接客の練習をしようか」
「うん。入店するところからお願いしていい?」
「ああ」
ノアは「よしっ」と気合いを入れると、勇ましく銀のトレイを構えた。
「見せてあげるよ。完璧な奉仕っていうやつを、ね……!」
きりりと引き締まった表情は、メイドというより剣士だが……これはこれで良いと思う。
おれはバラのアーチをくぐって、一旦外に出た。
ふう、と息をつく。
あんな可愛い格好をしたノアが、「おかえりなさいませ、ご主人さま」って迎えてくれるのか……なんだか感慨深い。
思わず全力でくつろいでしまいそうだが、普通のお客さんを演じなければ。
大きく息を吸って、声を張る。
「おっ! メイド喫茶かー! おもしろそうだなー、入ってみるかー!」
我ながら大根役者だが、大目に見てもらおう。
お客さんの呈でアーチをくぐると、かちこちに緊張したノアが出迎えてくれた。
強ばった表情で叫ぶことには、
「い、いらっしゃいましぇ、おきゃくしゃまっ! うぇ!」
「うん、いったん落ち着こうか」
「うう、噛んじゃった……」
涙目になっているノアを座らせる。
「ええと、ちょっと力みすぎかな」
「うん……」
「いつもみたいに、自然体でいいんだぞ」
「うん……」
「あと、出迎えの言葉は、『お帰りなさいませ、ご主人さま』の方がいいかもな」
「? なんで? なんでお帰りなさいなの? お客さんなのに?」
「え、ええと……お客さんに、自分の家のようにくつろいでほしいというおもてなし精神的な……?」
「……ケント、天才だね……」
いや、完全に前世の記憶頼みなのだが……
「あとは、やっぱり笑顔だな」
「うう……」
「いつもみたいに笑えるか? こう、ふにゃって」
「……ぼく、そんな気の抜けた顔してる?」
してる、といえば拗ねてしまいそうだ。
「あんまり気負わないで、いつものノアでいいんだぞ?」
「でも……」
「おれは、ノアの笑顔が好きだよ」
「!」
ノアはみるみる真っ赤になった。
ばたばたと手をふる。
「ちょ、やめ、やめてよ……!」
「うん、それだ。いい。可愛い」
「か、わ……っ!?」
「その顔もいいな。もっと見たい」
「もう、やめてってば……!」
「今の感じで、さっきの台詞、言えるか?」
「…………」
ノアは視線をさまよわせていたが、やがておれを上目に見つめた。
頬を染めてはにかみ、
「……お帰りなさいませ、ご主人さ――」
「ノア、なにしてんの?」
バラのアーチからひょっこりと顔を出したのは、ランジアとロッテだった。
「わあああああああああああああ!? わああああああああああああ!?」
パニックになるノアを見て、ランジアがぷぷーと噴き出す。
「えー、なにその格好。『メイド喫茶? 興味ないね』とかいってたくせに、やる気満々じゃん! ウケる!」
「よく似合うわ。素敵よ、ノア」
「わあああああああああああ! わあああああああああああああ!」
そうこうする内に、ノアのクラスメイトが続々と集まってきた。椅子とテーブルを並べに着たらしい。
ノアはテーブルに突っ伏している。
「うう、見られた……完璧に特訓して、当日かっこよく決めるはずだったのに……」
「よしよし」
ノアはロッテに撫でられていたが、ふと顔を上げた。
「そういえば、ケントから、いいこと教えてもらったよ。お出迎えの時は、『お帰りなさいませ、ご主人さま』っていえばいいって」
「え、なんで?」
「ホスピタリティ精神だよ」
「へー、すげー」
テーブルの設置を終えた生徒たちがわらわらと寄ってくる。
「ねえ大賢人、他にいいアイデアない?」
「他に?」
「そ。なんつーか、強みってゆーか、セールスポイントがほしいんだよね。メイドさんがおもてなししまーすってだけじゃ、貴族にとってはむしろ日常だし、いろいろ考えたんだけど、どれもパッとしないんだよねー」
「クッキーをサービスするのとかも考えたんだけど、もともと安い値段で出すから、原価割れしちゃうんだ」
なるほど、こうして経済観念も育てられるのか。なんて有意義な行事なんだ。
「メニューは? どんなものがあるんだ?」
「紅茶とかスコーンの他に、食事もあるよ。パスタとかオムライス、パンケーキみたいな」
「できるだけ親しみやすいメニューを心がけました」
いよいよ前世のメイド喫茶に近い。
ランジアたちが、おれを見つめる。
「どう、大賢人?」
「うーん」
期待に満ちた視線を送られて、おれは考え込んだ。
メイドというだけでは決め手に欠ける。モノをサービスするにはちょっと厳しい。
となれば、やっぱり……
「……オムライスに、ケチャップで絵を描くとか?」
「!?」
生徒たちがざわめく。
「オムライスに絵を!?」
「なんで!?」
「え? な、なんでだろう……こう、付加価値というか、店員とお客さんの距離が近いメイド喫茶ならではっていうか……?」
正直、メイド喫茶といえばこのサービス、というところはある。
ロッテが「なるほど」とめがねを光らせて頷いた。
「パフォーマンスで特別感を演出するわけね。まさに天才の発想」
「さすが、考えることが違う!」
いや、おれの考えというか、前世の感覚で提案したので、ここまで持ち上げられると、なんというか、こそばゆい……
「あ。あとは、たとえば、お客さんに、『推し』を作ってもらうとか……」
「推し?」
「ああ。同じメイドでも、それぞれ個性を作るんだ。キャラ付けっていうのかな。たとえば、甘え上手とか、恥ずかしがり屋とか、ちょっとクールとか……それぞれの個性で、お客さんのツボに訴えかけて……――」
生徒たちが顔を見合わせた。
「そ、そうか。差別化を図って、それぞれにファンがつけば、リピーターになってくれるかもしれない……!」
「性格だけじゃなくて、見た目でも個性をアピールできるんじゃない!?」
「髪型とか、あとはメイド服をアレンジしてみるのはっ?」
「あたし、フリルめっちゃ付けたい!」
生徒たちが盛り上がる。
おれはうんうんと頷いた。
「猫耳とかも定番だよな」
何気なく呟いた言葉に、ノアがぴくりと耳をそばだてる。
「ね、猫耳? ケント、そういうのが好きなの?」
「あ、いや、好きというか、なんというか」
なんとなく、セットになりやすいイメージがある。
……あくまでイメージだが。
楽しげなクラスメイトの中で、ノアはじっと考え込んでいた。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「ありがとう、助かったよ」
「銀星祭、遊びにきてよね! めっちゃサービスするし! ノアが☆」
「ら、ランジアっ!」
「ああ。楽しみにしてるよ」
ひらひらと手を振る。
「あ、うん。じゃあ、えっと……」
ノアはスカートの裾を摘まんで、はにかんだ。
「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」