提案
「再テスト、どうでしたか?」
おそるおそる尋ねると、マロニエールは笑顔をいっぱいに咲かせた。
「全員合格なのです!」
「おお」
良かった!
ほっと胸をなで下ろす。
マロニエールは解答用紙を机上に並べた。
「みんなびっくりするくらいいい点だったのですが、特に記述問題がすごくて」
入り組んだ戦況において、精霊学の知見からどのように対処するかという問題だ。
見れば、どの解答用紙にもびっしりと対処法が書かれている。
「こんなに細かく、かつ実践的な答えは初めてです。生徒たちが楽しんで勉強したのが伝わってくるのです」
マロニエールは目を輝かせて感激している。
「ケント先生にお願いしてよかったです。ありがとうございました」
「いいえ。お役に立てて何よりです」
責任重大で不安だったが、力になれてよかった……もしかして、『願望反映』が関係してるのかな?
と、マロニエールの机に本が積み上げられているのに気付いた。
「重そうな本ですね」
「先程、支援者の方が、魔道書を寄贈してくださったのです!」
どれも立派な装丁で、相当古いもののようだ。
マロニエールは色あせた表紙に頬ずりした。
「我が校の魔道書は、火災でほとんど焼失してしまったので、ありがたいです。ただ、複雑な魔術鍵がかかっていて……」
試しに開こうとしたが、がっちりと閉ざされている。
「かなり厳重ですね」
「おそらく古代魔術なのです。解錠には骨が折れそうなのです」
「おれが見ましょうか?」
「いいえ、大丈夫なのです! 解錠なら、私の十八番なのです!」
マロニエールは、えへんと胸を張る。
「解錠できたら、ケント先生にも読ませてあげますね!」
「ありがとうございます」
それにしても、全員合格できてよかった。
……あ、そういえば。
「あの、教頭先生はどこに?」
「たぶん校長室なのです。来客があったようなので、対応中かと」
「ありがとうございます」
補習をしていて、少し思いついたことがあったのだ。
差し出がましいかもしれないけれど、提案するだけしてみよう。
数日かけてまとめた書類を抱え、校長室に向かう。
その途中、見覚えのある姿を見つけた。
「あれ?」
ぴかぴかの靴に、金色に光るステッキ。小さな目と、立派なヒゲ。
レドアルド学園のゴルゾフ校長だ。
例によって黒服を従えた姿は、校長というよりマフィアの親分みたいだ。
「こんにちは、ゴルゾフ先生」
ゴルゾフはおれを見て片眉を跳ね上げた。
「おや、大賢人さまではないですか」
「ご無沙汰しております」
軽く挨拶を交わす。
それにしても、変なところで会うものだ。
「玄関はあちらですよ」
反対方向を示すと、ゴルゾフは「おやおや、そうでしたか」と肩を竦めた。
「広くて迷ってしまいましてね。お恥ずかしい」
「よろしければ、お送りしますよ」
一行を連れて、玄関に向かう。
歩いている間、黒服たちは辺りにくまなく視線を配っていた。
ゴルゾフがおれの手元を見る。
「その書類は、なんですかな?」
「教頭に、新しいカリキュラムを提案しようと思いまして」
「ほう。赴任して間もないのに、さすが、大賢人さまは違いますなぁ。そういえば、先のフィールドワークでは、生徒にいちからアイテムを作らせたとか。さすが伝統あるユリシス学園、考えることが違う。火竜の襲撃で世間の目が厳しくなっているいま、再び魔物の襲撃などあれば、致命的でしょうになぁ」
その言葉に、この前の惚れ薬の一件を思い出す。フィールドワークで訪れた洞窟で、危うく子どもたちが魔物に襲われるところだった。未然に防げたからよかったものの……
ゴルゾフは目を細めて校内を見渡す。
「しかしまあ、何度来てもご立派な校舎で。さすがは大陸一とうたわれるユリシス学園、王侯貴族からの信頼も厚いとみえます。火竜に襲撃されるという失態を犯したというのに、黙っていても寄付金が集まってくるとは……いやはや、伝統というものは便利ですなぁ。まったく、羨ましい」
復興できたのは、伝統はもちろん、アスタルテ校長をはじめとした教員、生徒たちの努力もあると思うが、今は黙っておこう。
玄関で、ゴルゾフを見送る。
「お気を付けてお帰りください」
「ええ。それでは、また」
ゴルゾフの小さな目が、弧を描いた。
「銀星祭、楽しみにしておりますよ」
銀星祭には、他の学校の関係者も呼ぶといっていた。
ゴルゾフも招かれているのだろう。
おれは廊下を戻り、校長室の扉をノックした。
「どうぞ」
中に入ると、正面の机に座った校長が「やあ、ケントくん」と微笑んだ。
「どうしたんだい?」
「教頭先生に用事がありまして」
見ると、教頭は応接テーブルを片付けているところだった。
「すまない、来客があったものでね」
「ゴルゾフ校長ですか?」
「おや、知ってたのかい?」
「先程、お会いしまして」
「それはそれは。あのタヌキのことだ、存分にちくちくやられたことだろう」
何と応えようか迷っていると、校長は口の端を吊り上げて笑った。
「レドアルド学園は、比較的新しくできた学園でね。我が校があのまま廃校になって、寄付金がレドアルド学園に流れるのを期待していたようだけれど、そうは問屋が卸さなかった」
なるほど、だから棘があったのか。
「まあ、無理もないさ。このご時世、資金難はどこも共通の悩みだよ」
校長はそういいながら、机に敷いた布の上で、ひたすら土を捏ねている。
不思議に思っていると、教頭が顔を上げた。
「お気になさらず。この人はストレスがたまると、こうしてよくわからない作品をつくるのです」
「前衛的といってくれないかい?」
「それで、どうかなさいましたか、オーナリー先生?」
「カリキュラムについて、ご相談がありまして」
「どうぞ」
すすめられるまま、椅子に座る。
「先日、補習を受け持って思ったんですが、全校で合同授業を行うのはどうでしょうか」
「合同授業ですか?」
「はい」
おれは、書類を広げ、補習をした時の生徒たちの様子について説明した。
「課程もクラスも関係なくチームを組んで、模擬戦闘を行うんです。他の課程の戦い方を知ることで、実戦に即した連携や、応用力が身につくと思うのですが……」
教頭はじっと考え込んでいたが、やがて「なるほど」と顔を上げた。
「一考の余地はあります……いや、正直をいって、面白い。次の職員会議に掛けてみましょう」
校長も「ははぁ」と口角を吊り上げる。
「これまで、冒険者育成校の慣習として、各課程のエキスパートを育てることに専念してたけど、合同授業か。また面白いことになりそうだねぇ」
と、その目が不意におれを見上げた。
「あれ? ケント先生……」
「はい」
「……いや。変な気配がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」
校長は頭を掻くと、再び壷作りに戻った。
「では、また」
おれは教員室をあとにした。
検討してもらえそうで良かった。
廊下を歩く。
掲示板には、出店のチラシやポップな装飾が増えてきた。
銀星祭に向けて、熱気が増してきている。
その夜。
「銀星祭の準備、進んでるか?」
礼拝堂のキッチンでそう尋ねると、アシュリーは「うん!」と頷いた。
「きょうね、満月草をかわかそうとしたら、ベアちゃんがばくはつさせちゃってね!」
「あらまあ、大変でしたねぇ」
ステラ特製ミルクを飲みながら、可愛いおしゃべりに耳を傾ける。
おれはふと、ノアが黙り込んでいるのに気付いた。
「ノアのクラスは、何をやるんだ?」
「……喫茶店」
「喫茶店?」
「うん……ぼくのクラス、銀星祭で、臨時喫茶店を開くんだ」
「へえ。いいじゃないか」
「うん……」
珍しく歯切れが悪い。
難しい顔で、何か考え込んでいるようだ。
おれはフィオに視線を移した。
「フィオは?」
フィオはちょっと黙って、それからぽつりと呟いた。
「おばけ、やしき……」
「わー、おもしろそう! あそびにいくね!」
アシュリーがはしゃぐが、こちらもなんだか浮かない顔。
なにやらそれぞれ悩みを抱えているらしい。
尋ねようとして、呑み込む。
もしおれの助けが必要なら、近いうちに相談に来るだろう。
そして事実、その通りになるのだった。




