いざ、フィールドワーク
魔術士課程下級クラスは、錬金術の授業中だ。
錬金術の授業も、マロニエールが担当している。
「今日は、エーテルをつくりましょう!」
教壇に立ったマロニエールは、いつになく張り切っている。
銀星祭まであと半月。
魔術士課程下級クラスは、生徒たちで材料を集めてアイテムをつくり、さらにそれをアレンジした食べ物や飲み物を、銀星祭で発表・販売するという。
「みなさん手作りのアイテムで、王侯貴族のみなさまをあっといわせるのです!」
銀星祭には、学園の威信が掛かっている。
生徒がいちから作ったアイテムとなれば、目を引くだろう。
「エーテルには、リョリョクソウという薬草が必要です。リョリョクソウについては植物学で習いましたね、アシュリー?」
「はい! しゅうちゅうりょくをあげる草のことです!」
「よろしい」
リョリョクソウは、洞窟に群生するという。
今日は一日掛けて、リョリョクソウの採取に向かう。
「では、中庭に整列しましょう。ケント先生、ココ先生に出発の報告をお願いしますです」
「分かりました」
教員室へ行き、教頭のもとを尋ねる。
「魔術士課程下級クラス、ただいまよりフィールドワークに出発します」
教頭は書類に目を落としたまま「了解しました」と応じた。
「事故のないように。帰校したら、すぐ報告にきてください」
「はい」
まるで機械みたいだ。会話の間も、書類チェックの手を緩めない。仕事ができる人というのは、こういう人のことをいうのだろう。
……逆に、休みの日とか、何をしているのだろうか。趣味とかあるのかな。照れたり笑ったりすることってあるのだろうか。ちょっと気になる。
校舎を出て、中庭に向かう。
「報告終わりました」
「ありがとうございました! では、出発なのです!」
みんなそろって荷物を背負い、水筒をさげ、学園を出発した。
向かうは、学園を出て西。山の麓に広がる森だ。
「足元に気を付けるのですよー!」
「はーい!」
列を組んで森に入る。
落ち葉に覆われた地面は柔らかく、木の根が絡み合っていて歩きづらい。
おれは列のしんがりを歩き、転びそうになる生徒に手を貸しながら進んだ。
「こんなの、飛んじゃえば楽なのに」
「ローザ」
「わかってるわよ」
ローザは口を尖らせながらも、黙々と歩く。
やがて、森の突き当たり。
岩が剥き出しになった山肌に、洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「おおー!」
洞窟を覗き込んで、アシュリーが歓声を上げる。
「すずしーい!」
暗闇から、ひんやりと湿った風が吹いてくる。
エルが眉をひそめた。
「暗いな……」
「なによ、びびってんの?」
「び、びびってねーし!」
この洞窟、元はダンジョンだったらしいが、おれとマロニエールで事前に調査し、危険がないことは確認済だ。
マロニエールは生徒を集めた。
「ここからは、慎重に行動するように! リョリョクソウを見つけたら、すぐに報告するのですよ!」
はーい! と元気いっぱいの返事があがる。
ひとりひとりに蛍花のランプを配る。青白い魔術の光に、子どもたちは大喜びだった。
中程にある広場を拠点に決めて、探検開始だ。
生徒たちが我先にと通路に飛び込んでいく。この洞窟、別れ道があるにはあるが、すぐに行き止まりになっていたり、元の場所に戻ってきたりで、迷子になる危険性はない。
マロニエールは拠点で子どもたちの報告を待ち、おれはそれぞれの様子を見て回った。
子どもたちは、洞窟に生えている草と図鑑を見比べ、ああでもない、こうでもないと楽しそうに話している。
と。
「パパ!」
振り返る。
アシュリーが、息を切らせておれのもとに駆け寄ってきた。
「どうした?」
「あっちに、へんなはこがあるの!」
「箱?」
事前調査では、そんなものなかったが……
「こっちだよ!」
アシュリーについていく。
通路の突き当たりで、子どもたちがしゃがみ込んでいた。
エルやローザ、ベアトリクスの姿もある。
「なんだろうねぇ?」
「なんか、怪しいな」
「開けてみましょうよ」
子どもたちの視線の先には、ひとかかえほどの木箱が置いてあった。
「みんな、離れて――」
刹那、蓋が勢いよく開いた。
『ギイェエェエェェ!』
「わあっ!」
「魔物だ!」
悲鳴が上がる。
箱から、巨大キノコが這い出てきた。
エルがクラスメイトを庇おうと走り出る。
「さがってろ!」
が、
「どいてなさい!」
同じく前に出たローザと衝突して、二人仲良くひっくり返った。
「いってぇ!」
「ちょっと、何すんのよ!」
「そっちこそ! 新入りは引っ込んでろ!」
「なによ、あたしの方が強いんだから!」
「け、ケンカはよくないぞ……!」
ベアトリクスが止めようとするが、二人は犬と猫みたいにいがみ合う。
その間に、キノコがもたもたと接近していた。
おれが動くよりはやく、アシュリーが叫んだ。
「精霊さん、おねがい!」
キノコの足元から炎の柱が上がった。
『ギエエェェェエェエエ!』
キノコが炎に包まれ、黒い灰になっていく。
「……香ばしいな」
アシュリーは、倒れ込んでいる二人に駆け寄った。
「ローザちゃん、エル! 大丈夫?」
「お、おう」
真っ赤になって顔を背けるエル。
それを見て、ローザがぴくりと眉を跳ね上げた。
「……ははーん」
「な、なんだよっ!」
キノコが灰になったのを見届けて、おれは箱を注意深く観察した。
ダンジョンとはいっても、事前の調査では、魔物は生息していなかったはずだ。
箱は目立った汚れもなく、新しい。
「…………」
おれは立ち上がった。
「拠点に戻ろう」
子どもたちを連れて、来た道を戻る。
マロニエールは水筒でお茶を飲んでいた。
小声で話しかける。
「マロニエール先生、ちょっといいですか」
「はい」
「さっき、奥に置いてあった箱から、魔物が出てきて……」
「えっ」
「幸い、誰もケガはなかったですが……おれたちが今日、ここに来ること、外部の人間は知ってますか?」
マロニエールは首を振った。
「我が校のカリキュラムは極秘で、校内の人間しか知らないのです。……あ、でもフィールドワークの場合は、被らないように、他の冒険者育成校に知らせることになっているのです」
なるほど。
おれは口元に手を当てて考え込み――
「あーっ!」
奥から、悲鳴に似た声が聞こえた。
「ベアちゃんの声だ!」
「行ってみよう!」
慌てて駆け付ける。
「どうした、ベアトリクス!」
声を掛けると、ベアトリクスは嬉しそうに振り返り、
「リョリョクソウ、いっぱいあったー!」
その足元には、リョリョクソウが群生していた。
こんもりと生い茂ったリョリョクソウを、みんなで採取する。
「わー、ちくちくする!」
「鎌とかないわけ?」
「根っこに成分が凝縮されているので、ちぎってはダメなのですよ~」
学園に戻り、さっそく調合だ。
敷地の端にある錬金棟に移動する。
「教頭先生に、無事に帰校した旨を報告にいってくるのです! あとはよろしくお願いします!」
「はい」
まずは班ごとに分かれて分量を量る。
「うう。オレサマ、こういうの、苦手だ……」
「大丈夫、ゆっくりやろう」
生徒たちの様子を見ながら、作業を進める。
「思ったよりむずかしいね~」
「あっ、こぼしちゃったぁ」
「えへへ、ちょっと楽しいかも」
リョリョクソウを乾燥させ、すり潰し、鍋に入れて、聖水や他の材料を足した。
これを火に掛け、冷まし、瓶詰めにすれば完成だ。
「あしゅり、かきまぜるのやりたい!」
「よし、頼んだぞ」
鍋を火に掛けながらかき混ぜる。
と、アシュリーが歓声をあげた。
「わー! きれいなピンクいろになったよ!」
……ピンク色?
覗き込むと、鍋の中の液体は確かに綺麗なピンク色に染まっていた。
「おかしいな」
錬金術の教科書をめくる。
完成品を見ると、淡い緑色をしていた。
「分量を間違ったか……?」
おれはページをめくって、手順を確認し――背後で悲鳴が上がった。
「先生、けむりが!」
振り返る。
鍋からピンク色の煙が上がっていた。
「!?」
多少焦がしたというレベルの量ではない。
わたあめのような煙はもくもくと盛り上がり、たちまち勢いを増し始める。
「な、なにこれぇ!?」
「先生、どうしよう!」
「鍋から離れて! 身体を低くして、煙を吸わないように――」
その時、マロニエールが帰ってきた。
「ただいまなので――なんですかこれはぁぁぁぁ!?」
「マロニエールせんせー!」
「薬を火に掛けていたら、急に液体がピンクに変わって……!」
「あっ、これ……!?」
残ったリョリョクソウを見て、マロニエールが叫んだ。
「ほ、ほほほほホンワカソウが混じってるのです!」
「ホンワカソウ!?」
「さ、催眠効果のある薬草で、主に惚れ薬の材料に使われるのです!」
「惚れ薬!?」
つまり、この煙は惚れ薬成分を含んでいるということか……!?
「どどどどどうしましょうっ! このままでは学園の風紀が乱れるのです! みんな、息を止めるのですーっ!」
「先生、死んじゃいます!」
混乱のさなか、おれは魔術を編み上げると、窓や扉を一斉に開け放った。
錬金棟は、幸い校舎から離れたところにある。煙を窓や扉から外に出すしかない。
「みんな、伏せてろよ!」
おれは叫ぶなり、風のイメージを編み上げ、発動させ――
と。
「なんの騒ぎですか」
「教頭先生!?」
騒ぎを聞きつけたのか、教頭が入口に立っていた。
「ココ先生、息をしないでくださいなのですーっ!」
「は?」
しかし時すでに遅し、煙を乗せた風が出口に殺到し、教頭を直撃した。
「うぶっ!」




