野菜を育てよう ~学園編~
休日。
朝日を浴びながら、おれはベッドの上でしばしぼんやりした。
久しぶりによく寝た。
のんびり着替えて顔を洗い、礼拝堂のキッチンに顔を出す。
ステラが顔を上げた。
「あら、おはようございます」
「おはよう」
「よくお休みになられたようで、良かったです。いま朝ご飯を作りますから、ちょっと待っててくださいね」
「ありがとう」
こんがり焼けたトーストに目玉焼き、シャキシャキレタスのサラダ。
シンプルなおいしさが、寝起きの身体に染み渡る。
食後の紅茶を飲みながら、おれはステラに尋ねた。
「アシュリーたちは?」
「アシュリーとノアは、おともだちと、街に行く約束をしているようです。フィオは朝早くから飼育棟に」
学校生活は順調みたいだ。
ほっと息をつくおれを見て、ステラは微笑んだ。
「今日は、のんびり過ごしましょう」
「ん」
ここのところ、忙しい日が続いたからありがたい。
久しぶりに、参考書以外の本でも読もうか。
ことことと鍋の音が響く、明るいキッチン。
足元ではリルが丸くなっている。
穏やかな時間が流れる。
ふと、ステラが羊皮紙に何か書き出しているのに気付いた。
「それ、なんだ?」
「クミンさんに、新しいメニューを考えてほしいと言われまして」
クミンさんは、子どもたちの生活を見守る寮母さんで、食堂を取り仕切っている女性だ。
「せっかくなら、変わった食材を使って、楽しんでもらいたいと思いまして……でも、実際に作ってみないことには、なかなか難しいですね」
羊皮紙には、レシピ案がぎっしりと書き込まれている。
おれは窓の外を見遣って呟いた。
「新しい野菜を育ててみようか」
「え、でも、お疲れなのでは……」
「大丈夫。それに、いい気分転換になりそうだ」
外に出て、礼拝堂の裏に回る。
空気は冷たく澄んで、日差しは透き通っている。
好きに使っていいといわれた土地に、鍬を入れて耕す。
ひんやりと湿った土から、金色のオーロラが立ちのぼった。
精霊もご機嫌みたいだ。
「なんだか懐かしいな」
土いじりをしていると、心が安らぐ。
通りかかった生徒たちが、寄ってきた。
「ケントせんせー、なにしてるんですかー?」
「野菜を植えるんだ」
「えーっ、どんな野菜? かぼちゃ? トマト?」
「ケント先生、礼拝堂に住んでるの? こんど遊びに来てもいい?」
ステラがくすくすと笑った。
「大人気ですね」
「新任教師が物珍しいのかな」
少しでも早く学園に馴染みたくて、あいた時間には、クラス問わず、いろいろな授業を見学するようにしている。おかげで、子どもたちもおれのことを覚えてくれたらしい。
畝を作って、育てる野菜を吟味する。
学園に赴任する道すがら、いろいろな種や球根を買い集めたのだ。
「ええと、これがエシャロットで、こっちがルッコラ……ルッコラってなんだ?」
「たしか、葉野菜の一種かと……でも、この季節に植えても大丈夫なのでしょうか?」
二人で種を植えてていると、ヤギが寄ってきた。
服の裾をはむ。
「メエエエエエエ」
「こらこら、あとでな」
「メエエエ」
「最近ケントさんがかまってくれないから、拗ねてしまったようです」
そうだったのか。かわいいやつめ。
「よしよし」
ひとしきり撫でると、ヤギは満足したのかどこかへ行ってしまった。
水をやり、肥料をまく。
今度は巨大花が顔を出した。
不法投棄されたアイテムで、巨大化してしまった花だが、初めて会った時に比べると、ずいぶん小さくなった。
「おまえもいるか?」
根っこに肥料をばらまいてやると、巨大花は茎をくねくねさせて喜んだ。
畑にもまんべんなく水をやる。
「大きく育てよ~」
愛情込めて声を掛ける。
と、
「わっ!」
野菜が急成長した。
あっという間に収穫できる状態になっている。
ステラが目を見張った。
「まあ、こんなことって! まるで魔法みたいです」
「あー……」
――おれが唯一所有しているスキル、『願望反映』。
おれが手塩に掛けたものは、すくすく育つという特殊スキルだ。対象は植物のみに限らず、人間にも及ぶ。の、だが……なんか、だんだん効果が上がってきてないか……?
立派に育った野菜を見て、ステラは首を傾げた。
「……これまでも、季節問わず野菜が育つので、おかしいなとは思っておりましたが……」
鳶色の瞳が、おれを見つめる。
「ケントさん、やはり、何か特別な能力をお持ちなのでは?」
「あ、あー……」
おれは言葉を濁した。
この『願望反映』、過去に一例しかない、かなり特殊なスキルらしく、おれがこのスキルを持っていることはまだ誰にも言っていない。
ステラたちにも、なんとなく打ち明けるタイミングを逃したまま、今日まできてしまった。
ステラはまっすぐにおれを見つめる。
「もしよろしければ、教えてください。もう、今さら驚きませんから」
「……実は……――」
おれの話を聞き終えて、ステラはぽつりと呟いた。
「『願望反映』、ですか」
「ああ」
「……そう、ですか」
ステラはしばし黙り込んでいたが、そっと目尻を拭った。
慌ててその肩に手を置く。
「ど、どうした、ステラ?」
「いえ、すみません。ケントさんが、あの子たちに真心を傾けてくださって……あの子たちも、その想いに応えて……それがなんだか、とても嬉しくて……」
そういって、ステラは柔らかく笑った。
「改めて、ありがとうございます」
「…………」
声を失う。
いきなり転生してしまった異世界で、彼女たちに会っていなかったら、おれはいったいどんな人生を送っていただろう。きっと今よりずっと、寂しかったに違いない。
「こっちこそ、ありがとう」
ステラは目を細めた。
「ケントさんは、この学園に来るために、そのスキルを持って生まれたのかもしれませんね」
確かに、これほど教師に向いたスキルもないだろう。
これまでアシュリーたちにしてきたように、そしてアシュリーたちにしてもらったように、一人一人と、真摯に向き合っていこう。
収穫した野菜で、いろいろな調理法を試した。
テーブル一杯に並んだ皿を、順番に試食する。
「ん。これ、シーフードと合いそうだな。酸味がいい」
「こちらも、しゃきしゃきしていておいしいです。揚げてもよさそうですね」
「マリネとかはどうだ?」
「いいですね! あっ、オリーブオイルとハーブソルトをまぶして、香ばしく焼くのはどうでしょう?」
未知の料理を前に、ステラは子どもみたいにはしゃいでいる。
その姿が幼い女の子みたいで、おれは思わず笑った。
「? なんですか?」
「なんでもないよ」
「えっ、なんですか、おっしゃってください!」
「ほっぺにソースがついてる」
「えっ!? ど、どこですかっ? ケントさん! ケントさんってば!」
小さなキッチンに、明るい声が響く。
こうしておれは、久々の休日を堪能したのだった。




