新しい居場所
ユマに礼を言って別れ、図書室へ足を向ける。
図書室は、校舎の地下にある。
校舎に入り、階段を降りて、足を踏み入れた。
「すごいな」
天井までみっしりと本の詰まった棚が、所狭しと並んでいる。ほとんど図書館だ。
膨大な蔵書の中から、召喚獣についてのコーナーを探し出す。
「あった」
召喚獣に関する本だけで棚一面を占めていた。
その中から、グリフォンの生態が記された書籍を何冊か取り、席に着く。
「けっこう詳しく書いてるな」
グリフォンの幼生の育成に成功した例は、何件かあるらしい。いずれもたまごから孵化した幼生を育て、成獣にしている。
重要な部分を抜粋して、ゆっくりと読み上げてやる。
聞き慣れない単語も多いだろうが、フィオは熱心に耳を傾けていた。
ひととおり目を通して、頭をかく。
「うーん……ユマたちのやり方であってるんだよな……」
ユマに聞いた話と照らし合わせたところ、飼育方法に問題はない。
エサをやる際は、肉をすりつぶし、練って丸め、枝に刺す。他の幼生を育てた事例でも、その方法で成功している。
小屋も清潔に保たれていたし、調光も眩しすぎず暗すぎず、適切だった。
いったいなぜエサを食べないのか……
「…………」
と、挿絵を食い入るように見つめていたフィオが、立ち上がった。
「どうした?」
真剣な顔でいうことには、
「ぱぱ、おふとん、かして……?」
一度礼拝堂に戻り、不毛布団を抱えて外に出る。
ステラが「まあ。今日は外でお昼寝ですか?」と驚いていた。
続いて用具室に入る。
フィオは、庭の手入れ用の用具がまとめてある一角を探していたが、やがて「あった……」と棒状のものを掲げた。
「火ばさみ?」
フィオはこくりと頷いた。
そして、一生懸命説明しはじめる。
「パパ、あのね……」
拙い説明に、おれはじっと耳を傾け、頷いた。
「ああ。分かった」
フィオに言われたとおり、木を削って、火ばさみに被せる。
飼育棟に戻ると、ユマに、もう一度グリフォンのもとに連れて行ってもらった。
グリフォンは相変わらず、石のようにうずくまっている。
「中に入ってもいいか?」
ユマはしばらく考え込んで、うなずいた。
「ただし、何かあったら、すぐに出てきてください」
幼生とはいえ、野生の獣だ。
おれとフィオは慎重に入口をくぐり、そっと近付いた。
グリフォンは動かない。金色の毛に覆われた腹部が、微かに上下している。
フィオを顔を合わせて、頷く。
おれは羽毛布団を広げると、自分たちとグリフォンをふんわりと覆った。
「…………」
グリフォンがぴくりと身じろぎ、頭をもたげた。
暗くなったのが不思議なのか、きょろきょろと辺りを見回している。
フィオが、細切れにした肉を火ばさみにはさみ、そっと差し出す。
「…………」
グリフォンは、しばらくまばたきしていたが、差し出された肉に嘴を近づけた。
そして。
「ピィ」
小さく鳴くと、肉を啄んだ。
「!」
「食べた……!」
声を押し殺して見守る。
「ピィ、ピュイ」
「ユマ」
布団をそっと持ち上げる。
グリフォンが、フィオの与える餌を食べるのを見て、ユマが目を見張った。
「すごい、フィオちゃん!」
グリフォンは皿いっぱいに用意した肉を平らげ、水を飲み、やがて眠ってしまった。
起こさないよう、静かに外に出る。
ユマが興奮した様子で尋ねた。
「どうして分かったの?」
フィオはしばし黙って言葉を探し、口を開いた。
「くちばし……」
本の挿絵では、グリフォンのヒナは、母親の嘴から直に肉を与えられていた。
「そうか、この子は、元は野性だったから……」
本に載っていた飼育例は、すべて人間の元で孵化した個体だった。
だが、このグリフォンは違う。母親の温かな翼の下で、母の口から肉を与えられていた。
健やかな寝息を立てているヒナを見て、ユマは胸を押さえた。
「良かった……ありがとう」
身を屈め、フィオを優しく覗き込んだ。
「ねえ、フィオちゃん。良かったら、一緒に生き物係をやってみない? 忙しくて大変なこともあるけど、フィオちゃんがいてくれたら、とても助かるんだけど……どうかな?」
フィオはじっとユマを見つめていたが、やがてこくりと頷いた。
ユマは大喜びで手を打つ。
「よーし! じゃあ早速、汚れてもいい服に着替えて! 夕ご飯は交代で食べにいくから、今日は先に食べちゃって! 朝は5時に集合ね!」
「……!」
突然のミッションに、フィオはあわあわと頷いた。
それ以来、フィオは飼育棟に通うようになった。
時々図書館から召喚獣に関する本を借りてきて、読んでくれとせがむ。
担任の先生の話では、クラスでも、少しずつしゃべる機会が増えてきたようだった。
熱心に文字を追うフィオの横顔を見ながら、おれはふっと笑った。
涙に濡れていた瞳はいま、前を見つめている。立ちすくんでいた小さな足は、地面を踏みしめている。
心優しい召喚士に、新しい居場所が見つかって良かった。
と、本を読んでいたフィオが、おれを見上げる。
「ぱぱ……」
「ん? どれどれ?」
分からない箇所があったらしい。
一緒に本を覗き込み、難しい単語の意味を教えてやる。
フィオが学校に馴染めたことを喜ぶ一方で、こうしてフィオの居場所のひとつでいられることが、嬉しかったりもした。
 




