表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/79

新しい仲間



 そして、面接の日。


 校長室の扉を前に、ベアトリクスは緊張した面持ちで、ローザは自信満々の様子で立っている。


 ふたりとも、ステラが繕ってくれた服に身を包み、角や尻尾は見事に隠している。こうしてお行儀良く並んでいると、人間の子にしか見えない。


「いいか、練習した通り、いい子にするんだぞ。何があっても、魔術は使わないこと」

「う、うん……!」

「わかってるわよ」


 おれは膝をつくと、ベアトリクスの襟を整え、ローザのスカートの裾を直してやった。


 なにかと心配は尽きないが、二人を信じよう。


「よし、いくぞ」


 二人が頷いたのを確認して、扉をノックする。


「失礼します」

「どうぞー」


 軽やかな応答を受けて、扉を開く。


「やあ、いらっしゃい」


 絵画や壺が並んだ、校長室の奥。

 校長が、鷹揚な微笑みでおれたちを迎え――


「うわあああああ!?」


 ガタターン! と椅子を蹴って立ち上がった。

 怯えるベアトリクスとローザなど歯牙にも掛けず絶叫する。


「可愛いいいいいい! ねえ、可愛くない!? 見てよココ! あのくりくりおめめ! もちもちほっぺ! 天使かよ!? ねえココ、飼ってもいいだろう!? 飼ってもいいよね!? ちゃんとお世話するからーっ!」

「だめです」


 教頭は冷静だった。


「ご存じの通り、我が校はいま一切の不祥事も許されません。かわいさはともかく、まずは出生や人となりをしっかりと確認してから――」

「こんな可愛い子たちが、悪い子なわけないじゃないか! だってこんなに可愛いんだよ!? 可愛いは正義! 可愛いから正義!」


 金色の目が、おれを見つめる。


「ねっ、ケントくん?」


 ……どうも見透かされている気がする。


 おれは極力ポーカーフェイスを貫きながら、「はい」と頷いた。


 教頭は食い下がる。


「しかし、我が校が求めるのは、あくまで優秀な人材。採用については実力を確かめたうえで、慎重に判断すべきです」

「ふーん?」


 それまで黙っていたローザが、つんと鼻を上向かせた。


 壁に向かって手のひらをかざす。


「つまり、あたしたちの実力が見たいってわけね?」

「え?」

「ちょっ、ローザ……」


 止める暇もあらばこそ。


 白い手から、漆黒の矢がほとばしった。


 黒い熱量が、壁に並んだ人物画、その眉間を正確に撃ち抜く。


「!?」

「な、な、なっ……!?」

「どう? これで文句ないでしょ?」


 声を失う校長たちを見て、ローザが得意顔で手を払う。


 ベアトリクスが、慌ててあたりを見回した。


「あ、お、オレサマもっ……!」

「ベアトリクス、待っ……!」


 制止虚しく、ベアトリクスが壁際に飾られた不格好な壺に両手を向ける。


 刹那、壺が爆発した。


「!? !? !?」

「ああ……」


 思わず額を押さえる。


 絵画がぷすぷすと煙をあげ、壷の破片が飛び散った惨劇に、教頭が目を見開き――おれの胸倉を掴んだ。


「オーナリー先生、これはどういうことですか!?」

「すみませ……!」

「いま無詠唱で! 無詠唱で魔術を放ちましたよね!? アシュリーに続いて、この子たちまで! 一体どうなってるんですか!? 『あなたに関わった人間は無詠唱で魔術を発動できる』というスキルでも備わっているというんですか!?」


 あ、そっち!?


「あ、ええっと……」

「あ、あ、あ……」


 返答に窮するおれの隣で、校長が声もなくわななく。


 震える手を壷の破片に差し伸べ、


「わ、私の……私の、力作たちが……」

「!?」


 これって校長の作品だったの!?


 校長がゆらりと顔を上げた。


「きみたち……」


 虚ろな瞳が、二人をとらえる。


 ベアトリクスがびくっと涙目になり、ローザが毛を逆立てた。


「な、なによ! 仕方ないじゃない、大事な絵だったなんて、知らなかったんだもの! で、でも、そうね、ちょっとは悪かったわ! ぐねぐねひん曲がった意味のわかんない壺とはいえ、ちょっとはね! あ、あの、だからっ、近付かないで、なによっ、なにする気――」


 怯える二人に、校長はよろよろとまろび寄り――思いっきり抱きしめた。


「ぐえっ」

「!? ちょっと、なにすんのよ――」

「グレイト! 芸術は爆発だ!」

「「え?」」


 驚く二人を、校長はきらきらと見つめた。


「ココを前にして怯まない度胸! 初対面でいきなり魔術をぶっ放す快活さ! 英邁闊達! 唯一無二! 素晴らしい才能だ! 校長権限で、きみたちの入学を許可しよう!」

「い、いいのか……!?」

「当然よね!」


 教頭が目を吊り上げる。


「校長……!」


 校長はそれを目顔で制すと、二人に向き直った。


「ただし、約束だ。これからは、むやみに魔術を放たないこと。いいね?」

「わ、わかった!」


 強ばっていた肩から力が抜ける。


「ありがとうございます、アスタルテ先生」

「いいんだよ。さっきいったとおりだ。彼女たちは、魔術の素養はもちろん、肝も据わっている。将来有望だ。こんな優秀な人材を、みすみす逃がす手はないさ」


 校長はおれに向かって片目をつむった。


「それに、きみのお墨付きなら大丈夫だろう」


 おれは深く頭を下げた。


 校長は二人ににこにこと笑いかける。


「それできみたち、希望職種はなにかな?」

「き、希望触手?」

「触手? あ、好きな使い魔を選べるってこと? なら、あたしは冥界の蛇ウロボロスがいいわ。もしくは地獄のヒュドラでも――」


 おれはローザの口をそっと塞いだ。


「魔術士課程でお願いします」


 こうしてローザとベアトリクスの二人が仲間入りしたのだった。









 そして、次の日。


「今日から新しく仲間になる、ベアトリクスちゃんと、ローザちゃんなのです!」


 マロニエールに紹介されて、しゃちほこばったベアトリクスと、不敵な笑みを浮かべたローザがそれぞれ礼をした。


 希望に満ちあふれた顔をした二人に、惜しみない拍手が送られる。


「わー! よろしくね、ベアちゃん、ローザちゃん!」


 二人が同じクラスで、アシュリーは嬉しそうだ。


 本日の精霊学も、中庭で実施。


 秋の透き通った日差しが降り注ぎ、二人のデビューの日にはまたとない日和になった。


「では、自己紹介をしていただきましょう。ベアトリクスちゃんからどうぞ」


 ベアトリクスはあわあわと仁王立ちになった。


「え、えっと、ベアトリクスだ! 好きな食べ物は給食だ! あっ、えっと、ま、まだ食べたことないけど……たぶん、好きだと思うっ! よろしくなっ!」


 可愛い自己紹介に、温かな笑い声が上がる。


 続いてローザが進み出た。


「初めまして、ローザよ」


 ローザは口の端をつり上げると、おれの腕に絡みついた。


「あたしのおにーちゃんがお世話になってまぁす❤」

「!?」

「ローザちゃんって、ケント先生のいもうとなの!?」

「あたしのってどういうこと!?」

「え、あ、いやっ……」


 まずい、ややこしいことになるぞ。


 マロニエールに視線を送って助けを求めるが、


「妹さんがいるなんて、聞いてないのです!」


 もっとややこしくなった。


 慌てて言葉を探す。


「あ、ええと、二人はおれの知り合いの子で……小さい頃から知ってるから、まあ、妹のような存在、かな……?」

「へ~!」


 みんな納得してくれたようだ。


 ちょっと苦しい言い訳だが、まあ、二人が魔族であることがバレるよりはいいか……?


 と。


「話がある、編入生」


 二人の前に進み出たのはエルだった。


「?」

「あーら、何かしら、おぼっちゃん?」


 ベアトリクスが首を傾げ、ローザが好戦的な笑みを浮かべて迎え撃つ。


 エルは傲然と腕を組んで口を開いた。


「おまえら、編入試験を受けていないそうだな」

「ええ。あたしが優秀だからよ。文句ある?」

「ある。ルール違反だ。このユリシス学園に入学するなら、定められた試験を受けるべきだ。しかも『あたしのおにいちゃん』だと? なんでおまえのなんだ。百歩譲っておまえの兄に類似する存在だとしても、大賢人はこの学園の教師であり、大陸全体の財産だ。もし大賢人がおまえの所有物だというのなら、根拠を見せてみろ」


 そこに食いつくのか。


 ローザはふんと鼻を鳴らした。


「校長先生が認めたんだからいいじゃない。それに、あたしのだから、あたしのだって言ってるの。このリボンだって、あいつに結んでもらったんだからね」

「!? な、な、な……!」


 エルは衝撃を受けたようだが、すぐに足を踏ん張った。


「お、おれだって、ネクタイ結び直してもらったんだぞ! 魔術で!」

「あたしなんて、あいつの手作りマフィン食べたことあるし!」

「じゅ、授業でたくさん褒めてもらった!」

「マンツーマンで字を教えてくれたんだから!」

「すごいなって、頭撫でてくれたんだぞ!」

「あたしなんか、そんなのいつもだし! ニチジョーサハンジだし!」


 ばちばちと火花が散る中、アシュリーが「はいはいはーい」と元気に手を上げた。


「あしゅりは、パパといっしょにおふろにはいったよー!」

「「「「!?」」」」


 ちょ、アシュリー、やめて……火に油を注がないで……


 ローザはふるふると震えていたが、やがて真っ赤になって絶叫した。


「あたしなんて、あいつと、き、き、キス、したんだからーっ!」

「「「「!?」」」」


 なんだ、このカオスは……


 エルは「な、な、な……」とよろめいていたが、やがて子狼よろしく牙を剥いた。


「せ、先生が認めても、おれが認めないぞ! おまえが本当にユリシス学園の生徒に相応しいか、そして大賢人の妹に相応しいか、見せてみろ!」

「え、えっと、でも……」


 ベアトリクスが、おろおろとおれとエルを見比べる。


 ローザはふんと鼻を鳴らした。


「なによ、人間ごときが。そんなに見たいなら見せてやろうじゃない」

「ろ、ローザっ……!」

「腰を抜かすんじゃないわよ!」


 叫ぶなり、ローザは庭の隅にあった樫の木に手を翳した。


 止める暇もなく、校舎の二階ほどまである大樹、その根元に黒い炎が炸裂する。


「きゃぁっ!?」

「うわっ!」


 おれはとっさに風の防護壁を編み上げて、生徒たちを覆った。


 爆炎があがり、衝撃が地を轟かせる。木の破片や砂利が、風の壁にばちばちと当たる。


 やがて煙が収まった。


 太い幹が、ごっそり削られている。


「ふん、どんなもんよ――」


 ローザは鼻高々で振り返り――みしりと、木が軋んだ。


 巨大な木が、生徒たち目がけて倒れてくる。


 悲鳴が渦巻いた。


 防護壁だけでは防ぎきれない。


 四肢に風をまとって走り出る。


「ケント先生!」

「パパ!」


 おれは倒れてきた大木を、両手で食い止めた。


「っ、と」

「す、すごい……」


 木を安全なところに降ろして、息を吐く。


「大丈夫か?」


 生徒たちはほっとしたような顔で頷く。


 どうやらケガはないようだ。


「……ローザ」


 低い声で名を呼ぶと、ローザはびくっと立ちすくんだ。


「だ、だって、あいつが――」


 ローザにとって、初めての人間界だ。多少のやんちゃは大目に見てやりたいが、今回ばかりは見過ごせない。


 唇を引き結んで歩み寄ると、ローザは後ずさり――その身体が、ひょいと宙に浮かんだ。


「きゃ!?」

「! ココ先生!」


 いつの間に現れたのだろう。


 教頭が、ローザを小脇に抱えていた。


「ちょっと、なにすんのよ!?」

「決まっているでしょう。お仕置きです」


 生徒たちがざわつく。


「! こ、ココ先生の、おしりぺんぺんだ!」

「みんな、耳をふさげ!」

「無闇に魔術を使わないと約束したはずですね、ローザ編入生?」


 ローザは手足をばたつかせる。


「あ、あたし悪くないわ! あいつが、あたしのチカラを見せろっていったから――」


 言葉半ばに、教頭が美しいフォームで手を掲げた。


 きれいな平面になった手が、ローザの尻めがけてぺちーん! と振り下ろされる。


「ぴにゃああああああああ!?」


 中庭に甲高い悲鳴が響き渡る。


「いたい! いたい! ちょっと、あたしのおしりに触るなんて許されるとでも――んにゃぁっ!?」


 鋭い音が、ぺちーん! ぺちーん! と一定のリズムで繰り返される。聞いているだけで痛そうだ。


 ローザは風呂をいやがる猫みたいに暴れていたが、ついに手足をだらんと下げて、鼻をすすり始めた。


「ひっぐ、えぐ……うぇぇぇん……」

「こ、ココ先生、そこまでに……」

「いいえ、最初が肝心です。この学園の生徒として生きるからには、この世界のルールというものを、きちんと刻み込まなければいけません」


 怜悧な瞳がおれを捉える。


「そうでしょう、オーナリー先生?」


 この世界のルール。つまり、人間界のルール。


 ……もしかして、ローザの正体に気付いてるのか?


「ふぇっ、あぅぅ……ちょっとあんた、見てないで助けなさいよ――ぴにゃああああああああ!?」


 為すすべなくぺんぺんされるローザを、生徒たちは痛ましげに見守り、ベアトリクスは「こ、これがおしりぺんぺん……!」と、がくぶる怯えている。


 すまん、ローザ……そしてココ先生。おしりぺんぺんは、本来ならおれの役目でした。


 胸中で謝りながら、おれは静かに合掌したのだった。







 そして、昼。


 おれとアシュリーは、ベアトリクスとローザを食堂に案内した。


 食堂は生徒たちで賑わっている。


「これが、きゅうしょく……!」


 料理の並んだトレイを前に、ベアトリクスが目を輝かせる。


 アシュリーが横から説明する。


「えっとね、きょうのメニューは、いちじくのパンに、エビのサラダ、かぼちゃのポタージュ、こっちはチキンソテーだよ!」

「す、すごい……」


 と、


「あっ、ベアトリクスちゃんとローザちゃんだー!」

「おとなり、いい?」

「う、うん!」


 クラスメイトも集まってきた。


 みんなで手を合わせる。


「いただきます!」

「い、いただきます……」


 ベアトリクスは慣れない仕草でチキンソテーを切ると、おそるおそる頬張り――


「お、おいしい……! おいしいーっ!」


 ぱぁぁっと笑顔を咲かせて、夢中で食べはじめる。


 それを見ていた周りの子が、楽しそうに顔を見合わせた。


「あたしのもあげるわ」

「ぼくのも」

「私のも食べていーよぉ!」

「え、わ、わ、わぁっ! ありがとう!」


 おかずを分けてもらって、ベアトリクスは嬉しそうだ。


「良かったな」

「うん!」


 と、エルがやってきて、席に座った。


 ベアトリクスにパンを差し出す。


「……さっきはごめんな。これ、やるよ」

「いいのか!? ありがとう!」


 微笑ましく見守っていると、ローザの様子がおかしいことに気付いた。


 中腰のまま、ぷるぷると震えている。


「どうしたんだ、ローザ?」

「……っ……れ、ない、の……」

「ん?」


 聞き直すと、ローザは勢いよく顔を上げた。


「っ……! おしりが痛くて、座れないのッ!」


 そう訴える目は涙で潤んでいる。


 可哀想に。あとで、ステラに湿布を貼ってもらおう。


「ううっ……!」


 涙をためたローザと、リスみたいに頬を膨らませたベアトリクスが、同時に口を開いた。


「学校って、ぜんっぜん楽しくないっ!」

「がっこーって、すっごく楽しいなっ!」


 こうして、波乱の学園生活に、新たな仲間が加わったのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ