新しい仲間
そして、面接の日。
校長室の扉を前に、ベアトリクスは緊張した面持ちで、ローザは自信満々の様子で立っている。
ふたりとも、ステラが繕ってくれた服に身を包み、角や尻尾は見事に隠している。こうしてお行儀良く並んでいると、人間の子にしか見えない。
「いいか、練習した通り、いい子にするんだぞ。何があっても、魔術は使わないこと」
「う、うん……!」
「わかってるわよ」
おれは膝をつくと、ベアトリクスの襟を整え、ローザのスカートの裾を直してやった。
なにかと心配は尽きないが、二人を信じよう。
「よし、いくぞ」
二人が頷いたのを確認して、扉をノックする。
「失礼します」
「どうぞー」
軽やかな応答を受けて、扉を開く。
「やあ、いらっしゃい」
絵画や壺が並んだ、校長室の奥。
校長が、鷹揚な微笑みでおれたちを迎え――
「うわあああああ!?」
ガタターン! と椅子を蹴って立ち上がった。
怯えるベアトリクスとローザなど歯牙にも掛けず絶叫する。
「可愛いいいいいい! ねえ、可愛くない!? 見てよココ! あのくりくりおめめ! もちもちほっぺ! 天使かよ!? ねえココ、飼ってもいいだろう!? 飼ってもいいよね!? ちゃんとお世話するからーっ!」
「だめです」
教頭は冷静だった。
「ご存じの通り、我が校はいま一切の不祥事も許されません。かわいさはともかく、まずは出生や人となりをしっかりと確認してから――」
「こんな可愛い子たちが、悪い子なわけないじゃないか! だってこんなに可愛いんだよ!? 可愛いは正義! 可愛いから正義!」
金色の目が、おれを見つめる。
「ねっ、ケントくん?」
……どうも見透かされている気がする。
おれは極力ポーカーフェイスを貫きながら、「はい」と頷いた。
教頭は食い下がる。
「しかし、我が校が求めるのは、あくまで優秀な人材。採用については実力を確かめたうえで、慎重に判断すべきです」
「ふーん?」
それまで黙っていたローザが、つんと鼻を上向かせた。
壁に向かって手のひらをかざす。
「つまり、あたしたちの実力が見たいってわけね?」
「え?」
「ちょっ、ローザ……」
止める暇もあらばこそ。
白い手から、漆黒の矢がほとばしった。
黒い熱量が、壁に並んだ人物画、その眉間を正確に撃ち抜く。
「!?」
「な、な、なっ……!?」
「どう? これで文句ないでしょ?」
声を失う校長たちを見て、ローザが得意顔で手を払う。
ベアトリクスが、慌ててあたりを見回した。
「あ、お、オレサマもっ……!」
「ベアトリクス、待っ……!」
制止虚しく、ベアトリクスが壁際に飾られた不格好な壺に両手を向ける。
刹那、壺が爆発した。
「!? !? !?」
「ああ……」
思わず額を押さえる。
絵画がぷすぷすと煙をあげ、壷の破片が飛び散った惨劇に、教頭が目を見開き――おれの胸倉を掴んだ。
「オーナリー先生、これはどういうことですか!?」
「すみませ……!」
「いま無詠唱で! 無詠唱で魔術を放ちましたよね!? アシュリーに続いて、この子たちまで! 一体どうなってるんですか!? 『あなたに関わった人間は無詠唱で魔術を発動できる』というスキルでも備わっているというんですか!?」
あ、そっち!?
「あ、ええっと……」
「あ、あ、あ……」
返答に窮するおれの隣で、校長が声もなくわななく。
震える手を壷の破片に差し伸べ、
「わ、私の……私の、力作たちが……」
「!?」
これって校長の作品だったの!?
校長がゆらりと顔を上げた。
「きみたち……」
虚ろな瞳が、二人をとらえる。
ベアトリクスがびくっと涙目になり、ローザが毛を逆立てた。
「な、なによ! 仕方ないじゃない、大事な絵だったなんて、知らなかったんだもの! で、でも、そうね、ちょっとは悪かったわ! ぐねぐねひん曲がった意味のわかんない壺とはいえ、ちょっとはね! あ、あの、だからっ、近付かないで、なによっ、なにする気――」
怯える二人に、校長はよろよろとまろび寄り――思いっきり抱きしめた。
「ぐえっ」
「!? ちょっと、なにすんのよ――」
「グレイト! 芸術は爆発だ!」
「「え?」」
驚く二人を、校長はきらきらと見つめた。
「ココを前にして怯まない度胸! 初対面でいきなり魔術をぶっ放す快活さ! 英邁闊達! 唯一無二! 素晴らしい才能だ! 校長権限で、きみたちの入学を許可しよう!」
「い、いいのか……!?」
「当然よね!」
教頭が目を吊り上げる。
「校長……!」
校長はそれを目顔で制すと、二人に向き直った。
「ただし、約束だ。これからは、むやみに魔術を放たないこと。いいね?」
「わ、わかった!」
強ばっていた肩から力が抜ける。
「ありがとうございます、アスタルテ先生」
「いいんだよ。さっきいったとおりだ。彼女たちは、魔術の素養はもちろん、肝も据わっている。将来有望だ。こんな優秀な人材を、みすみす逃がす手はないさ」
校長はおれに向かって片目をつむった。
「それに、きみのお墨付きなら大丈夫だろう」
おれは深く頭を下げた。
校長は二人ににこにこと笑いかける。
「それできみたち、希望職種はなにかな?」
「き、希望触手?」
「触手? あ、好きな使い魔を選べるってこと? なら、あたしは冥界の蛇ウロボロスがいいわ。もしくは地獄のヒュドラでも――」
おれはローザの口をそっと塞いだ。
「魔術士課程でお願いします」
こうしてローザとベアトリクスの二人が仲間入りしたのだった。
そして、次の日。
「今日から新しく仲間になる、ベアトリクスちゃんと、ローザちゃんなのです!」
マロニエールに紹介されて、しゃちほこばったベアトリクスと、不敵な笑みを浮かべたローザがそれぞれ礼をした。
希望に満ちあふれた顔をした二人に、惜しみない拍手が送られる。
「わー! よろしくね、ベアちゃん、ローザちゃん!」
二人が同じクラスで、アシュリーは嬉しそうだ。
本日の精霊学も、中庭で実施。
秋の透き通った日差しが降り注ぎ、二人のデビューの日にはまたとない日和になった。
「では、自己紹介をしていただきましょう。ベアトリクスちゃんからどうぞ」
ベアトリクスはあわあわと仁王立ちになった。
「え、えっと、ベアトリクスだ! 好きな食べ物は給食だ! あっ、えっと、ま、まだ食べたことないけど……たぶん、好きだと思うっ! よろしくなっ!」
可愛い自己紹介に、温かな笑い声が上がる。
続いてローザが進み出た。
「初めまして、ローザよ」
ローザは口の端をつり上げると、おれの腕に絡みついた。
「あたしのおにーちゃんがお世話になってまぁす❤」
「!?」
「ローザちゃんって、ケント先生のいもうとなの!?」
「あたしのってどういうこと!?」
「え、あ、いやっ……」
まずい、ややこしいことになるぞ。
マロニエールに視線を送って助けを求めるが、
「妹さんがいるなんて、聞いてないのです!」
もっとややこしくなった。
慌てて言葉を探す。
「あ、ええと、二人はおれの知り合いの子で……小さい頃から知ってるから、まあ、妹のような存在、かな……?」
「へ~!」
みんな納得してくれたようだ。
ちょっと苦しい言い訳だが、まあ、二人が魔族であることがバレるよりはいいか……?
と。
「話がある、編入生」
二人の前に進み出たのはエルだった。
「?」
「あーら、何かしら、おぼっちゃん?」
ベアトリクスが首を傾げ、ローザが好戦的な笑みを浮かべて迎え撃つ。
エルは傲然と腕を組んで口を開いた。
「おまえら、編入試験を受けていないそうだな」
「ええ。あたしが優秀だからよ。文句ある?」
「ある。ルール違反だ。このユリシス学園に入学するなら、定められた試験を受けるべきだ。しかも『あたしのおにいちゃん』だと? なんでおまえのなんだ。百歩譲っておまえの兄に類似する存在だとしても、大賢人はこの学園の教師であり、大陸全体の財産だ。もし大賢人がおまえの所有物だというのなら、根拠を見せてみろ」
そこに食いつくのか。
ローザはふんと鼻を鳴らした。
「校長先生が認めたんだからいいじゃない。それに、あたしのだから、あたしのだって言ってるの。このリボンだって、あいつに結んでもらったんだからね」
「!? な、な、な……!」
エルは衝撃を受けたようだが、すぐに足を踏ん張った。
「お、おれだって、ネクタイ結び直してもらったんだぞ! 魔術で!」
「あたしなんて、あいつの手作りマフィン食べたことあるし!」
「じゅ、授業でたくさん褒めてもらった!」
「マンツーマンで字を教えてくれたんだから!」
「すごいなって、頭撫でてくれたんだぞ!」
「あたしなんか、そんなのいつもだし! ニチジョーサハンジだし!」
ばちばちと火花が散る中、アシュリーが「はいはいはーい」と元気に手を上げた。
「あしゅりは、パパといっしょにおふろにはいったよー!」
「「「「!?」」」」
ちょ、アシュリー、やめて……火に油を注がないで……
ローザはふるふると震えていたが、やがて真っ赤になって絶叫した。
「あたしなんて、あいつと、き、き、キス、したんだからーっ!」
「「「「!?」」」」
なんだ、このカオスは……
エルは「な、な、な……」とよろめいていたが、やがて子狼よろしく牙を剥いた。
「せ、先生が認めても、おれが認めないぞ! おまえが本当にユリシス学園の生徒に相応しいか、そして大賢人の妹に相応しいか、見せてみろ!」
「え、えっと、でも……」
ベアトリクスが、おろおろとおれとエルを見比べる。
ローザはふんと鼻を鳴らした。
「なによ、人間ごときが。そんなに見たいなら見せてやろうじゃない」
「ろ、ローザっ……!」
「腰を抜かすんじゃないわよ!」
叫ぶなり、ローザは庭の隅にあった樫の木に手を翳した。
止める暇もなく、校舎の二階ほどまである大樹、その根元に黒い炎が炸裂する。
「きゃぁっ!?」
「うわっ!」
おれはとっさに風の防護壁を編み上げて、生徒たちを覆った。
爆炎があがり、衝撃が地を轟かせる。木の破片や砂利が、風の壁にばちばちと当たる。
やがて煙が収まった。
太い幹が、ごっそり削られている。
「ふん、どんなもんよ――」
ローザは鼻高々で振り返り――みしりと、木が軋んだ。
巨大な木が、生徒たち目がけて倒れてくる。
悲鳴が渦巻いた。
防護壁だけでは防ぎきれない。
四肢に風をまとって走り出る。
「ケント先生!」
「パパ!」
おれは倒れてきた大木を、両手で食い止めた。
「っ、と」
「す、すごい……」
木を安全なところに降ろして、息を吐く。
「大丈夫か?」
生徒たちはほっとしたような顔で頷く。
どうやらケガはないようだ。
「……ローザ」
低い声で名を呼ぶと、ローザはびくっと立ちすくんだ。
「だ、だって、あいつが――」
ローザにとって、初めての人間界だ。多少のやんちゃは大目に見てやりたいが、今回ばかりは見過ごせない。
唇を引き結んで歩み寄ると、ローザは後ずさり――その身体が、ひょいと宙に浮かんだ。
「きゃ!?」
「! ココ先生!」
いつの間に現れたのだろう。
教頭が、ローザを小脇に抱えていた。
「ちょっと、なにすんのよ!?」
「決まっているでしょう。お仕置きです」
生徒たちがざわつく。
「! こ、ココ先生の、おしりぺんぺんだ!」
「みんな、耳をふさげ!」
「無闇に魔術を使わないと約束したはずですね、ローザ編入生?」
ローザは手足をばたつかせる。
「あ、あたし悪くないわ! あいつが、あたしのチカラを見せろっていったから――」
言葉半ばに、教頭が美しいフォームで手を掲げた。
きれいな平面になった手が、ローザの尻めがけてぺちーん! と振り下ろされる。
「ぴにゃああああああああ!?」
中庭に甲高い悲鳴が響き渡る。
「いたい! いたい! ちょっと、あたしのおしりに触るなんて許されるとでも――んにゃぁっ!?」
鋭い音が、ぺちーん! ぺちーん! と一定のリズムで繰り返される。聞いているだけで痛そうだ。
ローザは風呂をいやがる猫みたいに暴れていたが、ついに手足をだらんと下げて、鼻をすすり始めた。
「ひっぐ、えぐ……うぇぇぇん……」
「こ、ココ先生、そこまでに……」
「いいえ、最初が肝心です。この学園の生徒として生きるからには、この世界のルールというものを、きちんと刻み込まなければいけません」
怜悧な瞳がおれを捉える。
「そうでしょう、オーナリー先生?」
この世界のルール。つまり、人間界のルール。
……もしかして、ローザの正体に気付いてるのか?
「ふぇっ、あぅぅ……ちょっとあんた、見てないで助けなさいよ――ぴにゃああああああああ!?」
為すすべなくぺんぺんされるローザを、生徒たちは痛ましげに見守り、ベアトリクスは「こ、これがおしりぺんぺん……!」と、がくぶる怯えている。
すまん、ローザ……そしてココ先生。おしりぺんぺんは、本来ならおれの役目でした。
胸中で謝りながら、おれは静かに合掌したのだった。
そして、昼。
おれとアシュリーは、ベアトリクスとローザを食堂に案内した。
食堂は生徒たちで賑わっている。
「これが、きゅうしょく……!」
料理の並んだトレイを前に、ベアトリクスが目を輝かせる。
アシュリーが横から説明する。
「えっとね、きょうのメニューは、いちじくのパンに、エビのサラダ、かぼちゃのポタージュ、こっちはチキンソテーだよ!」
「す、すごい……」
と、
「あっ、ベアトリクスちゃんとローザちゃんだー!」
「おとなり、いい?」
「う、うん!」
クラスメイトも集まってきた。
みんなで手を合わせる。
「いただきます!」
「い、いただきます……」
ベアトリクスは慣れない仕草でチキンソテーを切ると、おそるおそる頬張り――
「お、おいしい……! おいしいーっ!」
ぱぁぁっと笑顔を咲かせて、夢中で食べはじめる。
それを見ていた周りの子が、楽しそうに顔を見合わせた。
「あたしのもあげるわ」
「ぼくのも」
「私のも食べていーよぉ!」
「え、わ、わ、わぁっ! ありがとう!」
おかずを分けてもらって、ベアトリクスは嬉しそうだ。
「良かったな」
「うん!」
と、エルがやってきて、席に座った。
ベアトリクスにパンを差し出す。
「……さっきはごめんな。これ、やるよ」
「いいのか!? ありがとう!」
微笑ましく見守っていると、ローザの様子がおかしいことに気付いた。
中腰のまま、ぷるぷると震えている。
「どうしたんだ、ローザ?」
「……っ……れ、ない、の……」
「ん?」
聞き直すと、ローザは勢いよく顔を上げた。
「っ……! おしりが痛くて、座れないのッ!」
そう訴える目は涙で潤んでいる。
可哀想に。あとで、ステラに湿布を貼ってもらおう。
「ううっ……!」
涙をためたローザと、リスみたいに頬を膨らませたベアトリクスが、同時に口を開いた。
「学校って、ぜんっぜん楽しくないっ!」
「がっこーって、すっごく楽しいなっ!」
こうして、波乱の学園生活に、新たな仲間が加わったのだった。
 




