魔族っ娘たちとの再会
「ええと、ロイ・ロクスウェル、三〇一号室……マーニャ・ルエールは……あった、五〇四号室か」
ある日、教員室で生徒宛の手紙を仕分けていると、寮の空室が目立つことに気付いた。
倍率の高い人気校というイメージがあったので、ちょっと意外だ。
「空き部屋が多いんですね」
隣の席のマロニエールに問うと、マロニエールは「はい!」と頷いた。
「改築で、校舎も寮も広くなりましたので!」
いわれてみれば、使っていない教室もけっこう見かける。
「なので、我が校は復興以来、編入も積極的に受け付けているのです! もちろん入学試験はありますが、優秀な子であれば、誰でもウェルカムなのです!」
そうだったのか。
「伝統ある冒険者育成校だから、希望者も多そうですね」
するとマロニエールは「えっ!?」と声をひっくり返した。
「ええと、そうですネ、あの、まあ、一流の冒険者育成校ですからネっ!」
明らかに目が泳いでいる。
……そういえば以前ステラから、学園が復興したあとも、戻らない生徒も多いと聞いた。既に他の冒険者育成校に編入していたり、親が学園に子どもを預けるのを拒んだのだという。
ここにも、火竜の一件が影を落としている。
このまま生徒が減れば、ユリシス学園はますます存続は難しくなるだろう。
「…………」
考え込んでいると、マロニエールが「大丈夫です!」と声を張った。
「悩んでも仕方ありません! 今は、私たちにできることをするだけです!」
「……そうですね」
ふっと、肩の力が抜ける。
そうだ。新米教師のおれにできることなんて、そう多くない。
今は、生徒たちと真摯に向き合おう。
その夜。
「あのね、こんど錬金術のじゅぎょうで、『エーテル』をつくるんだよ!」
「エーテル?」
「魔力を一時的に増強する薬だよ。正確には、集中力を上げる薬なんだけど」
「へえ。そういうアイテムって、作れるもんなんだな」
「確か、フィールドワークもかねて、材料も自分で集めるんですよね」
「うん!」
「そうか。楽しみだな。フィオは? 何か作ったことあるか?」
「……ぽーしょん」
「たしか、体力を回復する薬だよな。すごいなぁ」
夕食後は、こうしてみんなで礼拝堂に集まるのが習慣になっていた。
フィオはまだ新しい環境になじめていないようだが、礼拝堂にいるときは笑顔を見せるようになった。
ステラの手作りスコーンをつまみながら談笑していると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「ふぅん? ここがあんたらの新しい住処ってわけ」
顔を上げる。
フィオが「あ」と声を上げ、アシュリーがぱっと笑みを咲かせた。
「ローザちゃん! ベアちゃん!」
そこには、二人の少女がふわふわと浮かんでいた。
「あ、遊びに来てやったぞっ!」
「なぁんだ、前とあんまり変わらないわね。つまんなーい」
ベアトリクスとローザだ。どうやら天窓から侵入したらしい。
鋭い角に、長い尻尾。黒い羽根。見た目は可愛い女の子だが、二人ともれっきとした魔族の娘だ。
「きてくれたんだね!」
「あたりまえだ! ちゃんと、字も教えてもらったし、地図も読めるようになったからなっ!」
ベアトリクスは、アシュリー手作りの地図と手紙を、自慢げに掲げる。
無事に合流できて良かった。
二人は軽やかに降り立った。
「で? どーなのよ、ガッコーとやらは?」
「すっごくたのしいよ! 給食がね、とってもおいしいの!」
「きゅうしょく……」
ベアトリクスがぽわんと頬を押さえる。
ローザは首を傾げた。
「ていうか、そもそも学校って、何するところなのよ? 人間の子どもが大勢集まって。狩りの練習とか?」
「みんなで勉強するんだよ。字を習ったり、身体を鍛えたり、呪文を覚えたり」
「そう! きょうはね、錬金術のじゅぎょうがあったんだよ!」
「じゅぎょう?」
「せんせーが、やさしくおしえてくれるの! パパもせんせーなんだよ! 精霊学で、みんなでごろーんってして、パパがとってもかっこよくてねっ」
アシュリーの話に、ベアトリクスは目を輝かせて聞き入った。
「それでね、おともだちと、なわとびするやくそくしたの! あとはね、あとはね、えっと、パパがすっごくかっこよくてね……!」
「ふふ。アシュリーったら、ケントさんのお話ばかりですねぇ」
「まあ、実際すごいよね。先生も学生も、みんな何かあればケントを呼ぶし。ちょっと鼻が高いよ」
「のあ、すこしさみしいって、いってた……」
「ち、違うよ!? 違うよケント! ぼくのケントなのにとか、思ってないから! ぜんっぜん、思ってないから!」
と、それまでおとなしく耳を傾けていたローザが、「ふうん」と鼻を鳴らした。
ピンクブロンドの髪を払う。
「決めた。あたしもこの学校に入るわ」
「ええっ!?」
突然の宣言に、思わず目を剥く。
ベアトリクスも目を白黒させているが、ローザはすっかりその気のようだ。
「いや、でも、魔族だってバレたら……」
「平気よ。羽根も尻尾も、気合で隠せるもの」
そうなのか。
いや、たとえ見た目で隠し通せても、やっぱりバレるんじゃないかなぁ……アスタルテ校長は、勘が鋭そうだし……ココ教頭は何かと鋭そうだし……
考え込んでいると、ローザがしなだれかかってきた。
「ねえ、いいでしょ、おにーちゃん?」
「うーん……」
魔物を倒すための冒険者育成学校で、魔族が学ぶ……そもそも矛盾しているような……その前に、魔族のモラル的にはいいのだろうか?
「なに難しい顔してんのよ」
魔物と冒険者の関係について素直に尋ねてみると、ローザは「なぁんだ、そんなこと」と呆れたように肩を竦めた。
「魔族と戦うっていうならさすがに気が引けるけど、魔物なら魔王様の余波で生まれたオマケみたいなものだし、問題ないわ。たとえ魔物が相手だって、あたしたち、そこらの冒険者より戦力になってみせるわよ。それに、人間の社会のほうが楽しそうだもの」
「なるほどな」
納得していると、上着の裾を引っ張られた。
ベアトリクスが、そわそわとおれを見上げる。
「がっこう……きゅうしょく……」
その目の奥では期待と好奇心が瞬いていて。
おれは思わず笑った。
「そういうことなら、掛け合ってみるよ」
そして、翌朝。
校長室の前に立ち、身なりを整える。
「えっと……昔からの知り合いの子で、こちらに編入させていただきたく……」
目を閉じて、一晩掛けてシミュレートした説明を、口の中で復習した。
嘘は苦手だが、ベアトリクスとローザのためだ。生徒不足に悩む学園にとっても、戦力的に優秀な二人の入学は、悪い話ではないはずだ。
「よし、いくか」
大きく息を吸う。
ノックしようとした時、扉が開いた。
出てきた人物とぶつかりそうになる。
「おや、失礼」
「いえ、こちらこそ、すみません」
校長室から出てきたのは恰幅の良い男性だった。
金のステッキを持ち、豊かなヒゲを蓄え、高級そうな服に身を包んでいる。
その後ろには、黒服に身を固めた人物が三人、黙って控えていた。
ステッキの男性が眉をひそめる。
「ん、見慣れない先生ですな?」
「あ、はじめまして、おれは――」
「おお、ケントくん」
自己紹介するより早く、校長が顔を出した。
「ゴルゾフ先生、こちら、新しく赴任した、ケント・オーナリー先生です」
ゴルゾフと呼ばれた男性は、面白そうに小さな目を瞬かせた。
「やあやあ、もしかして、大賢人という噂の?」
「ああ、ええと……」
「お話はかねがね。なんでも、落ちこぼれだった生徒たちを、三ヶ月で立派に人並みに育て上げたとか?」
「…………」
「いやはや、同じ冒険者育成学校に勤める身として、いったいどんな摩訶不思議な魔法を使ったものか、ぜひうかがいたいものですなァ」
黙っていると、奥から教頭が出てきた。
「ゴルゾフ先生。お見送りいたします」
「いえいえ、お構いなく。そう広い校舎でもありませんのでね」
「そうですか、では。ご足労いただきまして、ありがとうございました」
頭を下げて、一行を見送る。
小太りの背中が見えなくなってしばらくして、校長がへらりと笑った。
「すまなかった、ケントくん。今のは、レドアルド学園の校長先生でね」
「レドアルド学園?」
「ああ。我が校の他にも、冒険者育成学校はいくつかあるんだが、レドアルドは新進気鋭の学園でね。大陸でも一、二を争う優秀な生徒が集まっているんだよ。……まあ、うちは頭ひとつ抜けてるけどね!」
校長は部屋に戻ると、書類をひらひらさせた。
「なにぶん、火竜の件ですべて焼けたものだから、教材や用具が足りなくてね。他の学校から支援を受けているんだ」
校長は椅子に腰掛け、おれを見遣る。
「それで、何の用だい?」
「ええと、実は――」
「却下です」
おれが話終えるのを待たず、教頭は言下に切り捨てた。
「まあまあ、ココちゃん。話だけでも……」
校長がふんわりと取りなすが、教頭はなお冷たい声で言いつのる。
「自身の出生すら証明できないというのに、知り合いの子どもの入学を許して欲しい? しかも二人? ふざけてるんですか、アナタは」
「まあまあ、ココちゃん、そういわずに~。チョコ食べて頭冷やそう? ほうら、おいしいよー、ココちゃぁん」
校長がチョコを見せびらかすが、教頭は見向きもせずに腕を組む。
「いいですか、ケント先生。生徒を募集しているといっても、ここは由緒正しきユリシス学園。来る者拒まずというわけではありません。編入させたいなら、まずはその子たちの家系図をもってきなさい。それから筆記試験を受け、親御さん同席のうえ面接に進んでもらいます。その後実技試験、適性試験、親御さんへの聞き取りを行ったのち、しかるべき手続きを踏み、最終面接に進んでいただきます。ああ、それと本人の意欲を問うため、作文も忘れずに――」
「も~、いつの時代だよ、ココちゃん」
苦笑混じりの横やりに、教頭が押し黙る。
校長は口をもごもごさせながら(たぶんチョコだ)両手を広げた。
「五十年前だったら、それで良かったかもしれないけどね。我が校は、冒険者を目指す子どもたちに広く門戸を開いている。学ぶ意欲のある子は大歓迎だ」
「しかし……」
校長はにこにことおれに向き直った。
「もちろん、試験は受けてもらうよ。まずは我々が面接をした上で、入学試験を受けるかどうか判断を下す。それでいいだろ、ココちゃん?」
「…………」
教頭は眉間のしわを隠すようにして、めがねを押し上げた。




